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イギリス 編

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「誰にだって聞かれたくない事ってあるだろうし、触れないほうがいい事ってあるよね。本当はあの時、何かうまい事を言えないかな? って必死に考えていたけど、結局気の利いた事は言えなかった。結局、本人が言いたいと思える時に聞いたほうがうまくいくと思う」

「何か聞いてくれても良かったのに。〝折原さん〟になら、何でも言ったと思うのに」

 慎也はそう言うけれど、私は苦笑いして首を横に振る。

「だーめ。私だって人に対する遠慮はあるつもりなんだから。……恩人で傷つけたくないと思うからこそ、へたを打てなかった。種明かしをするとそれだけなんだけど」

 そういうと、慎也もつられて笑う。
 そして愛しげな目で私を見つめてきた。

「優美は本当に〝尊敬できる先輩〟だったよ。その分、女性としての守りも鉄壁でさ。どれだけ近付きたいと思っても、にっこり営業スマイルを浮かべて『それ以上踏み込むんじゃねーよ』って言ってるのが分かった」

「あはは……」

 確かにその通りだったので、苦笑いするしかない。

「だから、あの時も弱音を吐きたくても吐けなかった。言えば聞いてくれるのは分かってたけど、適切な距離をとったまま『大変だね』って言われるのは分かっていた。それは俺の望む〝距離〟じゃない。……だから昔の事を切り出したくても、なかなかそういう空気にできなかった」

 慎也は笑ったあと、両手を広げて少し首をすくめる。

「それで、五百円の借りについても、そのまま言い出せなかった」

「うん……。すまん」

 私が〝そういう空気〟にさせなかったのは分かるので、謝るしかない。

「でも、ホント、アレだな。ハプバーのお陰だな」

「ぶふっ」

 私は飲もうとしたスープに咳き込む。

「今はこんなに近付けた」

 そう言って、慎也は私を見つめて手を握る。

「はは……。ホントにハプバーが結びつけた仲だね……」

 笑ったあと、私もあの時に感じた嬉しさをきちんと伝えようと思った。

「慎也さ、あの時『あなたより俺の方が腕力がありますから、俺が背負います』って言ってくれたでしょ?」

「そう言ったかは覚えてないけど、優美におんぶさせたら男が廃るなは思った」

「うん、そういう感じなんだろうけど。あの時、慎也は私に〝女〟を意識させてくれた。いつも会社で誰にも『荷物持つよ』って言われなかった私を、通りすがりの慎也だけが女扱いしてくれた。それが凄く嬉しかったんだ。ありがとう」

 がっつり鍛えている私に対して、腕力がないなんて言わせない。

 男だから力仕事をする、女だから重い物を持ってもらうとか、一辺倒に決めつけるのは良くない。
 けれどその時の私はすでに、周囲から〝強い女〟と見られていた。

 他の女性社員が重そうに荷物を持っていれば、誰かが「手伝おうか?」と声を掛けた。
 でも私にはそれがなく、「折原は今日も逞しいな!」と言われるだけ。

 鍛えてるので、「逞しい」って言われるのは嬉しい。
 でも、私も他の皆と同じ扱いを受けたかった。

 とても複雑で面倒な気持ちだけど、鍛えていてもどれだけ強そうに見えても、一人の女性として見てほしかった。

 心まで鋼でできている訳じゃない。

 鍛えている、強そうな女性全員がそう思っている訳ではないけど、少なくとも私はそう願っていたのだ。

 そんな複雑な女心を、あの時の慎也の言葉は一発で解決してくれた。

「あの時一目見て『結婚式で励ましてくれた人だ!』って分かった。それで、また外見に拘らず一人の女性として扱ってくれて、ほんっとうに嬉しかったんだ」

 ちょっと泣きそうになって笑ってごまかす。

「そんな、大した事を言ったつもりじゃなかった。むしろ、優美に気に掛けてほしくて必死で、何を言ったんだか覚えてないぐらいで」
慎也も照れた顔をして笑い、お互いくすぐったい気持ちになる。

「動機なんてどうでもいいんだよ。私にとって慎也は恩人で、街中でも私を救ってくれた人。そして慎也も私の言葉を深く受け止めてくれた。それがすべて」

「……そうだな」

 似た者同士だったと知り、彼は愛しそうに笑う。

「あーあ、運命だな」

 彼は壁にもたれ掛かり、幸せそうに微笑む。
 そんなふうに見つめられると、私も照れてしまう。

「嬉しいね」

 照れながらも、私も微笑み返す。

 ――と、ヌッと人陰が落ちた。

「長くない?」

「ひっ……」

 パーティションの向こうから、死んだ目でこちらを覗き込んでいるのは、正樹だ。

「ぽ」

「八尺様ネタやめ」

 思わず大きい声で笑ってしまいそうになり、私は必死に口を押さえる。
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