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イギリス 編

大切に思ってくれて、ありがとう

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「こっちは水の関係上、ちょっと油断するとタオルがグレーになるから、色つきタオルで対応してる。タオルの洗濯も普通なら外部委託だけど、フワフワを維持できるように、日本の企業さんと連携して、専用のクリーニング工場を作ったよ。勿論、他に現地での仕事を請け負えるよう、調整もしてる」

「なるほど」

 確かに、部屋にあったタオルは濃いグレーだった気がする。
 高級感を出すためかな? と思ったけど、そんな事情があったとは。

「あ、ごめんごめん。おかわり行ってきて」

「分かった!」

 そのあと、マッシュルームの炒め物みたいなのを、たっぷり盛って玉子料理も盛る。
 こっちは椎茸とかがメジャーじゃない代わりに、マッシュルームがメインなんだろな。
 どっちにしろ、キノコ大好き星人の私にとってパラダイスだ。

 やがて私と慎也は準備を終えて席に着き、正樹が食べ物を取りに行く。
 ドリンクバーでグレープフルーツジュースを注いできた私は、隣に座った慎也に微笑みかけた。

「なんか、正樹の仕事している姿が見られて嬉しいな」

「まぁ、優美は正樹と職場が重なってなかったからな。……俺は?」

「ふふっ、〝岬くん〟は優秀だよ?」

 正樹に張り合おうとする慎也がおかしくて、私はポンポンと彼の肩を叩く。
 ジュースを飲んでいると、慎也が囁いてきた。

「あとで正樹におっぱい、好きなだけあげるの?」

「ぶふんっ!」

 危うく公衆の面前で口からジュースを噴きそうになり、私は慌ててナプキンで口を押さえる。

「…………」

 ジト目で睨むと、慎也はそれは楽しそうにケラケラ笑った。

 その後、正樹も席に着き、食事を始める。

「僕は今日、予定通り仕事をするから、優美ちゃんはゆっくり休んでてよ」

「ずっと部屋? 外歩いててもいい?」

「んー、英語話せるしいいけど、護衛を一人はつけてほしい」

「…………分かった」

 よもや護衛つきで行動する事になるとは思っていなかった。

 今までの経験からいって、街中を歩いていてひったくりに遭う確率は、割と低めだと思う。
 多いのはスリで、観光地を歩いていて買い物や写真撮影に夢中になっていたら、気が付けばバッグを開けられスられていたケースだ。
 私自身は今まで被害はなかったけど、バッグのファスナーが開いていて、ヒヤッとした事ならある。

 気付かないもんなんだよなぁ……。

 騒ぎになれば警官がくるので、スリも気付かれないようにやってる。

 基本的に金目の物をスられるだけで、体に危害を加えられる可能性は低いと思っていい。

 ただし何事もないのが一番で、護衛が一緒にいるのは好ましいかもしれない。

 ……ずっと前、フランスの大きな美術館の目玉展示のところで、「あ! あの男の人スられた!」という瞬間を見てしまったので、男女は関係ないんだろうけど。
 とっさに追いかけて、スリの腕を掴んで『この人泥棒です!』って思いきり叫んでやったけど、そういうのは基本的にやらないほうがいい。

 あの時は美術館の中という、人が大勢いる屋内、そして警備員もいて幸運だっただけだ。
 仲間がいたら恨まれて、あとで何をされるか分からない。
 外だったら力任せに逃げられて、追いかけていれば文香を一人にしていた。

 そういう時、幾ら〝強い女〟であっても、へたな行動をとらないほうがいい。
 それはただの蛮勇だ。

 勇気と行動力があっても、示していい場面かどうかは見極めなければいけない。

「不満?」

 もっもっ、とマッシュルームを食べている私を、正樹が覗き込む。

「ん!? あ、いや。そうだよなー、日本と同じようにいかないよなーって思ってた」

「こっちの女性は普通に一人で歩いてるし、護衛を付けないといけないとは言わない。ただ、何が起こるか分からないから、注意はしておきたい」

 慎也に言われ、私は頷く。

「大切に思ってくれて、ありがとう」

 お礼を言うと、二人ともにっこり笑って「どういたしまして」と言った。

「慎也はどうするの?」

「俺も正樹に同席するつもり。副社長の仕事をきちんと確認して、せっかくロンドンまで来たから、うちのホテルがどう機能しているかチェックしたい」

「うん、そうだね」

 一瞬、「いつか私が責任あるポジションに就くなら、そういうのを知っておいたほうがいいのかな?」と思った。

 でも現時点、私は久賀城ホールディングスの社員でも何でもないので、部外者が首を突っ込んだら駄目だな、とやめておいた。



**



 食事が終わったあと、お昼ぐらいまで部屋でゴロゴロしていた。

 朝食を遅めに食べたので、ランチを十二時近くにとるのはやめておく。

 正樹と慎也がスーツに着替えて部屋を出たあと、私はしばらくスマホを弄ったのち、少し散歩する事にした。
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