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イギリス 編

アボット家

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 緊張しつつホテルに入り、フレスコ画の描かれた天井に、それを飾る金色の細工、柱も壁もコテコテに飾られていて、もう、感想が「うわーお」しか出てこない。

 こんなお城みたいな建物を、普通に使ってるんだもんなぁ。

 一階にあるレストランに向かうと、正樹が英語で男性の名前を告げる。
 ウェイターさんが先導してくれ、慎也が「レディファーストだから、優美から行って」と教えてくれた。

 ここは貴族の城か? という内装のレストランには、白いテーブルクロスが掛けられたテーブルが並び、フォーマルな服に身を包んだ人々が食事をしている。

 向かった先には白髪交じりの恰幅のいい八十代の男性がいて、その息子夫婦らしき男女、そして若い男性二人と女性がいた。

『正樹、慎也』

 八十代の男性が立ち上がり、二人と握手とハグをする。
 トントンと背中を叩いて笑い合う姿を見ると、相当仲がいいんだろう。

「優美、こちらはアボットさんご一家。外資系ホテルの『エースロイヤル』は知ってるだろ? あそこの創業者一族だ。彼はビル」

 お……おお……。

 日本国内でも海外でも、「エースロイヤルなら一流、間違いない」と言われるホテルだ。

『初めまして。折原優美と申します。お会いできて光栄です』

 私は一家に向かってにっこり笑いお辞儀をした。

 皆さんはすでに食前酒を飲んでいて、私たちも席に着いたあとシャンパンを頼む。

 アボットさん一家が自己紹介してくれる。
 その中で、美人な女性のお孫さんの名前を聞いて、私はピクッとしてしまった。

『私はシャーロット・アボット。二十七歳です。宜しくね』

 シャーロットって……。

 私は正樹の顔をチラリと見る。
 彼はニヤニヤ笑ってるけれど、「大丈夫だよ」というように、テーブルの下で私の太腿をポンポンと撫でた。

 はー。シャーロットさん美人だわ。

 金髪碧眼というのもあるし、ほっそりとした体にアイボリーのワンピースを着ているのも、儚げな感じがあって美しい。
 首元には大粒のカラージュエリーのペンダントがあるけれど、目の色と相まってとても似合っている。

 人種的なコンプレックスはないはずなんだけど、どうしてこう、人間というものは美しい人を前にした時、敗北感を覚えるものなのか。

 あーあ。

 利佳さんの時もだけど、二人さえ絡まなければ、他人に嫉妬とかしないタイプだと思ってたのに。

 自分は二人に愛されていて、その幸せは不動のものと思っていたけれど、意外とこれから、こういう感情に見舞われる事は多いかもしれない。

 二人はとても魅力的な男性だし、女がいるって分かっていても横恋慕してくる女性がいるのは目に見えている。
 強者にもなれば、「既婚者だからこそ魅力的に見えるし、安全に火遊びができる」なんて訳の分からん理屈をつける人までいるらしい。

 しんどぉ!

 まぁ、世の中自分の常識では測れないモンスターがいるのは事実だ。
 それは私が一番分かってる。

 とりあえず、今はこの食事会を成功させる事を考えよう。

 まさかシャーロットさんも正樹を想ってるなんてないだろうし。

 ……ない、よな?

 笑顔が引き攣りそうになるけれど、そこは勤続六年の営業だ。鉄壁のスマイルは顕在である。

 やがて前菜前のおつまみが運ばれ、食事が開始される。

『優美さんは慎也の婚約者だって?』

 ビルさんがにこやかに尋ねてきて、私は『はい』と返事をする。

『そうか。慎也はいい男だ。きっと君を幸せにしてくれる。……ところで正樹』

『何?』

 正樹とビルさんの関係はかなりフランクらしく、彼は言葉も仕草もとても軽い。いつもの正樹だ。

『慎也と優美さんが結婚するから、正樹も結婚せず、結婚相手の面倒もみなくていいっていうアレは……なんだ?』

 心底不思議という顔をするビルさんの反応に、私は内心でそりゃそうだろう、と同意した。
「弟が結婚するから、自分も再婚して幸せになる」が普通だもんなぁ。

『いやー、それなんだけど。僕も優美ちゃんの事大好きでさ、愛しちゃってるの。んで、これから三人で暮らしていくから、ビルはもう気にしなくていいからね? っていう話』

 あー! もう、ペロッと言っちゃって!

 私はダラダラと冷や汗を掻き、前菜のキャビア缶をスプーンで掬うのに一生懸命でーす、というふりをする。
 プレートの上にあるエンブレムのついた缶を開けると、びっしりキャビアが入っていて、スプーンで掬うと底にナスがある料理となっている。おいちい。

『あー……、それって三人のパートナーっていう事?』

 遠慮がちに聞いてきたのは、シャーロットさんの上のお兄さんのエディさんだ。
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