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折原家への挨拶 編

私は比べない

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 ――お兄ちゃんだから。

 それは、場合によっては呪いの言葉になる。

 けれど正樹にも長男の誇りがある。
 弟妹を守りたいと思うし、頼りにされたいと願う気持ちがある。

『お兄ちゃんだから』は、決してネガティブな言葉ではない。

「慎也が気を遣わなくても、正樹はもう立派に立てているんだよ。昔のままの孤独な正樹じゃないの」

 慎也は呆然として私を見つめている。

「慎也は今まで、きちんと正樹の支えになれてたんだよ。前に『責めてしまった』って責任を感じていたけど、正樹は慎也に言われた事でそれほど落ち込んでないと思う」

 彼は目を細め、唇を引き結ぶ。

「正樹が追い詰められたのは、自分で自分を責めたから。慎也のせいじゃないっていう事は、温泉で言ったよね?」

「ん……」

 私は慎也の髪を優しく撫で、微笑みかける。

「もう、自分を責めなくていいんだよ。自分で言っちゃうけど、正樹は私に出会って、幸せになる方法を知った。今の彼はとても幸せそうで、毎日楽しそうに見える。さっきは昔の事を思い出してつらそうだったけど、今は乗り越えて、三人で幸せになるゴールを見つけたでしょ?」

「うん」

「慎也も、目の前にある現実をそのまま受け入れていいと思う。正樹は自分が私の夫にならない事に納得してる。本当は慎也がいなければ結婚したいとは言ったけれど、慎也にいなくなってほしいって言った訳じゃないでしょ? ただの仮定の話」

 彼は気まずそうに頷く。
 もしもの話でも、「自分がいなければ」という仮定で話をされたら、慎也だってきつかっただろう。

「『もしも宝くじが当たったら』と同じレベルなの。気にしたら駄目だよ?」

「……っ、はは、そっか……」

 私のたとえを聞いて、慎也は力が抜けたように笑う。

「慎也はもっと私にも正樹にも甘えていいと思う。私に『家族になるんだから甘えてほしい』って言ってくれたように、慎也だって甘えていいんだからね? 男性だから常に頼りになる存在でなきゃ駄目とか、ないからね」

「うん……」

 震える声で頷いたあと、慎也は痛々しく笑った。

「いっつも自分を〝じゃないほう〟だと思ってたんだ。久賀城家の息子の、目立たない、存在感のないほう。世間的には優秀だけど、正樹と比べると優秀なのかよく分からなくなる存在。俺は正樹を追いかけようとして、学生時代にはもう疲れ切ってた」

 笑いながら、彼の目から涙が零れる。
 私はそれを指で拭った。

「優美に憧れてE&Eフーズに入ったのは本当だけど、久賀城家のルートから外れる事によって、『これでもう比べられなくて済む』って思ったのも事実なんだ」

 ようやく、慎也の素顔が見られた気がする。

 年齢よりずっと大人びて落ち着きがあるようでいて、本当はとても繊細で優しい人。
 これを言ったら怒られるだろうけど、私より二つ年下。
 甘えるべき時に甘えられなくて、不安定な兄を気に掛ける優しさから、自分を犠牲にし続けた人。

「大丈夫だよ。私は比べない」

 彼の目をまっすぐ見て、私は誓う。

「慎也も正樹も私の唯一無二だよ。二人とも違っていて、何一つ比較する材料がない。二人とも、お互いを比べる必要はないの。こんなに素敵な人で、私の自慢の恋人なんだから、劣等感を感じなくていいんだよ」

 慎也は微笑み、綺麗な色の目からまた新たに涙を零した。

「不安になった時は、『優美に愛されてるからいいか!』って思って! そこはめちゃくちゃ自信持っていい!」

 ビシッとサムズアップすると、彼は白い歯を見せて破顔した。

「慎也がどんなに不安になっても、私は全力であなたを愛するし、肯定する。そもそも、慎也が励ましてくれたから、私は今ここにいる。すべては二人がきっかけなんだよ。一人でも欠けたら今の私たちはいない。そこは誇りに思って」

「……分かった」

 彼は私をギュウッと抱き締め、深く呼吸をする。

「ありがとう」

 その「ありがとう」は、とても沢山の感情が集約されたものに思えた。

「……優美が好きだ」

「うん。私も慎也が好きだよ」

 返事をすると、彼は嬉しそうに吐息を震わせる。

「……月に二回ぐらいでいいから、二人きりで過ごしたいな」

「私はいいよ。きっと、正樹も許可してくれる」

「ありがとう」

 お礼を言っているのに、慎也の表情はとてもつらそうだった。

「そこ、遠慮しなくていいからね」

 トン、と人差し指で慎也の額をつつく。
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