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折原家への挨拶 編

気付いてくれてただけで、十分だ

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 つくづく、狭い世界で生きてたんだなぁ……と思い知らされる。

「俺のほうがいい男だよな?」

 いきなり、慎也がまじめな顔をして自分を指さす。

「え……? う、うん。当たり前じゃん」

「俺のほうが、優美を気持ちよくできてるよな?」

「そう、だけど……」

 思わず、ドアをチラッと見てしまう。

「こ、い、つ、ら、より、俺のほうがいい男だよ」

 慎也は、昨日私が腕相撲で負かした四人を順番に指さす。

「うん、分かってる」

「優美の事、過去も含めて全部好きだよ」

「ん、うん」

 慎也はポンポンと私の頭を撫で、笑いかける。

「優美は筋力でこいつらに勝ってる。努力の総数でも、勇気も、きっと仕事の出来具合も、全部勝ってる」

 最後に、両肩にポンと手を置いた。

「負けんな。胸張って、笑え」

 少し色素の薄い目が、私を見つめている。
 その低い声が胸に響き、私は自然と笑顔になっていた。

「押忍、ありがと!」

 笑った私の耳元で、正樹が囁いてきた。

「ところで僕、すっごくいい情報を得たんだけど」

「な、なに?」

 耳元で話されると、ちょっとビクッとしてしまう。

「優美ちゃん、セーラー服だったの? まだ持ってる?」

「それな!」

 突如として、それまでまじめモードだった慎也が、カッと開眼して両手でズビシッと正樹を指さしてきた。

 こいつらはぁ……!

「無理だよ。昔のセーラー大きいもん。サイズ合わないって」

「大は小を兼ねるから、大丈夫なんでない?」

「シルエットがダブダブで、求める姿にはならないと思う」

「じゃあ、僕が優美ちゃんのためにセーラー服用意したら、着てくれる?」

「なぜそうなる」

 私は思わずクワッと目を剥いた。

「ねぇー、えー、お願いぃ~~」

 正樹が私を後ろから抱き締めたまま、もだもだと体を揺すって駄々っ子アピールしてくる。

 ほんっとうにこいつなぁ!
 今年でホントに三十一歳になるの!?

「もおおおおお……仕方ないなぁ……。一瞬だけね」

「やったー!」

「っし!」

 こういう時、兄弟は息ぴったりでハイタッチをする。

「じゃあ、僕、ちょっと下行くね。お義母さんと少し話す事あって」

「何? 私も行こうか?」

 そう言ったけれど、正樹は「うんにゃ、いい」と立ち上がって「ごゆっくり~」と手を振って行ってしまった。

「……なんだろ」

 思わずそう呟くものの、何となく、うっすらとは察していた。
 慎也が私の手を握ってくる。

「ん」

 それに頷き、私は彼の手を握り返した。

 しばらく二人とも黙っていた。

 階下からは正樹が陽気に家族と話す声が聞こえ、やっぱり彼は表向き社交的なんだなと思った。
 不意を突かれて仮面の下を暴かれると弱いけれど、普段の正樹はきっちりと〝久賀城正樹〟を演じてる。

 そんな彼と、慎也を比べてしまう。

 慎也は正樹と比べると、ナチュラルだ。
 会社では相応に社会人としての仮面を被っていたけれど、そこまで大きく自分を偽っていなかった。

 だから、あまり〝裏〟があるように思えない。
 心の奥底に隠している感情とか、あまりなさそうだな、って思いがちだ。

 さっきの今で、慎也の心境について何も思わなかった訳じゃない。
 けどそれは、表向き言葉にしてはいけないものだった。

「……大丈夫?」

 小さな声で慎也に尋ねると、彼と目が合う。
 慎也は微かに笑ったあと、顔を傾けてそっとキスをしてきた。

「ありがと。気付いてくれてただけで、十分だ」

 そう。さっきは、完全に正樹が〝主役〟だった。

 流れ上仕方がなかったし、お祖母ちゃんが招き入れてくれて、ああいう風に皆に認めてもらえて本当に良かったって思ってる。

 これで私も、心おきなく結婚できると思った。
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