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イギリス 編

俺にするか?

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『えっと……。こんばんは』

『どうも』

 ……しまった。間が持たないかもしれない。

 いや、営業モードに切り替えるんだ、折原優美。

 私は頭の中でカチッとスイッチを入れる。

『エディさんも散歩で――』

『あの二人とどういう仲なんだ?』

 んん! ストレート!

 私の笑顔がピシリと固まる。

『どういうって……。ご紹介した通りですが』

 私はひとまず穏便に、変な方向に向かないように、にこやかに対応した。

『君は二人の男を同じだけ愛せるのか?』

 もっともな質問をされ、私は気づかれないように息をつく。

『ミリグラム単位で計るものではありませんから、本当の意味で〝同じ〟かと言われれば自信がありません。二人とも性格が違いますし、背負っているもの、出会い、すべてが違います。私は二人が求める事をして、言葉を向け、気持ちに応えているつもりです。二人は私に、何から何まで、鏡のように同じ対応を求めている訳ではありません』

『確かに、その点については君の言う通りだ』

 エディさんは息をつき、ゆっくり歩いて私に近づいてくる。

 ここで距離を取ったら失礼なので、私は立ったまま彼を迎えた。

 彼は二人と同じぐらい身長があり、ガタイもいい。
 聞く話ではイギリスではボクシングが盛んらしいので、トレーニングの一環として何か格闘技をしていてもおかしくない。

 ……ちょっと圧があるけど、まぁ、怖いとかじゃない。

 ただ、彼が私に向ける感情が純粋な厚意とは言えないので、距離を縮められると微妙な気持ちになる。

『俺の問題だが、元妻に浮気された経験がある以上、君が二人を本当の意味で愛せているのか懐疑的だ』

『……そう思われても仕方ありません。すべての人に、私たちの関係を認めてもらおうなど思っていません。正樹も慎也も、信頼している人だからこそ、打ち明けたのだと思っています』

『確かに、その信頼を裏切るような事を言うなって感じだけどな』

 こちらの言葉の裏側を読み取り、エディさんは食えない笑みを浮かべる。
 不意に私は、正樹に言われていた言葉を思いだした。

《イギリス人ってステレオタイプでは、紳士的ではあるね。こっちの事を慮ってくれるし、ある程度遠慮はしてくれる。他の国の人みたいに、ドストレートでマイペースで、気質が全く違って疲れる事はないかもしれない。ただ、言う事はズバッと言うから、心の準備はしておいたほうがいいかも》

 うん、分かった。

 私は心の中で正樹に返事し、エディさんに対峙する。

『ご心配ありがとうございます。ですが、私たちはうまくやれていますので、お気遣いなく。正樹は離婚していますし、彼を二重に悲しませる事はありません。慎也の事も心から愛しています』

 鉄壁の営業スマイルで言った時、エディさんが私の頬に触れてきた。

『俺にするか?』

「は!?」

 いきなりな事をされ、言われて、思わず日本語で反応してしまった。

 そして、彼から距離を取る。

 月明かりを浴びたエディさんは、モデルか俳優みたいに美しいし格好いい。
 けれどその青い目の奥に、どんな感情を抱いているのか分からない怖さがある。

『俺はあの二人に負けないぐらい、事業で成功している。ホテル事業者というのも同じだ。投資家でもあるし、他に手がけている事業もある。あの二人より資産は多いだろう』

『お金の問題じゃありません』

『では、二人のどこを好きになった?』

 尋ねられ、私は沈黙する。

 せっかく正樹が自分を悪者にしてまで、自分たちの〝事情〟を隠したのに、私がバラす訳にいかない。

 そもそも、あのデリケートな問題はごく一部の人だけのものだ。
 エディさんが二人の友達で、「この女に騙されないか心配だ」と思っているからって、私たちの関係にズカズカ踏み入るのを許してはいけない。

『失礼ですが、私たちはそこまで立ち入っていい関係ではありません。どうしても聞きたいと仰るなら、もっと心の距離を縮める努力をするなど、相応の交流をする必要があると思います。望めばすべての答えが得られると思うのは、いささか傲慢です』

 ここまで空気を読まずこちらのテリトリーに入ってくるなら、少々鼻先をビシッと叩かないといけない。
 日本人のように婉曲に言えば分かってくれると期待するより、ストレートに言ったほうがいいと判断した。

 気の強さなら負けない。

 エディさんが私を疑っているなら、文句を言われないよう、きちんとアピールする必要がある。

『……なるほど。気が強い』

 エディさんは溜め息をついたあと、私を抱き締めようと手を伸ばしてきた。
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