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折原家への挨拶 編
僕みたいな生き方したい?
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「……優美ちゃんの事は、本当に好きだよ。あれだけ努力した子を知らないし、尊敬してる。一緒にいると色々気付かされて、僕も成長できる。異常者の僕を受け入れてくれた恩人だと思っているし、『愛してる』っていう一言だけじゃ済まないんだ」
「ん、分かる」
同意すると、正樹は微笑んだ。
「何かさぁ、『愛しているから独占したい』っていうのとは、ちょっと違うんだよ」
「違う?」
「うん。確かにそういう感情もあるんだけど、僕は自分の願望より優美ちゃんの気持ちを優先したい。彼女が幸せならそれでいい。優美ちゃんが三人での関係を『最高』って言うなら、僕も『最高だね!』ってなるんだ」
それを聞いて、俺の愛し方と違うなと思った。
「……正樹は、心が広いよな。俺は違う」
今度は正樹が黙り、俺の言葉を待つ。
「俺は〝自分が〟ばっかりだ。俺が優美と正樹を幸せにしたい。そう思うのに、少し疎外感を覚えるとつらくなってしまう。……正樹と比べて、ガキで嫌になる」
情けなくなって溜め息をつくと、正樹は小さく笑った。
「慎也ってさ、僕みたいな生き方したい?」
「え?」
「家族をまともに直視できなくて、自分を責めた挙げ句乱交しまくって、適当な性格になって人からバシバシ嫌われて、結婚しても一年も経たないで失敗。仕事はできるし社交的だし、大体のパラメータは高い。でも人として最低。こんな風になりたい?」
何とも答えづらい聞かれ方をされ、俺は口ごもる。
「まぁ、言わなくても分かるよ。答えづらい聞き方しちゃったね、ごめん。っていうか、慎也はいつも僕を『最低』って言ってくれるから、それが答えなんだと思う」
「あ……」
気まずくなって弁明しようとしたけど、その前に正樹が明るく否定する。
「いやいや! その『最低』に傷付いてるとかは、まったくないからね? 兄弟間の軽口にしか思ってない。ホントにお前はまじめな子だね」
「……その〝まじめ〟っていうの、脱却したいとは思ってる」
本音を漏らすと、正樹はこっちを向いた。
「何で!? 慎也の美点なのに、なんで手放したがるの? 僕みたいなちゃらんぽらんからみたら、慎也みたいに誠実にまじめに生きてる人って、すっごい羨ましい」
「……初めてそんな風に言われた気がする」
「僕だって慎也を見て『羨ましいな』って感じる事はあるよ。慎也みたいにまじめに誠実に生きられたら、もっとまともな人間になれていただろうなって思う」
「……俺は自分を、つまんない男だと思ってる」
また本音を言うと、正樹は笑い交じりに息をついた。
「あのさあ。まじめに平凡に生きてる人って、最強だよ? それでもって、何気ない平和な日常こそ一番価値がある。慎也は自分を『つまらない』って思ってるかもしれないけど、僕は慎也の安定感にいつも救われてる。僕みたいに『今日はどんな返しをするんだろう?』って予想がつかない感じじゃなくて、『慎也ならこう言ったらこう返してくれるな』っていう安心感があるんだよ。あと世話焼き上手だし、飯作れば美味いし、おかんみたいですっごい安心するよ」
「おかん言うな」
突っ込みを入れ、また二人で笑う。
「慎也は僕があんまりにもちゃらんぽらんだから、バランス取ってそういう性格になったんだよ。心配性で背負い込む性格になって、申し訳ないって思う。でも優美ちゃん視点で見たら、それで丁度いいんじゃない? ちゃらんぽらんが二人いても困るでしょ」
「確かに、バランスは大切かも」
笑って同意すると、正樹は続ける。
「僕は今までの生き方を反省してる。沢山人を傷つけたと思ってる。でももう、家族以外の人には謝る事すら許されないんだ。そして今でも、現在進行形で色んな人を傷つけてる。この最低な性格は、多分もう治らない」
自分を貶める言葉を、正樹は平気で口にする。
「人間って三十半ばぐらいで、価値観とか生き方とか、そういうのが固定されるって言うでしょ? 僕は幸い優美ちゃんに出会えて大きく変われたけど、これ以上大きい自己改革は無理だと思う。薄っぺらい人間性も、この軽薄な話し方も、性格もこのまま。本音を見せないのもそのまま。……まぁ、いつも明るく振る舞ってるのって、裏に『傷付くのが怖いから』っていう気持ちがあるからだろうけど」
正樹は助手席でゆったりと脚を組んだ。
「僕は自分を傷つけていくうちに、加減が分からなくなった。精神的な自傷癖がついたのかな。『僕って最低だよねー』って周りの皆に同意してもらってヘラヘラ生きる事を望んだ。そうやって幸せになろうとしない事が、ある意味の贖罪になっていると思う」
「……何だよそれ」
少しムッとして、俺は息をつく。
「贖罪してほしいなんて思ってない」
「うん。だよね。皆優しいから、そう言うって分かってるよ。だから僕は僕に罰を与え続けるんだ。だから僕は〝自分が〟ってならない。どうやったら幸せになれるか、期待するのに疲れてる。何をしたら〝普通〟になれるか分からない。再婚して今度こそ幸せになりたいとか、もっとまともな人間になりたいとか、稼ぎたい、名声を得たいとか、……希望も欲望もないんだ」
正樹が味わっている感覚に、俺は名前をつける。
「ん、分かる」
同意すると、正樹は微笑んだ。
「何かさぁ、『愛しているから独占したい』っていうのとは、ちょっと違うんだよ」
「違う?」
「うん。確かにそういう感情もあるんだけど、僕は自分の願望より優美ちゃんの気持ちを優先したい。彼女が幸せならそれでいい。優美ちゃんが三人での関係を『最高』って言うなら、僕も『最高だね!』ってなるんだ」
それを聞いて、俺の愛し方と違うなと思った。
「……正樹は、心が広いよな。俺は違う」
今度は正樹が黙り、俺の言葉を待つ。
「俺は〝自分が〟ばっかりだ。俺が優美と正樹を幸せにしたい。そう思うのに、少し疎外感を覚えるとつらくなってしまう。……正樹と比べて、ガキで嫌になる」
情けなくなって溜め息をつくと、正樹は小さく笑った。
「慎也ってさ、僕みたいな生き方したい?」
「え?」
「家族をまともに直視できなくて、自分を責めた挙げ句乱交しまくって、適当な性格になって人からバシバシ嫌われて、結婚しても一年も経たないで失敗。仕事はできるし社交的だし、大体のパラメータは高い。でも人として最低。こんな風になりたい?」
何とも答えづらい聞かれ方をされ、俺は口ごもる。
「まぁ、言わなくても分かるよ。答えづらい聞き方しちゃったね、ごめん。っていうか、慎也はいつも僕を『最低』って言ってくれるから、それが答えなんだと思う」
「あ……」
気まずくなって弁明しようとしたけど、その前に正樹が明るく否定する。
「いやいや! その『最低』に傷付いてるとかは、まったくないからね? 兄弟間の軽口にしか思ってない。ホントにお前はまじめな子だね」
「……その〝まじめ〟っていうの、脱却したいとは思ってる」
本音を漏らすと、正樹はこっちを向いた。
「何で!? 慎也の美点なのに、なんで手放したがるの? 僕みたいなちゃらんぽらんからみたら、慎也みたいに誠実にまじめに生きてる人って、すっごい羨ましい」
「……初めてそんな風に言われた気がする」
「僕だって慎也を見て『羨ましいな』って感じる事はあるよ。慎也みたいにまじめに誠実に生きられたら、もっとまともな人間になれていただろうなって思う」
「……俺は自分を、つまんない男だと思ってる」
また本音を言うと、正樹は笑い交じりに息をついた。
「あのさあ。まじめに平凡に生きてる人って、最強だよ? それでもって、何気ない平和な日常こそ一番価値がある。慎也は自分を『つまらない』って思ってるかもしれないけど、僕は慎也の安定感にいつも救われてる。僕みたいに『今日はどんな返しをするんだろう?』って予想がつかない感じじゃなくて、『慎也ならこう言ったらこう返してくれるな』っていう安心感があるんだよ。あと世話焼き上手だし、飯作れば美味いし、おかんみたいですっごい安心するよ」
「おかん言うな」
突っ込みを入れ、また二人で笑う。
「慎也は僕があんまりにもちゃらんぽらんだから、バランス取ってそういう性格になったんだよ。心配性で背負い込む性格になって、申し訳ないって思う。でも優美ちゃん視点で見たら、それで丁度いいんじゃない? ちゃらんぽらんが二人いても困るでしょ」
「確かに、バランスは大切かも」
笑って同意すると、正樹は続ける。
「僕は今までの生き方を反省してる。沢山人を傷つけたと思ってる。でももう、家族以外の人には謝る事すら許されないんだ。そして今でも、現在進行形で色んな人を傷つけてる。この最低な性格は、多分もう治らない」
自分を貶める言葉を、正樹は平気で口にする。
「人間って三十半ばぐらいで、価値観とか生き方とか、そういうのが固定されるって言うでしょ? 僕は幸い優美ちゃんに出会えて大きく変われたけど、これ以上大きい自己改革は無理だと思う。薄っぺらい人間性も、この軽薄な話し方も、性格もこのまま。本音を見せないのもそのまま。……まぁ、いつも明るく振る舞ってるのって、裏に『傷付くのが怖いから』っていう気持ちがあるからだろうけど」
正樹は助手席でゆったりと脚を組んだ。
「僕は自分を傷つけていくうちに、加減が分からなくなった。精神的な自傷癖がついたのかな。『僕って最低だよねー』って周りの皆に同意してもらってヘラヘラ生きる事を望んだ。そうやって幸せになろうとしない事が、ある意味の贖罪になっていると思う」
「……何だよそれ」
少しムッとして、俺は息をつく。
「贖罪してほしいなんて思ってない」
「うん。だよね。皆優しいから、そう言うって分かってるよ。だから僕は僕に罰を与え続けるんだ。だから僕は〝自分が〟ってならない。どうやったら幸せになれるか、期待するのに疲れてる。何をしたら〝普通〟になれるか分からない。再婚して今度こそ幸せになりたいとか、もっとまともな人間になりたいとか、稼ぎたい、名声を得たいとか、……希望も欲望もないんだ」
正樹が味わっている感覚に、俺は名前をつける。
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