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イギリス 編

帰国

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「ごめんね。旅行中なのに」

「そうじゃない。体調が悪いのに無理をさせてしまって、自己嫌悪に陥ってる」

「大丈夫だから気にしないで」

 部屋の向こうでは、正樹がフロントと電話をしていた。
 体感的に、そんなに高熱っていう感じでもないんだけどなぁ。

「とりあえず、飲めるならお茶飲んで」

「うん」

 日本のホテルなので、ミニバーには緑茶のペットボトルが入っている。
 慎也はそれを持って来てくれ、私は起き上がって飲む。

 やがて部屋にホテルスタッフが来て、正樹が色々受け取ったようだ。

「明日の朝一番に、ドクターに来てもらう」

「えぇ? 明日帰るんだからいいよ」

 冷たいお茶を飲んで少し元気になった私は、唇を尖らせて言い返す。

「むぐっ」

 そんな私の顎を、正樹が掴んできた。

「いーい? 熱出たら病人なの。大人しくしといて」

「…………はい」

 いつになく真剣な正樹の態度に、ちょっとだけときめいてしまったのは秘密だ。

「風邪の割には、くしゃみとか咳とかしてなかったよな」

 ベッドの上で胡座をかいている慎也が、原因を突き止めようとする。

「あー。聞いた事あるんだけど、ストレスや疲れからくるやつかもね。それなら風邪の発熱とはメカニズムが違うから、解熱剤が効かないんだってさ」

「……確かに、疲れさせたもんな。心身共に」

 そんな、はしゃぎ疲れた子供のように言わないで……。

「ごめんね、優美ちゃん」

 正樹が謝って、私の髪を撫でてくる。

「何で謝るの? 意味が分からないんだけど。……ていうか、うつるかもしれないから、私ソファで寝るね」

「「何でそうなる」」

 言った途端、二人が見事に声をハモらせて突っ込んできた。

 そのあとしばらく、大丈夫だという私と大丈夫じゃないという二人の問答が続いた。
 結局二人の頑なな「うつらない」が行使され、いつも通り三人一緒に寝る事になった。

 ちなみに、体温計で測ったら熱は三十八度八分だった。

 けど、体が熱い以外は特につらくないんだよなぁ。

 そのあとは、大人しく寝る事になった。



**



 翌朝、お医者さんが来てくれた。

 喉の腫れとかもなく、風邪症状はない、ストレスと疲れからのものだと診断された。
 昨晩正樹が言ったように解熱剤とかも効かないらしく、ある程度疲れやストレスが抜けたら自然と熱は下がるでしょう、とざっくり言われた。

 最終日はフライトまでお土産を買う予定だったのに、買い物に行けないのは残念だ。
 ……と言ったら、正樹が「僕が行ってくるよ」と立候補して、私が日本から持って来たお土産リストを片手に、サッと外出した。

 その間、慎也は三人分の荷物を纏め、ランチにはお粥を頼んでくれた。

 お昼過ぎにはホテルを出て、ヒースロー空港に向かう。

 すぐファーストクラスのゲートに入って、チェックインする。
 贅をこらしたリッチな内装が目に入って、あちこち探検したい気持ちはあるけれど、とりあえずソファベッドに休ませてもらう事にする。

 正樹が飲み物を持って来てくれて、フライトまでまだまだあるけれど、のんびりと飛行機を見ながら過ごす事にした。





 やがて夕方のフライト時間になり、私たちはファーストクラスのシートに落ち着いた。

 あー、十二時間近く掛かるけど、あとは日本に戻るだけだ。

 そう思うと、なんだか色々あって濃厚だったけれど、あっという間だった。

 プレ・ハネムーンもだし、誕生日をロンドンの高級レストランでお祝いしてくれるとか、なかなかないだろう。私は幸せ者だ。

 ラウンジにいた時に文香や家族に「これから帰るね」と写真と一緒にメッセージを送ると、あちらは寝る前の時間だったらしく「気をつけて。おやすみ」と返事があった。

 帰ったら慎也の味噌汁が飲みたい。
 そう思いながら離陸を待つ。

 エンジンが掛かって飛行機が滑走路を進み、フワッと浮く感覚があったかと思うと、ぐんぐん機体が上昇していく。

 どこまでも広い、遮蔽物のないイギリスの空ともこれでお別れ。

 窓からの景色を眺めて陸地が見えなくなった頃、私は機内サービスが始まるまで目を閉じた。



**
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