220 / 539
イギリス 編
帰国
しおりを挟む
「ごめんね。旅行中なのに」
「そうじゃない。体調が悪いのに無理をさせてしまって、自己嫌悪に陥ってる」
「大丈夫だから気にしないで」
部屋の向こうでは、正樹がフロントと電話をしていた。
体感的に、そんなに高熱っていう感じでもないんだけどなぁ。
「とりあえず、飲めるならお茶飲んで」
「うん」
日本のホテルなので、ミニバーには緑茶のペットボトルが入っている。
慎也はそれを持って来てくれ、私は起き上がって飲む。
やがて部屋にホテルスタッフが来て、正樹が色々受け取ったようだ。
「明日の朝一番に、ドクターに来てもらう」
「えぇ? 明日帰るんだからいいよ」
冷たいお茶を飲んで少し元気になった私は、唇を尖らせて言い返す。
「むぐっ」
そんな私の顎を、正樹が掴んできた。
「いーい? 熱出たら病人なの。大人しくしといて」
「…………はい」
いつになく真剣な正樹の態度に、ちょっとだけときめいてしまったのは秘密だ。
「風邪の割には、くしゃみとか咳とかしてなかったよな」
ベッドの上で胡座をかいている慎也が、原因を突き止めようとする。
「あー。聞いた事あるんだけど、ストレスや疲れからくるやつかもね。それなら風邪の発熱とはメカニズムが違うから、解熱剤が効かないんだってさ」
「……確かに、疲れさせたもんな。心身共に」
そんな、はしゃぎ疲れた子供のように言わないで……。
「ごめんね、優美ちゃん」
正樹が謝って、私の髪を撫でてくる。
「何で謝るの? 意味が分からないんだけど。……ていうか、うつるかもしれないから、私ソファで寝るね」
「「何でそうなる」」
言った途端、二人が見事に声をハモらせて突っ込んできた。
そのあとしばらく、大丈夫だという私と大丈夫じゃないという二人の問答が続いた。
結局二人の頑なな「うつらない」が行使され、いつも通り三人一緒に寝る事になった。
ちなみに、体温計で測ったら熱は三十八度八分だった。
けど、体が熱い以外は特につらくないんだよなぁ。
そのあとは、大人しく寝る事になった。
**
翌朝、お医者さんが来てくれた。
喉の腫れとかもなく、風邪症状はない、ストレスと疲れからのものだと診断された。
昨晩正樹が言ったように解熱剤とかも効かないらしく、ある程度疲れやストレスが抜けたら自然と熱は下がるでしょう、とざっくり言われた。
最終日はフライトまでお土産を買う予定だったのに、買い物に行けないのは残念だ。
……と言ったら、正樹が「僕が行ってくるよ」と立候補して、私が日本から持って来たお土産リストを片手に、サッと外出した。
その間、慎也は三人分の荷物を纏め、ランチにはお粥を頼んでくれた。
お昼過ぎにはホテルを出て、ヒースロー空港に向かう。
すぐファーストクラスのゲートに入って、チェックインする。
贅をこらしたリッチな内装が目に入って、あちこち探検したい気持ちはあるけれど、とりあえずソファベッドに休ませてもらう事にする。
正樹が飲み物を持って来てくれて、フライトまでまだまだあるけれど、のんびりと飛行機を見ながら過ごす事にした。
やがて夕方のフライト時間になり、私たちはファーストクラスのシートに落ち着いた。
あー、十二時間近く掛かるけど、あとは日本に戻るだけだ。
そう思うと、なんだか色々あって濃厚だったけれど、あっという間だった。
プレ・ハネムーンもだし、誕生日をロンドンの高級レストランでお祝いしてくれるとか、なかなかないだろう。私は幸せ者だ。
ラウンジにいた時に文香や家族に「これから帰るね」と写真と一緒にメッセージを送ると、あちらは寝る前の時間だったらしく「気をつけて。おやすみ」と返事があった。
帰ったら慎也の味噌汁が飲みたい。
そう思いながら離陸を待つ。
エンジンが掛かって飛行機が滑走路を進み、フワッと浮く感覚があったかと思うと、ぐんぐん機体が上昇していく。
どこまでも広い、遮蔽物のないイギリスの空ともこれでお別れ。
窓からの景色を眺めて陸地が見えなくなった頃、私は機内サービスが始まるまで目を閉じた。
**
「そうじゃない。体調が悪いのに無理をさせてしまって、自己嫌悪に陥ってる」
「大丈夫だから気にしないで」
部屋の向こうでは、正樹がフロントと電話をしていた。
体感的に、そんなに高熱っていう感じでもないんだけどなぁ。
「とりあえず、飲めるならお茶飲んで」
「うん」
日本のホテルなので、ミニバーには緑茶のペットボトルが入っている。
慎也はそれを持って来てくれ、私は起き上がって飲む。
やがて部屋にホテルスタッフが来て、正樹が色々受け取ったようだ。
「明日の朝一番に、ドクターに来てもらう」
「えぇ? 明日帰るんだからいいよ」
冷たいお茶を飲んで少し元気になった私は、唇を尖らせて言い返す。
「むぐっ」
そんな私の顎を、正樹が掴んできた。
「いーい? 熱出たら病人なの。大人しくしといて」
「…………はい」
いつになく真剣な正樹の態度に、ちょっとだけときめいてしまったのは秘密だ。
「風邪の割には、くしゃみとか咳とかしてなかったよな」
ベッドの上で胡座をかいている慎也が、原因を突き止めようとする。
「あー。聞いた事あるんだけど、ストレスや疲れからくるやつかもね。それなら風邪の発熱とはメカニズムが違うから、解熱剤が効かないんだってさ」
「……確かに、疲れさせたもんな。心身共に」
そんな、はしゃぎ疲れた子供のように言わないで……。
「ごめんね、優美ちゃん」
正樹が謝って、私の髪を撫でてくる。
「何で謝るの? 意味が分からないんだけど。……ていうか、うつるかもしれないから、私ソファで寝るね」
「「何でそうなる」」
言った途端、二人が見事に声をハモらせて突っ込んできた。
そのあとしばらく、大丈夫だという私と大丈夫じゃないという二人の問答が続いた。
結局二人の頑なな「うつらない」が行使され、いつも通り三人一緒に寝る事になった。
ちなみに、体温計で測ったら熱は三十八度八分だった。
けど、体が熱い以外は特につらくないんだよなぁ。
そのあとは、大人しく寝る事になった。
**
翌朝、お医者さんが来てくれた。
喉の腫れとかもなく、風邪症状はない、ストレスと疲れからのものだと診断された。
昨晩正樹が言ったように解熱剤とかも効かないらしく、ある程度疲れやストレスが抜けたら自然と熱は下がるでしょう、とざっくり言われた。
最終日はフライトまでお土産を買う予定だったのに、買い物に行けないのは残念だ。
……と言ったら、正樹が「僕が行ってくるよ」と立候補して、私が日本から持って来たお土産リストを片手に、サッと外出した。
その間、慎也は三人分の荷物を纏め、ランチにはお粥を頼んでくれた。
お昼過ぎにはホテルを出て、ヒースロー空港に向かう。
すぐファーストクラスのゲートに入って、チェックインする。
贅をこらしたリッチな内装が目に入って、あちこち探検したい気持ちはあるけれど、とりあえずソファベッドに休ませてもらう事にする。
正樹が飲み物を持って来てくれて、フライトまでまだまだあるけれど、のんびりと飛行機を見ながら過ごす事にした。
やがて夕方のフライト時間になり、私たちはファーストクラスのシートに落ち着いた。
あー、十二時間近く掛かるけど、あとは日本に戻るだけだ。
そう思うと、なんだか色々あって濃厚だったけれど、あっという間だった。
プレ・ハネムーンもだし、誕生日をロンドンの高級レストランでお祝いしてくれるとか、なかなかないだろう。私は幸せ者だ。
ラウンジにいた時に文香や家族に「これから帰るね」と写真と一緒にメッセージを送ると、あちらは寝る前の時間だったらしく「気をつけて。おやすみ」と返事があった。
帰ったら慎也の味噌汁が飲みたい。
そう思いながら離陸を待つ。
エンジンが掛かって飛行機が滑走路を進み、フワッと浮く感覚があったかと思うと、ぐんぐん機体が上昇していく。
どこまでも広い、遮蔽物のないイギリスの空ともこれでお別れ。
窓からの景色を眺めて陸地が見えなくなった頃、私は機内サービスが始まるまで目を閉じた。
**
11
お気に入りに追加
1,819
あなたにおすすめの小説
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡
雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる