上 下
289 / 539
折原家への挨拶 編

気付いてくれてただけで、十分だ

しおりを挟む
 つくづく、狭い世界で生きてたんだなぁ……と思い知らされる。

「俺のほうがいい男だよな?」

 いきなり、慎也がまじめな顔をして自分を指さす。

「え……? う、うん。当たり前じゃん」

「俺のほうが、優美を気持ちよくできてるよな?」

「そう、だけど……」

 思わず、ドアをチラッと見てしまう。

「こ、い、つ、ら、より、俺のほうがいい男だよ」

 慎也は、昨日私が腕相撲で負かした四人を順番に指さす。

「うん、分かってる」

「優美の事、過去も含めて全部好きだよ」

「ん、うん」

 慎也はポンポンと私の頭を撫で、笑いかける。

「優美は筋力でこいつらに勝ってる。努力の総数でも、勇気も、きっと仕事の出来具合も、全部勝ってる」

 最後に、両肩にポンと手を置いた。

「負けんな。胸張って、笑え」

 少し色素の薄い目が、私を見つめている。
 その低い声が胸に響き、私は自然と笑顔になっていた。

「押忍、ありがと!」

 笑った私の耳元で、正樹が囁いてきた。

「ところで僕、すっごくいい情報を得たんだけど」

「な、なに?」

 耳元で話されると、ちょっとビクッとしてしまう。

「優美ちゃん、セーラー服だったの? まだ持ってる?」

「それな!」

 突如として、それまでまじめモードだった慎也が、カッと開眼して両手でズビシッと正樹を指さしてきた。

 こいつらはぁ……!

「無理だよ。昔のセーラー大きいもん。サイズ合わないって」

「大は小を兼ねるから、大丈夫なんでない?」

「シルエットがダブダブで、求める姿にはならないと思う」

「じゃあ、僕が優美ちゃんのためにセーラー服用意したら、着てくれる?」

「なぜそうなる」

 私は思わずクワッと目を剥いた。

「ねぇー、えー、お願いぃ~~」

 正樹が私を後ろから抱き締めたまま、もだもだと体を揺すって駄々っ子アピールしてくる。

 ほんっとうにこいつなぁ!
 今年でホントに三十一歳になるの!?

「もおおおおお……仕方ないなぁ……。一瞬だけね」

「やったー!」

「っし!」

 こういう時、兄弟は息ぴったりでハイタッチをする。

「じゃあ、僕、ちょっと下行くね。お義母さんと少し話す事あって」

「何? 私も行こうか?」

 そう言ったけれど、正樹は「うんにゃ、いい」と立ち上がって「ごゆっくり~」と手を振って行ってしまった。

「……なんだろ」

 思わずそう呟くものの、何となく、うっすらとは察していた。
 慎也が私の手を握ってくる。

「ん」

 それに頷き、私は彼の手を握り返した。

 しばらく二人とも黙っていた。

 階下からは正樹が陽気に家族と話す声が聞こえ、やっぱり彼は表向き社交的なんだなと思った。
 不意を突かれて仮面の下を暴かれると弱いけれど、普段の正樹はきっちりと〝久賀城正樹〟を演じてる。

 そんな彼と、慎也を比べてしまう。

 慎也は正樹と比べると、ナチュラルだ。
 会社では相応に社会人としての仮面を被っていたけれど、そこまで大きく自分を偽っていなかった。

 だから、あまり〝裏〟があるように思えない。
 心の奥底に隠している感情とか、あまりなさそうだな、って思いがちだ。

 さっきの今で、慎也の心境について何も思わなかった訳じゃない。
 けどそれは、表向き言葉にしてはいけないものだった。

「……大丈夫?」

 小さな声で慎也に尋ねると、彼と目が合う。
 慎也は微かに笑ったあと、顔を傾けてそっとキスをしてきた。

「ありがと。気付いてくれてただけで、十分だ」

 そう。さっきは、完全に正樹が〝主役〟だった。

 流れ上仕方がなかったし、お祖母ちゃんが招き入れてくれて、ああいう風に皆に認めてもらえて本当に良かったって思ってる。

 これで私も、心おきなく結婚できると思った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

チョロイン2人がオイルマッサージ店でNTR快楽堕ちするまで【完結】

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:295

呪われた悪女は獣の執愛に囚われる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:561

堕ちる犬

BL / 連載中 24h.ポイント:2,433pt お気に入り:1,274

花は風と共に散る【美醜逆転】

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:1,351

いつも姉のモノを強請る妹は

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:68

処理中です...