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折原家への挨拶 編
私、コンピューターお婆ちゃんなの
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お互い好意から始まった関係で、本人同士が破綻しても家族や会社ごと憎むような人たちでなくて、本当に良かった。
昔を思いだして少し感傷的になるけど、以前の関係を惜しいなんて、これっぽっちも思ってない。
僕はうまくやれなかったな。
そう思うだけだ。
だからこそ、慎也にはいい結婚生活を送ってほしいと思うし、優美ちゃんの家族ともうまくやれたらいいね、と思っている。
「僕が入っても、台無しにするだけだからなぁ」
「何を?」
「うわおう!!」
独り言に質問され、僕はびっくりして悲鳴を上げる。
開けている窓の外には、老婦人――恐らく優美ちゃんのお祖母ちゃんが立っていた。
まだ残暑があるからか、農作業用の帽子を被ってニコニコしている。
「あなた、どなた?」
柔和な彼女に尋ねられ、僕は一瞬うろたえる。
それでも話をややこしくさせないために、こう答えた。
「……運転手です」
お祖母ちゃんは微笑んだまま僕をジッと見つめてくる。
うう……。苦手だなぁ。
僕はこういう、人生経験が豊富で人を見透かす感じの人が、とても苦手だ。
僕は人をうまく騙して〝久賀城正樹〟を演じているところがある。
その仮面を突き破って本心を見透かしてくるタイプが、凄く苦手だった。
「本当?」
彼女は微笑んだまま、尋ねてくる。
やっば……。これ、何か気付いてるな。
やっぱりホテルで待ってれば良かった。
「優美は昨日同窓会に行って、その帰りに慎也さんとお泊まりに行ったはずなの。それを運転手さんが迎えに行くのかしら? 私、お金持ちの家の事は疎くて、ごめんなさいね」
あー、やっば……。
僕は動揺しきっているけれど、かろうじてビジネススマイルを浮かべたまま、平静を装っている。
「あら、素敵な時計をしているわね。もし良かったら見せてくださる?」
「は、はい」
ちょっと強引だな、と思いつつも、僕は腕時計を外して彼女に渡す。
いつも着けているビジネス用の時計は、社会人になった祝いに父からもらった物だ。
で、今着けている普段用の物は、自分で初めて買ったお気に入りの時計だ。
そこそこ値段もして、思い入れもある。
目の前で彼女は頷きながら時計を見て、裏返した。
やっば!
僕は目を剥いて動揺したけど、もう遅かった。
お祖母ちゃんは顔を上げ、老眼鏡の奥で目を細める。
そしてトントン、と腕時計の裏蓋を指でつついた。
そこには、僕のイニシャルと時計を購入した日付が刻印されている。
「マサキ……、K、……久賀城さん?」
ズバリと言い当てられ、僕はとうとうビジネススマイルを崩した。
足の小指でも思いきり引っかけたような表情になり、片手で額を押さえて項垂れる。
「……どうして……」
「お隣、乗せていただいてもいい? 素敵な車に興味があって近づいてみたけど、乗ってみたくなっちゃった」
「あ、はい! すみません!」
そこで初めて、僕は外に彼女を立たせたままだと気付いた。
彼女が助手席に向かう傍ら、すぐにロックを外して運転席から出ると、ダッシュで車を回り込んで助手席のドアを開ける。
「あら~、お姫様みたい。ありがとう」
無邪気に喜んだ彼女は、助手席に座ってしげしげと車の内装を見る。
僕は運転席に戻り、エンジンを掛けクーラーをまわす。
「えーと……」
すっかり動揺して言葉を探していると、彼女が握手のために右手を差し出してきた。
「私、折原良美」
「あっ、あっと、……く、久賀城……正樹です」
何もかも後手に回ってしまい、ほんっとうに僕らしくない。
「慎也さんのお兄さんよね?」
「はい」
まだ僕が「なんで」という顔をしているからか、良美さんは種明かしをする。
「私、コンピューターお婆ちゃんなの」
「あっ」
それで大体の事を察した。
「優美が色々分かりやすく教えてくれて、スマホを使うのも得意なのよ。最近は夫よりパソコンを使うのがうまくなったんだから」
「お見それします……」
「優美が結婚するお相手の会社とか、悪いけれど調べさせてもらったわ」
「はい」
昔を思いだして少し感傷的になるけど、以前の関係を惜しいなんて、これっぽっちも思ってない。
僕はうまくやれなかったな。
そう思うだけだ。
だからこそ、慎也にはいい結婚生活を送ってほしいと思うし、優美ちゃんの家族ともうまくやれたらいいね、と思っている。
「僕が入っても、台無しにするだけだからなぁ」
「何を?」
「うわおう!!」
独り言に質問され、僕はびっくりして悲鳴を上げる。
開けている窓の外には、老婦人――恐らく優美ちゃんのお祖母ちゃんが立っていた。
まだ残暑があるからか、農作業用の帽子を被ってニコニコしている。
「あなた、どなた?」
柔和な彼女に尋ねられ、僕は一瞬うろたえる。
それでも話をややこしくさせないために、こう答えた。
「……運転手です」
お祖母ちゃんは微笑んだまま僕をジッと見つめてくる。
うう……。苦手だなぁ。
僕はこういう、人生経験が豊富で人を見透かす感じの人が、とても苦手だ。
僕は人をうまく騙して〝久賀城正樹〟を演じているところがある。
その仮面を突き破って本心を見透かしてくるタイプが、凄く苦手だった。
「本当?」
彼女は微笑んだまま、尋ねてくる。
やっば……。これ、何か気付いてるな。
やっぱりホテルで待ってれば良かった。
「優美は昨日同窓会に行って、その帰りに慎也さんとお泊まりに行ったはずなの。それを運転手さんが迎えに行くのかしら? 私、お金持ちの家の事は疎くて、ごめんなさいね」
あー、やっば……。
僕は動揺しきっているけれど、かろうじてビジネススマイルを浮かべたまま、平静を装っている。
「あら、素敵な時計をしているわね。もし良かったら見せてくださる?」
「は、はい」
ちょっと強引だな、と思いつつも、僕は腕時計を外して彼女に渡す。
いつも着けているビジネス用の時計は、社会人になった祝いに父からもらった物だ。
で、今着けている普段用の物は、自分で初めて買ったお気に入りの時計だ。
そこそこ値段もして、思い入れもある。
目の前で彼女は頷きながら時計を見て、裏返した。
やっば!
僕は目を剥いて動揺したけど、もう遅かった。
お祖母ちゃんは顔を上げ、老眼鏡の奥で目を細める。
そしてトントン、と腕時計の裏蓋を指でつついた。
そこには、僕のイニシャルと時計を購入した日付が刻印されている。
「マサキ……、K、……久賀城さん?」
ズバリと言い当てられ、僕はとうとうビジネススマイルを崩した。
足の小指でも思いきり引っかけたような表情になり、片手で額を押さえて項垂れる。
「……どうして……」
「お隣、乗せていただいてもいい? 素敵な車に興味があって近づいてみたけど、乗ってみたくなっちゃった」
「あ、はい! すみません!」
そこで初めて、僕は外に彼女を立たせたままだと気付いた。
彼女が助手席に向かう傍ら、すぐにロックを外して運転席から出ると、ダッシュで車を回り込んで助手席のドアを開ける。
「あら~、お姫様みたい。ありがとう」
無邪気に喜んだ彼女は、助手席に座ってしげしげと車の内装を見る。
僕は運転席に戻り、エンジンを掛けクーラーをまわす。
「えーと……」
すっかり動揺して言葉を探していると、彼女が握手のために右手を差し出してきた。
「私、折原良美」
「あっ、あっと、……く、久賀城……正樹です」
何もかも後手に回ってしまい、ほんっとうに僕らしくない。
「慎也さんのお兄さんよね?」
「はい」
まだ僕が「なんで」という顔をしているからか、良美さんは種明かしをする。
「私、コンピューターお婆ちゃんなの」
「あっ」
それで大体の事を察した。
「優美が色々分かりやすく教えてくれて、スマホを使うのも得意なのよ。最近は夫よりパソコンを使うのがうまくなったんだから」
「お見それします……」
「優美が結婚するお相手の会社とか、悪いけれど調べさせてもらったわ」
「はい」
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