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イギリス 編

ロンドーン♪

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「あー、クーラー涼しい! 外あっついねぇ! 蒸す! シューマイになりそう!」

 玄関からリビングダイニングに入る間、私はでっかい独り言を言いながら歩く。

「ただいまー」

 そしてリビングダイニングのドアを開けて、「うっ!?」と動きを止めた。

「「おかえり!」」

 広々としたリビングダイニングの床に、でっかいスーツケースが三つ並んでいる。
 スーツケースを買った覚えはないけど、多分両側にあるブルーと黄緑のが二人ので、真ん中の赤いのが私……だろう。
 二人がやけにいい声で「おかえり」を言って、すでに私服なのを見て、もう嫌な予感しかしない。

「どっ……どったの?」

「出張がてら、観光に行くよ!」

「あっ! ……あ、……あ、え?」

 今日は金曜日で、二人から有給を使ってと言われていた。

 十月下旬の結婚式を前に、私は九月末で退職する事になっている。
 その前に有休消化をしておかないとな……とは思っていたんだけど。
 勤続六年以上は経っているので、一年辺りの有給は二十日ほどある。

 それでもって、有給の有効期限は二年。
 こないだちょっと使ってしまったとはいえ、基本的に私は元気に勤務していたので、ほぼほぼ四十日近く有給が残っている。
 という事で、八月の途中から有休消化を取って、九月末ラストに出勤して終わりにするつもりだった。

 それを、二人に「ちょっとズラして使ってくれる?」と言われたので、「まぁいいけど……」と、一週間近く申請したのだけれど。

「待て。旅行は聞いてない」

 二人に向かって掌を突き出したけれど、「まぁまぁ」とヒラヒラ手を振られる。

「っていうか、それって私の荷物?」

「「イエース!」」

 なんとも軽い返事を聞き、頭が痛くなる。

「っていうか、事前に言ってよもぉ……」

 ドサッとバッグを床に落としてしゃがみ込むと、正樹が「あはは!」と笑う。

「心の準備が必要なんですが?」

 まとめ髪の頭頂部を撫でて顔を上げると、こちらもケラケラ笑う慎也がしゃがむ。

「まぁまぁ。二十二時ぐらいまでには準備できるでしょ?」

「正樹さん、鬼ですねぇ!?」

 私は思わず敬語で突っ込む。

「私、シャワー浴びたいし、できるならゆっくり休みたいんだけど」

「十二時間ぐらい、飛行機の中でゆっくりできるから」

「は!?」

 慎也に言われ、私は素っ頓狂な声を出す。

「どこに行くおつもりか!?」

 驚きと動揺のあまり、言葉が迷子になっているが、どうでもいい。

「「ロンドーン♪」」

 声を合わせた二人を前に、私はがっっ…………くりと項垂れる。

「楽しそうだねぇ……」

「いや、僕は本当に出張だよ? あっちにある、うちのホテルの視察」

「いや……、それは分かるけど……。ろんどん」

 憧れの土地ではある。
 ある。けども。

「せめてアジアとかさぁ……。いや、出張か」

 いつまでも私がガッカリしてるので、さすがに二人もまともなテンションになって目の前に座る。

「急に決めてごめんって。サプライズにしたかったんだけど、会社帰りで疲れてるの無視してたよな。それはごめん」

「ごめんね? 優美ちゃん。明日誕生日だから、結婚前にプレ・ハネムーンって事でちょっと思い出作ろうかと思ってたんだけど……」

「あ!? 誕生日!?」

 言われてハッと顔を上げると、二人に突っ込まれた。

「「いや、忘れてたんかい」」

 そりゃあもう、関西の方も大喜びなタイミングで。

「忙しくしてたからすっかり忘れてた!」

 はぁ……、と溜め息をつく。

 そっか。誕生日、覚えてくれてたんだ。

 喜ばせようとしてくれてたなら、いつまでも「疲れた」とか言ってたら駄目だ。
 急すぎだけど、喜ぶ姿が見たいっていう気持ちはあったんだろうし。

「分かった。支度する。フライトは何時?」

 私が前向きになったからか、二人の表情がパァッと明るくなった。

「二十三時半ぐらいだから、一時間前には空港に着いてたいかな?」

 腕時計を見ると、時刻は十八時すぎで余裕だ。

「おっけ。まず超特急でシャワー浴びてくるね。スーツケースの中には、着替えとか入ってるの?」

「うん。下着もバッチリ。トイレの棚にあった生理用品もばっちり」

「…………アホ」

 恥ずかしいところに触れられ、私は溜め息交じりに突っ込む。
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