上 下
159 / 539
イギリス 編

アホの子みたいで可愛いなぁ

しおりを挟む
 一方で旅行が終わったあとも、ネチネチ絡んでストーカー化する人が一定数いる。

 中には広告が気に入らない、ネットで見た記事が気に入らないという理由で、客でもないのにいつまでも絡む人がいる。

 会社が大きければ大きいほど客の母数は多くなり、おかしな人の数も増える。

 副社長である正樹は、それらの対処に頭を悩ませているんだろうな、と思う。

 いつもヘラヘラしている姿しか知らないけど、「僕、仕事のできる男だよ」と言っているから、実際はそうなんだろう。
 彼が家庭や利佳さんとの事で摩耗してしまった背景に、仕事の疲れ、毎日頭を悩ませる出来事、ストレスがあったのは間違いない。

 社長は昌明さんだけど、次の社長となる正樹を育てるために、彼に判断させる事も多いのだろう。

 疲れ切った正樹が、私生活ではアホの子みたいな振る舞いをして、精神のバランスを取っているのも、ある意味頷ける。

「……優美ちゃん、何? その目は?」

 私がしんみりとした表情をしていたからか、正樹がいぶかしがる。

「いや、正樹ってアホの子みたいで可愛いなぁって」

 言った瞬間、慎也が横を向いて「ぶふぅっ!」と噴きだした。

「アホの子って……」

 正樹は「可愛い」と言われたからいいものの、呆れた顔で笑っている。

「いや、苦労してるのに明るく振る舞っていて偉いなって」

 そう言って私は、よしよしと正樹の頭を撫でる。

「褒めてくれるなら、ありがたく受け取っておこーっと」

 正樹はすぐに機嫌を良くして、私の手の甲にチュッとキスをした。

「ずっる……」

 兄の様子を見て、慎也が低く呟く。

「まぁまぁ、外なんだからやめたまえ」

 私は二人を宥め、話の続きをする。

「会社が大きいだけ、仕事も大変だと思う。だから護衛の皆さんが必要なのは分かる。邪魔とか思ってないのは理解してほしい」

「うん」

「結婚後に、護衛さんとかが同行する生活が当たり前になるなら、今から慣れておかないとなー、って思ったんだ」

「そっか」

 自分たちの〝当たり前〟が私にプレッシャーを与えていないか、二人は心配していたようだった。
 だから私が理解を示したので、二人は安堵していた。

「信頼できる、家族みたいな人が増えるって考えてくれたら、それでいいと思う」

 慎也に言われ、私はちょっと納得した。

「そっか。うん。そう考えるようにしておく」

「本当は、正樹には秘書が三人いるんだけど、三人とも俺たちの家の鍵を持ってるワケ」

「へぇ! そうなんだ!」

「まだ利佳と暮らしていた時、寝起きが悪くて秘書が迎えに来てた」

「マジ?」

 そんなに寝起き悪かったっけ? と正樹を見ると、彼は「あはっ」と嬉しそうに笑う。

「その『副社長なのに起きれなくて遅刻しかけたの?』って目、いいね!」

 ……いや、そこまで深読みしなくていい。

「り……」

「利佳さんは起こしてくれなかったの?」と聞きかけて、私はムグッと言葉を止める。

 彼女との事情は以前にたっぷり聞いたから、今さら蒸し返すもんじゃない。
 けれど正樹は、私の様子を見て察したようだった。

「利佳は新婚当初は目覚めのキスとか、めちゃ甘で起こそうと努力してくれてたよ。けど一か月も経ったら寝起きの悪さに呆れてたみたい。秘書が『起こしますか?』って聞いたから、『お願いします』って言ってそうなったかな」

 正樹は明後日の方向を見て、当時の事を思いだす。

「今、そんなに寝起きが悪いように思えないけど、何かあったの?」

 それは、心の底からの疑問だ。

「離婚して慎也と暮らすようになって、リラックスしたんだよね。僕、一人暮らしでも落ち着かなかったし、利佳と暮らしてもストレスだった。それから解放されて、慎也の美味い飯食って、スヤァ……と寝て、快眠。で、スッキリ目覚め……かな?」

「あはは……」

 本当に、利佳さんと合わなかったようだ。

 結婚生活後半の、お互いを責め合う感じはともかく、結婚したての利佳さんに責任はない。
 けれど人間、どうしても〝合う、合わない〟はある。
 それだけはどうしようもないよなぁ……と思ってしまう。

 文香がキャッキャとゾンビ映画をオススメしてきて、「これは怖いだけじゃなくて、深みがあるからいい!」「これはどんでん返しが凄いから!」と言ってきても、見たいと思えないのと同じ……かな?

 いや、ゾンビと同列にしたら失礼か。

「私、正樹とうまくマッチングできて良かった」

 そう言うと、彼は嬉しそうに笑ったけれど、ふと何かに気付いて一人納得する。

「僕、優美ちゃんの匂い好きなんだよね。ほら、使ってる香水も慎也と同じブランドでしょ? 匂いの系統が似てるっていうか」

「あー」

 確かに、匂いっていうのは好みを左右してしまう。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】その日、女の子になった私。〜異世界、性別転生物語〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:28

悪魔に祈るとき

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:18,269pt お気に入り:1,535

あまりものの神子

BL / 連載中 24h.ポイント:33,442pt お気に入り:1,712

君の愛に酔いしれて溺れる。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:21

時森家のメイドさん

BL / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:5

婚約者は第二王子のはずですが?!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:3,900

どうしょういむ

BL / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:392

【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:1,464

処理中です...