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同窓会 編
ちょっと鈍感なところはあったよな
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すると、正樹が口を開いた。
「僕らさ、坊ちゃん学校のエスカレーターだったし、いじめってあってないようなもんだった。家柄とかでマウント取る奴はいたし、すり寄る奴もいた。けど、見た目をいじったりはなかったかな。テレビのバラエティ番組で、『こんなむかつく出来事があったので、やり返してスカッとしました』っていう再現ドラマをやってるけど、体験した事がないから他人事だった」
うん、そうだろうなとは思ってた。
金持ち争わず、って言うし、お金があって勉強もできて、基本的なものに満たされている人は、些細な事で喧嘩をしないんだろうと思ってる。
怒るとエネルギー使う。
それに「私はこうなのに、あの人は……!」って他人を気に掛ければ時間の無駄になる。
目の前に本人がいないのに、怒り続ける事ほど無駄な行為はない。
心の中で憎い相手の姿がどんどん大きくなって、自分の怒りも燃え上がっていく。
周りの人はその強いエネルギーに恐れをなして、離れていく。
ちょっとした事でとんでもなく長い期間、強く恨み続ける人とかが最たる例だ。
賢い人は、ネガティブな感情が時間を無駄にする、愚かな行為だって分かっている。
だから、そもそも怒る事そのものが少ないんだと思う。
『自分は幸せだし、こんな事じゃ怒らない。こんな些細な事で、あんな人を自分の心に入れてやらない。相手にそんな価値はない』
そんな風に慎也も正樹も、無礼な相手を心の中で切り捨てているんだろう。
私もつまらない事でムカッとする事はあるけど、なるべく気持ちの切り替えはするようにしている。
そのための心のスイッチを、意識的に作っている。
または、理不尽な事をする相手が何に対して怒っているのか考えると、「それは私の責任じゃないしな」と割り切れる。
そうやって心の中で〝不幸な目に遭っている自分〟を分析すれば、ダメージが減る事もある。
正樹の話を聞いたあと、慎也が言う。
「……俺ら、優美の気持ちにちょっと鈍感なところはあったよな。優美が悩んでいる事を聞いて、分かってるふりをしながら『何でそんな事に悩む?』って思っていた事はある」
「……生まれも育ちも、環境も違ったし、仕方ないよ。私だって、全部の事に共感してほしいなんて思ってない」
私は緩く首を左右に振る。
「でもさっきのを見て、あれが優美ちゃんのリアルの世界なんだって思い知った。十八歳の優美ちゃんも、ホテルで心ない言葉をぶつけられて傷付いていた。あの時の僕は、それほど君に親身になっていなかった。確かに丁寧に話を聞いたし、真剣にアドバイスをした。けど優美ちゃんの痛みを理解していた訳じゃなかったんだ。……それがちょっと、今は悔しくて情けない」
正樹の言葉を聞き、私はグスッと洟を啜りながら笑う。
「そう思ってくれるだけで十分だよ。ありがとう」
「優美、今日みたいな同窓会とかは、先日話した〝ヘルプ〟には含まれない?」
私を抱き締めている慎也が、耳元で囁く。
「……ん。含まれない。彼らは敵じゃないもん」
私の身に降りかかるすべての事から守ってほしいなんて、思っていない。
「慎也たちはそう言ってくれるけど、『私の痛みは私のもの』だよ。気持ちのシェアをしてくれるならありがたいけど」
そう言うと、慎也が溜め息をつき私の肩口に顔を埋めてきた。
「……そういう潔いところ、好きなんだけどさぁ……」
「慎也と正樹だって同じでしょ。どんなにつらい事があっても、私が介入して解決するなんて望んでない。利佳さんの事だって、本当は自分たちで片付けたかった」
「そう言われるとそうなんだけど」
運転しながら正樹が笑う。
「……ま、適当にやっていこうよ。何事も全力百パーセントじゃなくていい。その時その時、救える人が救えたらいい。……今日は、来てくれてありがとう。……何でいたのかは、あとで文香も含めて聞くけど」
溜め息混じりに言うと、二人は黙ってしまった。
そんな二人が愛しくて、いつでも私の事を想ってくれているのが嬉しくて、とても傷付いているのにちょっと笑えて、心が温かくなった。
車は一時間半ほど走り、途中から山道をぐんぐん上がって堂平山に向かった。
ここは天文台があって、山頂近くにはキャンプ場もある。
夏期は星を見るイベントもやっていて、夜景が綺麗でデートスポットでも有名だ。
山頂近くには、天文台の特徴的な屋根がシルエットになって見える。
駐車場から山頂まではアスファルトの道が緩やかに続いていて、私たちはゆっくりそこを歩いて行く。
途中、右手にはキャンプ場があってテントを張っている人や、バンガローやロッジで過ごしている人たちの声が聞こえた。
(七センチヒールで山……)
ここに来ると思っていなかったとはいえ、自分に向かって「なぜ」とツッコミを入れてしまう。
「僕らさ、坊ちゃん学校のエスカレーターだったし、いじめってあってないようなもんだった。家柄とかでマウント取る奴はいたし、すり寄る奴もいた。けど、見た目をいじったりはなかったかな。テレビのバラエティ番組で、『こんなむかつく出来事があったので、やり返してスカッとしました』っていう再現ドラマをやってるけど、体験した事がないから他人事だった」
うん、そうだろうなとは思ってた。
金持ち争わず、って言うし、お金があって勉強もできて、基本的なものに満たされている人は、些細な事で喧嘩をしないんだろうと思ってる。
怒るとエネルギー使う。
それに「私はこうなのに、あの人は……!」って他人を気に掛ければ時間の無駄になる。
目の前に本人がいないのに、怒り続ける事ほど無駄な行為はない。
心の中で憎い相手の姿がどんどん大きくなって、自分の怒りも燃え上がっていく。
周りの人はその強いエネルギーに恐れをなして、離れていく。
ちょっとした事でとんでもなく長い期間、強く恨み続ける人とかが最たる例だ。
賢い人は、ネガティブな感情が時間を無駄にする、愚かな行為だって分かっている。
だから、そもそも怒る事そのものが少ないんだと思う。
『自分は幸せだし、こんな事じゃ怒らない。こんな些細な事で、あんな人を自分の心に入れてやらない。相手にそんな価値はない』
そんな風に慎也も正樹も、無礼な相手を心の中で切り捨てているんだろう。
私もつまらない事でムカッとする事はあるけど、なるべく気持ちの切り替えはするようにしている。
そのための心のスイッチを、意識的に作っている。
または、理不尽な事をする相手が何に対して怒っているのか考えると、「それは私の責任じゃないしな」と割り切れる。
そうやって心の中で〝不幸な目に遭っている自分〟を分析すれば、ダメージが減る事もある。
正樹の話を聞いたあと、慎也が言う。
「……俺ら、優美の気持ちにちょっと鈍感なところはあったよな。優美が悩んでいる事を聞いて、分かってるふりをしながら『何でそんな事に悩む?』って思っていた事はある」
「……生まれも育ちも、環境も違ったし、仕方ないよ。私だって、全部の事に共感してほしいなんて思ってない」
私は緩く首を左右に振る。
「でもさっきのを見て、あれが優美ちゃんのリアルの世界なんだって思い知った。十八歳の優美ちゃんも、ホテルで心ない言葉をぶつけられて傷付いていた。あの時の僕は、それほど君に親身になっていなかった。確かに丁寧に話を聞いたし、真剣にアドバイスをした。けど優美ちゃんの痛みを理解していた訳じゃなかったんだ。……それがちょっと、今は悔しくて情けない」
正樹の言葉を聞き、私はグスッと洟を啜りながら笑う。
「そう思ってくれるだけで十分だよ。ありがとう」
「優美、今日みたいな同窓会とかは、先日話した〝ヘルプ〟には含まれない?」
私を抱き締めている慎也が、耳元で囁く。
「……ん。含まれない。彼らは敵じゃないもん」
私の身に降りかかるすべての事から守ってほしいなんて、思っていない。
「慎也たちはそう言ってくれるけど、『私の痛みは私のもの』だよ。気持ちのシェアをしてくれるならありがたいけど」
そう言うと、慎也が溜め息をつき私の肩口に顔を埋めてきた。
「……そういう潔いところ、好きなんだけどさぁ……」
「慎也と正樹だって同じでしょ。どんなにつらい事があっても、私が介入して解決するなんて望んでない。利佳さんの事だって、本当は自分たちで片付けたかった」
「そう言われるとそうなんだけど」
運転しながら正樹が笑う。
「……ま、適当にやっていこうよ。何事も全力百パーセントじゃなくていい。その時その時、救える人が救えたらいい。……今日は、来てくれてありがとう。……何でいたのかは、あとで文香も含めて聞くけど」
溜め息混じりに言うと、二人は黙ってしまった。
そんな二人が愛しくて、いつでも私の事を想ってくれているのが嬉しくて、とても傷付いているのにちょっと笑えて、心が温かくなった。
車は一時間半ほど走り、途中から山道をぐんぐん上がって堂平山に向かった。
ここは天文台があって、山頂近くにはキャンプ場もある。
夏期は星を見るイベントもやっていて、夜景が綺麗でデートスポットでも有名だ。
山頂近くには、天文台の特徴的な屋根がシルエットになって見える。
駐車場から山頂まではアスファルトの道が緩やかに続いていて、私たちはゆっくりそこを歩いて行く。
途中、右手にはキャンプ場があってテントを張っている人や、バンガローやロッジで過ごしている人たちの声が聞こえた。
(七センチヒールで山……)
ここに来ると思っていなかったとはいえ、自分に向かって「なぜ」とツッコミを入れてしまう。
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