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五十嵐と再会 編
誰より分かっていたはずなのに
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並んで座っていた正樹が立ち上がり、慎也もすぐに立って駆け寄ってくる。
彼らはハグしようと腕を広げかけたけれど、私を見て真顔になり、ピタリと止まった。
うぅ……っ。
左頬に……、視線を感じるぅ……っ!
こんなにも緊張して気まずい気持ちになったのは、ここ数年ないんじゃないかってぐらいだ。
頑なに視線を合わせない私を見て、最初に正樹が溜め息をついた。
「まず、家に帰ろうか」
「そうだな」
頷いた慎也が、私を軽くハグしてくる。
「ちゃんと帰って来てくれてありがとう」
その言葉に、不覚にもジーンとしてしまった。
「他に怪我はない?」
「ない」
私の返事を聞いて、慎也は溜め息をついてポンポンと頭を撫でてくる。
彼はまだ何か言いたそうだったけれど、共用スペースでは控えようと決めたようだった。
三人でエレベーターに乗り、ペントハウス専用のカードキーをリーダーに読ませてフロアボタンを押す。
「優美」
「ん?」
ゴンドラで三人きりになると、自然と両側から二人が手を握ってきた。
「頼むから、何かあったらすぐに連絡して。……今、死にそうなぐらい動揺して心臓痛い」
慎也に言われ、胸がギュッとなる。
「そうだね。昨晩何があったかはこれからゆっくり聞く。でも覚えておいて。僕らが最優先するのは優美ちゃんの無事だ。トラブルに巻き込まれて結果的に無事でも、何かがあった時はすぐ教えてほしい。昨日は文香ちゃんと一緒にいたし、僕らも友達との時間を邪魔したくないって思った。信頼してるからとも言える。……だからこそ、何かあったらきちんと連絡して」
正樹も高ぶりそうな感情を必死に押し殺している。
「ごめんなさい」
私は心から謝罪する。
やがて最上階に着いて、私たちは家に入った。
「まず、着替えといで。寝不足してない? お腹すいてない?」
「大丈夫。文香のところでぐっすり寝たから」
正樹に尋ねられて答えたあと、私は自分の部屋に向かって着替えた。
メゾネットタイプになっているペントハウスの一階奥に、それぞれの個室やバスルーム、洗面所などがある。
家の大部分の面積は、吹き抜けになっているリビングダイニングに占められている。
Tシャツとスキニージーンズに着替えた私は、ペタペタと裸足でリビングに向かう。
慎也はソファに座っていて、窓ガラスの向こうに広がる高層ビルを見ていた。
正樹はキッチンに立って、コーヒーを淹れようとしている。
おわぁ……。この緊迫した空気……。
いつもならいい感じの音楽がステレオから流れているのに、今日はそれもない。無音だ。
私は溜め息をついて、いつもの場所に座った。
すると慎也が尋ねてくる。
「楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。久しぶりの居酒屋だったから、好きな物バカスカ食べて、思いっきりしゃべって満足した」
「ん、なら良かった」
慎也は私をぎゅーっと抱き締めてきた。
コーヒーのいい匂いが漂ってきて、しばらく私は慎也に抱き締められたまま待つ。
頭を撫でられ、殴られ跡のない頬にキスをされ、匂いを嗅がれる。
時たま「無事で良かった」と小さく呟く声が聞こえて、申し訳なくて堪らない。
「……ごめんね」
「ん。……でも、正樹はもっと傷付いてるから、正樹にも謝ってあげて」
言われて私はハッとした。
ザッと血の気が引く音すら聞こえた気がする。
彼に向かって『人は簡単に死なないよ。私は丈夫だから』と言ったのは私だ。
正樹が大切な人を喪う事を恐れているのを、誰より分かっていたはずなのに。
心の奥底にある一番デリケートな部分に触れさせてもらいながら、それを裏切りかねない危険に足を踏み入れた。
忘れていた、――なんて言えない状況だ。
人がいつあっけなく死ぬかを、正樹はよく分かっている。
私はただ顔に痣を作って帰ってきただけだけど、二人を心配させるには十分だ。
そして慎也だって、正樹が自殺未遂しかけた恐怖を知っている。
「――――ごめん……っ、……なさい!」
顔を上げ、私は二人に謝る。
キッチンでコーヒーをドリップしながら、正樹が言う。
「いいよ。結果的には何でもなかった。今回の優美ちゃんに対する〝結論〟はそうしておこう」
穏やかに返事をする彼を、大人だと思った。
彼らはハグしようと腕を広げかけたけれど、私を見て真顔になり、ピタリと止まった。
うぅ……っ。
左頬に……、視線を感じるぅ……っ!
こんなにも緊張して気まずい気持ちになったのは、ここ数年ないんじゃないかってぐらいだ。
頑なに視線を合わせない私を見て、最初に正樹が溜め息をついた。
「まず、家に帰ろうか」
「そうだな」
頷いた慎也が、私を軽くハグしてくる。
「ちゃんと帰って来てくれてありがとう」
その言葉に、不覚にもジーンとしてしまった。
「他に怪我はない?」
「ない」
私の返事を聞いて、慎也は溜め息をついてポンポンと頭を撫でてくる。
彼はまだ何か言いたそうだったけれど、共用スペースでは控えようと決めたようだった。
三人でエレベーターに乗り、ペントハウス専用のカードキーをリーダーに読ませてフロアボタンを押す。
「優美」
「ん?」
ゴンドラで三人きりになると、自然と両側から二人が手を握ってきた。
「頼むから、何かあったらすぐに連絡して。……今、死にそうなぐらい動揺して心臓痛い」
慎也に言われ、胸がギュッとなる。
「そうだね。昨晩何があったかはこれからゆっくり聞く。でも覚えておいて。僕らが最優先するのは優美ちゃんの無事だ。トラブルに巻き込まれて結果的に無事でも、何かがあった時はすぐ教えてほしい。昨日は文香ちゃんと一緒にいたし、僕らも友達との時間を邪魔したくないって思った。信頼してるからとも言える。……だからこそ、何かあったらきちんと連絡して」
正樹も高ぶりそうな感情を必死に押し殺している。
「ごめんなさい」
私は心から謝罪する。
やがて最上階に着いて、私たちは家に入った。
「まず、着替えといで。寝不足してない? お腹すいてない?」
「大丈夫。文香のところでぐっすり寝たから」
正樹に尋ねられて答えたあと、私は自分の部屋に向かって着替えた。
メゾネットタイプになっているペントハウスの一階奥に、それぞれの個室やバスルーム、洗面所などがある。
家の大部分の面積は、吹き抜けになっているリビングダイニングに占められている。
Tシャツとスキニージーンズに着替えた私は、ペタペタと裸足でリビングに向かう。
慎也はソファに座っていて、窓ガラスの向こうに広がる高層ビルを見ていた。
正樹はキッチンに立って、コーヒーを淹れようとしている。
おわぁ……。この緊迫した空気……。
いつもならいい感じの音楽がステレオから流れているのに、今日はそれもない。無音だ。
私は溜め息をついて、いつもの場所に座った。
すると慎也が尋ねてくる。
「楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。久しぶりの居酒屋だったから、好きな物バカスカ食べて、思いっきりしゃべって満足した」
「ん、なら良かった」
慎也は私をぎゅーっと抱き締めてきた。
コーヒーのいい匂いが漂ってきて、しばらく私は慎也に抱き締められたまま待つ。
頭を撫でられ、殴られ跡のない頬にキスをされ、匂いを嗅がれる。
時たま「無事で良かった」と小さく呟く声が聞こえて、申し訳なくて堪らない。
「……ごめんね」
「ん。……でも、正樹はもっと傷付いてるから、正樹にも謝ってあげて」
言われて私はハッとした。
ザッと血の気が引く音すら聞こえた気がする。
彼に向かって『人は簡単に死なないよ。私は丈夫だから』と言ったのは私だ。
正樹が大切な人を喪う事を恐れているのを、誰より分かっていたはずなのに。
心の奥底にある一番デリケートな部分に触れさせてもらいながら、それを裏切りかねない危険に足を踏み入れた。
忘れていた、――なんて言えない状況だ。
人がいつあっけなく死ぬかを、正樹はよく分かっている。
私はただ顔に痣を作って帰ってきただけだけど、二人を心配させるには十分だ。
そして慎也だって、正樹が自殺未遂しかけた恐怖を知っている。
「――――ごめん……っ、……なさい!」
顔を上げ、私は二人に謝る。
キッチンでコーヒーをドリップしながら、正樹が言う。
「いいよ。結果的には何でもなかった。今回の優美ちゃんに対する〝結論〟はそうしておこう」
穏やかに返事をする彼を、大人だと思った。
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