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折原家への挨拶 編
俺は正樹を恨んでないからな
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けどあの時の慎也は、兄が中心になっている話を静かに聞いているしかなかった。
表向き私と結婚するのは、慎也なのに、だ。
きつくなかったはずがない。
正樹はいつもおちゃらけながらも、自分の気持ちを素直に表す人だ。
ふざけていて言葉の真剣味が分からないけれど、思った事はストレートに口にする。
だから、皆正樹の考えている事、望みを知る事ができる。
けれど慎也は、正樹ほど簡単に思った事を口にしない。
そこが好きだけれど、もっと甘えやすい性格になれたらいいのにな、と思ってしまう。
正樹は色々あって今みたいな性格になったのは知ってるし、慎也が我慢して溜め込むタイプの性格になった経緯も分かっている。
けど、我慢するタイプだからこそ、上手にガス抜きできたらいいな、と願ってならない。
「俺は正樹を恨んでないからな」
慎也は私を抱き締め、呟いた。
「……うん、分かってる」
私は彼の背中に腕を回し、ポンポンと叩く。
「昔から、性格の違いは分かってるんだ。半分しか血は繋がっていないとはいえ、正樹と俺は兄弟だ。似ているところもあるし、正反対のところもある」
「うん、そうだね。私も弟とそうだよ」
「正樹は小さい頃から、家族だけじゃなくて親戚からも期待されてた。正樹の母が亡くなった事もあって、親戚みんなが正樹を気に掛けて可愛がっていた」
「ん……」
幼くして母親を亡くしてしまった子がいたら、ついつい構って甘やかしたいだろう。
本人は自分を〝可哀想〟なのか自覚できていなくても、周りが「可哀想ね」と言うとそんな気持ちになるかもしれない。
そして慎也は、兄ばかり中心になっていると思っていたんだろう。
勿論、慎也には玲奈さんがいるし、きちんと親の愛情に包まれて育ってきた。
けれど久賀城ホールディングスの長男ともなれば、周囲から特別視されるのは当たり前なんだろう。
「面白くなかったのかは、自分でも分からない。正樹が母親を亡くした事について『可哀想だな』と思っていた。両親が正樹の母についてあまり触れないから、俺もそうしないといけないんだって思っていた」
私の髪を撫で、慎也は小さく溜め息をつく。
「父も母もちゃんと俺を見てくれた。愛してくれたし、芳也と未望の事もきちんと愛して、久賀城家は何も問題のない家族のはずだった。……だから、俺が寂しさを感じてしまうのは、いけない事なんだと思っていた」
「ううん、いけない事じゃないよ。そう思ってしまうのは、仕方ない」
「……仕方ない、のかもしれないな。でも、正樹は悪くない。他の誰も悪くない。……だから、この気持ちをどこにぶつけたらいいのか分からなかった」
慎也は痛々しく微笑み、私を抱き締めたままベッドの上に寝転ぶ。
そして私の体に脚を絡め、肩口に顔を埋めて私の匂いを吸い込んでくる。
ゆっくり息を吐き、溜め息混じりに微笑んだ。
「俺を愛してくれる唯一無二の存在がほしかった。正樹と比べない、俺だけを選んでくれる人がほしかった」
私はギュッと慎也を抱き締めた。
「私は、慎也を愛してるよ」
「……ん、分かってる」
彼も私を抱き返し、愛しげに目を細めてキスをしてくる。
「俺は正樹を可哀想な奴だと思ってる。人一倍人の心に敏感で、子供の頃から仮面を被り続けていた。その裏で心をすり減らし、自分を責めて追い詰めていった。表向きどんな事もそつなくこなすのに、本当はとても不器用な奴だ」
「そうだね。……でも、私は慎也も不器用だと思う」
「俺が?」
彼は驚いた顔をして、しげしげと見つめてくる。
「慎也って、甘えるのへただよね。それで、本音を言うのもへたくそ」
へたと言われて彼は戸惑っている。
自分を器用な男と思っていただろうから、意外なんだろう。
「正樹は大人だし、死のうと思っていた頃より、ずっとたくましくなっていると思うよ。なんたって、私がついてるし」
「うん……」
彼はまだ、私が何を言いたいのか察する事ができないでいる。
「もっと正樹に甘えていいんだよ。お兄ちゃんに我が儘言ってもいいんだよ」
慎也の表情が、ゆっくりと驚きに彩られていく。
「言いたい事を言っても、正樹は受け入れてくれるよ」
「でも……」
「『困らせる』じゃないの。正樹だって、慎也が本音でぶつかってくれるのを、きっと待ってるよ」
なおも彼が困った表情をしているから、私は必死に励ます。
「慎也は〝聞き分けのいい弟〟すぎた。常に正樹の事を考えて遠慮していたでしょ? それに正樹が気付いていない訳がない。正樹だって、弟に甘えられたいの。ずっと自分に対して遠慮していた弟の本音を聞きたいし、甘えられたいし、頼りにされたい。お兄ちゃんだから」
表向き私と結婚するのは、慎也なのに、だ。
きつくなかったはずがない。
正樹はいつもおちゃらけながらも、自分の気持ちを素直に表す人だ。
ふざけていて言葉の真剣味が分からないけれど、思った事はストレートに口にする。
だから、皆正樹の考えている事、望みを知る事ができる。
けれど慎也は、正樹ほど簡単に思った事を口にしない。
そこが好きだけれど、もっと甘えやすい性格になれたらいいのにな、と思ってしまう。
正樹は色々あって今みたいな性格になったのは知ってるし、慎也が我慢して溜め込むタイプの性格になった経緯も分かっている。
けど、我慢するタイプだからこそ、上手にガス抜きできたらいいな、と願ってならない。
「俺は正樹を恨んでないからな」
慎也は私を抱き締め、呟いた。
「……うん、分かってる」
私は彼の背中に腕を回し、ポンポンと叩く。
「昔から、性格の違いは分かってるんだ。半分しか血は繋がっていないとはいえ、正樹と俺は兄弟だ。似ているところもあるし、正反対のところもある」
「うん、そうだね。私も弟とそうだよ」
「正樹は小さい頃から、家族だけじゃなくて親戚からも期待されてた。正樹の母が亡くなった事もあって、親戚みんなが正樹を気に掛けて可愛がっていた」
「ん……」
幼くして母親を亡くしてしまった子がいたら、ついつい構って甘やかしたいだろう。
本人は自分を〝可哀想〟なのか自覚できていなくても、周りが「可哀想ね」と言うとそんな気持ちになるかもしれない。
そして慎也は、兄ばかり中心になっていると思っていたんだろう。
勿論、慎也には玲奈さんがいるし、きちんと親の愛情に包まれて育ってきた。
けれど久賀城ホールディングスの長男ともなれば、周囲から特別視されるのは当たり前なんだろう。
「面白くなかったのかは、自分でも分からない。正樹が母親を亡くした事について『可哀想だな』と思っていた。両親が正樹の母についてあまり触れないから、俺もそうしないといけないんだって思っていた」
私の髪を撫で、慎也は小さく溜め息をつく。
「父も母もちゃんと俺を見てくれた。愛してくれたし、芳也と未望の事もきちんと愛して、久賀城家は何も問題のない家族のはずだった。……だから、俺が寂しさを感じてしまうのは、いけない事なんだと思っていた」
「ううん、いけない事じゃないよ。そう思ってしまうのは、仕方ない」
「……仕方ない、のかもしれないな。でも、正樹は悪くない。他の誰も悪くない。……だから、この気持ちをどこにぶつけたらいいのか分からなかった」
慎也は痛々しく微笑み、私を抱き締めたままベッドの上に寝転ぶ。
そして私の体に脚を絡め、肩口に顔を埋めて私の匂いを吸い込んでくる。
ゆっくり息を吐き、溜め息混じりに微笑んだ。
「俺を愛してくれる唯一無二の存在がほしかった。正樹と比べない、俺だけを選んでくれる人がほしかった」
私はギュッと慎也を抱き締めた。
「私は、慎也を愛してるよ」
「……ん、分かってる」
彼も私を抱き返し、愛しげに目を細めてキスをしてくる。
「俺は正樹を可哀想な奴だと思ってる。人一倍人の心に敏感で、子供の頃から仮面を被り続けていた。その裏で心をすり減らし、自分を責めて追い詰めていった。表向きどんな事もそつなくこなすのに、本当はとても不器用な奴だ」
「そうだね。……でも、私は慎也も不器用だと思う」
「俺が?」
彼は驚いた顔をして、しげしげと見つめてくる。
「慎也って、甘えるのへただよね。それで、本音を言うのもへたくそ」
へたと言われて彼は戸惑っている。
自分を器用な男と思っていただろうから、意外なんだろう。
「正樹は大人だし、死のうと思っていた頃より、ずっとたくましくなっていると思うよ。なんたって、私がついてるし」
「うん……」
彼はまだ、私が何を言いたいのか察する事ができないでいる。
「もっと正樹に甘えていいんだよ。お兄ちゃんに我が儘言ってもいいんだよ」
慎也の表情が、ゆっくりと驚きに彩られていく。
「言いたい事を言っても、正樹は受け入れてくれるよ」
「でも……」
「『困らせる』じゃないの。正樹だって、慎也が本音でぶつかってくれるのを、きっと待ってるよ」
なおも彼が困った表情をしているから、私は必死に励ます。
「慎也は〝聞き分けのいい弟〟すぎた。常に正樹の事を考えて遠慮していたでしょ? それに正樹が気付いていない訳がない。正樹だって、弟に甘えられたいの。ずっと自分に対して遠慮していた弟の本音を聞きたいし、甘えられたいし、頼りにされたい。お兄ちゃんだから」
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