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折原家への挨拶 編

執着しない男が執着したもの

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「良かったな、正樹」

 俺は家までの道のりを運転しながら、助手席に座っている正樹に話しかける。

「ん? うん、そうだね。本当に予想外だったけど、なーんか、さすが優美ちゃんの家族って感じだよね。普通なら叩き出されて終わりだと思うのに」

「いや、叩き出すはないだろ」

「あはは、そっかな」

 軽く笑う正樹は、美味い寿司と一緒にビールを飲んだのもあって、ご機嫌だ。
 俺は優美のお陰でかなり軽くなった気持ちで運転できていた。

「……慎也、怒った?」

 だからそう言われても、あまり動揺しなかった。

「んー、怒るとはちょっと違うかな」

「でも、ごめんな」

 正樹は酔っていても、言うべき事はちゃんと言おうと思ってくれたんだろう。
 父方の血筋もあって酒には強いので、あれぐらいのビールでは酔った内に入らないけど。

 というか、こいつは毎日シラフで酔っ払ってるようなもんだ。

「いいよ。三人で……って決めた時に、もう色んな覚悟はできてるんだ」

「僕が表舞台に出たら駄目だって思ってたんだけどね」

 そう言う正樹は、自分がカリスマ的な存在だと自覚しているんだろう。

 普通なら嫌みに聞こえる言葉だろうが、俺は正樹がその性質でどれだけ苦労しているかを知っている。

 平時の正樹は、嫌みなんて言わない男だ。
 ストレートすぎるほど言葉にする奴だから、正樹を気に入っている友人は信用しているんだと思う。

 他人の成功を妬まないし、誰かの失敗を願う男でもない。
 思う事があれば空気を読まずにスパーンと口にするし、一つの事に執着しない。

 そう。正樹は今まで人にも物にも執着しない奴だった。

 金を掛けた腕時計や車は大切にしている。
 けど、『金を掛けたら大切にせざるを得ないだろう』という理由で収集し始めただけだ。

 あとはハマるものがないから、金は貯まる一方。
 ゲーム感覚で投資していて、読みがいいから金はもっと貯まる。

 他は何をするにも長続きせず、かろうじて作った趣味がドライブと肉体いじめならぬ、ジム通いして体を鍛える事だった。

 知識を得るために本は読むけれど、小説などはあまり読まない。
「登場人物の気持ちがよく分からない」らしい。

 音楽はいい耳を持っているし、ピアノもヴァイオリンもすぐ身につけたけど、ある程度弾けるようになったあとは聴き専になっている。

 人が望むものを軽々と手に入れておきながら、何にも執着しないから、正樹を嫌う人は大嫌いなんだろう。

 オールマイティと言っていいほど能力が高いのに、まったく無頓着な姿を見ると「勿体ない、宝の持ち腐れ」と思われる。

 そして正樹をライバル視している人は、勝手に「馬鹿にされている」と被害妄想する。
 実際、正樹を嫌いな奴は凄いアンチばっかりらしい。

 そんな正樹が、初めて強く執着したのが優美だ。

「優美にたっぷり慰めてもらったから、俺はもういいよ」

「あっは、結構時間経ってたよね。イチャイチャした?」

「キスぐらいならしたけど、まじめな話をしてたから、やらしい事はしてないよ」

 答えたあと、俺は礼を言う。

「察して、時間をくれてサンキューな」

 それに正樹は、すぐに返事をしなかった。

 あれは正樹が気を遣って、二人きりになる時間をくれたんだと分かってる。
 ただこいつは、気を遣ったのを悟られるとめちゃくちゃ照れる。
 今も困って黙っていて、ちょっとおかしくなった。

 やがて正樹は溜め息をついて言った。

「……僕はいつも、慎也に罪悪感ばかり持ってるな」

「俺も同じだ。正樹にずっと罪悪感を持ってる」

 優美の言葉に背中を押され、一歩踏み出す。

「正樹が大学生の頃、乱交してた姿を見て『みっともない』って言ってしまった。色んな理由やタイミングはあったんだろうけど、あのあとピタッと乱交するのをやめた。社畜になって、つまんない女と結婚した。自由に生きていた正樹にとどめをさしたのは、俺だと思っている」

 今まで、この話を二人きりでした事はなかった。

 けど、今は結婚を前に三人で色々清算している。
 二人の花婿として、兄弟間での清算も必要だと思っていた。

 わだかまりを残したまま結婚したくないし、それなら全部言い合いたいと思った。

 正樹はまたしばらく、窓の外を見ながら黙っていた。

 やがて、口を開く。

「それってさぁ、慎也のせいじゃないんだよ。確かに当時は『怒られちゃった』って思った。でも自分でもひどい事をしてる自覚はあったから、『そろそろ誰かに怒られてストップしないと、止まれないな』って思ってたんだ」

 俺は瞠目し、チラッと助手席にいる正樹を見る。

「……そう思ってたのか?」

「僕だって自分の異常性は自覚してたよ。あんまりひどく遊びすぎると、家族に迷惑掛けるなとも思ってた。でもあの時の僕は、堪えていたものがパーンと弾けた感じで、自分では止まる事ができなかったんだよ。……坂道を転がるボールって言えばいいのかな」

 小さく笑い、正樹は言葉を続ける。
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