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イギリス 編

これ、六百円少しなんだ

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 ただ、人の繋がりとか、気の合う人との邂逅っていつあるか分からないので、気が向いた時に社交の場に向かうのはありかな、と思う。

 気分転換にもなるしね。

 そんな事を思いながら、私はシートをリクライニングさせて映画のメニューを見る。
 ……やっぱタダで新作見られるっていったら、気になっちゃうのよ……。

 パーティションの外も静かになってきたかな~? と思っていた頃、トントンとパーティションがノックされる。

「ん?」

 ヘッドフォンを外して顔を上げると、慎也が立ってヒラヒラと手を振っている。

「なに?」

 少し声量に気を付けて問いかけると、彼がボックスの中を覗き込んでくる。

「ちょっといい? 飛行機の上でまったり話す時間ぐらい、あってもいいかな? とか」

「うん……。いいけど……」

 なんだろ?

 そう思って頷くと、慎也は可動式のテーブルを動かし、オットマンに腰掛けた。
 なるほど、こうやって向かい合って座れるのか。

 慎也は私の向かいに座り、長い脚を私の足に交差させるようにして、少し伸ばす。

 彼はもうパジャマに着替えている。
 シンプルなスウェット上下なんだけど、スタイルがいいし顔もいいから、何を着ても似合うんだよな……。

「優美に、これをプレゼントしたいと思って」

「ん?」

 そう言って慎也が手渡してきたのは、正方形の箱だ。
 薄めのそれは、タオルハンカチとかが入るアレかな? という印象だ。

「ありがとう。開けてもいい?」

「どうぞ」

 ベージュ色の包装紙にオレンジのリボンが掛けられているそれを、私はカサカサ開けていく。
 重みもないし、今回はジュエリー的なアレではない。

「おお……」

 中から出てきたのは、やっぱりタオルハンカチだ。
 薄いベージュ色の無地に、刺繍で〝Y〟とついているのは、私のイニシャルだろう。
 タオルで有名な某市のブランドの物らしく、特徴的な色合いのタグがついていた。

「ありがとう! 普段使いできるね」

 こういういつも使えるプレゼントが、実は一番嬉しい。

 笑顔でお礼を言うと、慎也は心底嬉しそうな顔をした。

「良かった……」

 その表情は、例の物凄いネックレスをプレゼントした時より、ずっと嬉しそうだ。

 何か特別な思い入れでもあるのかな?
 普段、お手頃価格のプレゼントとかしないから、ニーズにマッチしているか、緊張していたのかな?

 そう思っていると、慎也が口を開く。

「これ、六百円少しなんだ」

「うん? うん。ありがとう。嬉しいよ」

 値段を明かされても、私は特にガッカリしない。

 ただ「慎也の様子がいつもと違うな」と感じているので、そちらが気になっていた。

 値段の安い物がどうこうじゃなくて、このプレゼントを渡した上での彼の改まった様子に、「何かあるな」と感じている。

「……五百円って聞いて、何かピンとくる?」

「え? あー……」

 そういう尋ねられ方をされると、「どっかでお金借りたっけ? 貸したっけ?」という思考になる。
 けれど覚えている限り、慎也は私にお金で借りを作る人じゃない。
 逆に彼がお金を出す時は基本的に奢りなので、「あとで返してほしい」なんて言わない。

「体で返して」って言われてエッチな目に遭う事は沢山あるけど……。

 勿論、「割り勘にしていい?」とか言われたら全然OKだけど、前例がないので、ちょっとプチ混乱していた。

「……ご、ごめん……。ちょっと思いだせない」

 白状したけれど、慎也は特にガッカリしなかった。

「うん。そうだと思った」

 諦めたように、けれどどこか晴れ晴れと微笑むので、私はいっそう分からなくなる。

「優美に再会した時……。俺がまだ大学生で、街角でご年配の方を助けた時の」

「ああ、うん」

「あの時、優美、俺に『これでジュースでも飲んで』って言って、五百円くれただろ?」

「あ!」

 私は一気に当時の事を思い出し、少し大きな声を上げてから、とっさに両手で口を覆って周囲を気にする。
 そんな私を見て、慎也は微笑む。

「あの時の五百円、ずっと取っていたんだ」

「え……。えぇえ……。ジュース飲まなかったの?」

「飲まなかった。っていうか、缶ジュースに五百円もしないよ」

「いやいや、すぐに出るのあれしかなかったし……」

 いやー、そっか。

 当時の事を思い出して、少し照れくさい気持ちにもなるけれど、ちょっと嬉しくもある。
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