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利佳 編
ただの見栄なの
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「そのあと、再会したのは俺のほうが先だった。新入社員で〝岬慎也〟として出会ったけど、昔はお互い名前も知らなかった。……でも、どこで気付いた?」
「んー、……ちょっと、照れくさいんだけど」
私は溜め息をつき、両手を天井に向けると軽く組み、ひっくり返した。
「二人は格好いいまま、変わってないんだよね。E&Eフーズに慎也が入ってきた時、『あっ、あの時の男の子だ!』ってすぐ分かった。それにそれよりも前……、私、慎也に会ってたんだよね」
「それって……。年配の女性をおんぶした時の事?」
「そう! ……覚えてたんだ!?」
まさか覚えていたと思わず、私は目をまん丸にして彼を向く。
「えー? 二人って会社以前に接触あったの? 妬けるな」
正樹がぶーたれて、私を後ろから抱き締めてくる。
「俺、あの時に優美に価値観をいい意味でぶち壊されて、すっごい憧れを抱いたんだ。だから名刺をもらって、E&Eフーズに入ろうと思った」
慎也の言葉に、私はカーッと赤面する。
「……そう、思っててくれたんだ……。……嬉しい、な」
えへへ、と照れ笑いする私の顔を、慎也は真剣な顔で覗き込んでくる。
「それで、名乗りでてくれなかったのは『恥ずかしかったから』……か」
慎也が溜め息をつく。
「俺が優美を馬鹿にすると思ってた?」
彼は少しムッとした声で尋ねてくる。
「そうじゃない。私自身の問題。昔から変わりないどころか、もっと格好良くなった慎也を見て、さらに憧れた。だからこそ恥ずかしかったの」
「なら……」
慎也が何か言う前に、私は息をついて続きを話した。
「さっきも言った『良く見られたい』っていう気持ちが、悪いほうへ向かった結果だと思ってる。他の人には前向きな事を言ってるけど、昔太っていたって進んでは言わなかった。黙っていたほうが〝格好いい折原さん〟を貫けるからそうした」
少し理解したのか、後ろで正樹が息をつく。
「ただの見栄なの。もとからポジティブな筋肉女で、悩み知らずって周りに思っていてほしかった。過去を知られて、『大変だったね』って同情されるのは、昔の弱さを慰められるみたいでつらかった。『そんなに偉ぶっているのに、昔はデブだったんだ』ってバカにされるのを怖がってた。結局、私自身が過去に太っていた自分を恥じていて、バカにしていたの……っ」
慎也はゆっくり息を吐き、私の額に唇を押しつけた。
「それは優美の葛藤で、俺たちが無理に理解しようとしても完全には理解できないんだろうな。俺たちにも欠点や隠しておきたい気持ちはあるけど、他人にすべて分かってもらおうなんて思ってない。優美には打ち明けたけど、俺の傷は俺のものだ」
「うん……。ありがと」
譲歩してくれた慎也に、私はお礼を言う。
「二人にとっては『そんな事』かもしれない。でも私にとっては、とても恥ずかしい過去だった。五十嵐さんの前では強がって『太っていた過去を恥じていない』って言ったけど、コンプレックスは今でも心の奥にあるもの。だから今でも食事やトレーニングを病的なまでに気にしてる」
「文香さんは別?」
正樹が尋ねてくる。
「うん……。文香も高校までの友達も、痩せるまでの私を知ってる。私は〝社会人デビュー〟した感じなのかもしれない。それ以前の自分を黒歴史と思っていたというか」
自覚して気づいた。情けないなぁ……。
「二人に誇れる自分になれるように努力して、つらいダイエットも乗り越えたはずだった。強いメンタルも身につけたはずだった。それでも、街中で慎也と再会してしまった瞬間、ブワッと昔の恥ずかしい感覚が蘇ったの」
「……会わなかったほうが良かった?」
慎也が寂しげに尋ねてきたので、私は「ううん」と首を横に振る。
「会いたかった」
そう言うと、慎也が前から、正樹が後ろから私をギュッと抱き締める。
「……っ、十八歳の私にとって二人は王子様だった。白馬に乗った王子様が目の前に現れて、私に勇気を授けてくれた。……本当はずっと、二人に憧れ続けていたの。またいつか会えたら、痩せて綺麗になったら、片思いをするぐらい許されないかな、なんて思ってた」
私の目に、涙が滲む。
「でも、私なんかが釣り合うはずがないって思ってた。二人はお金持ちのお坊ちゃま風だったし、私よりずっと素敵な彼女がいるって思ってた。慎也と再会した時だって、凄く嬉しかったけど、痩せたとはいえ、自分なんかが相手になると思っていなかった。……だから、知らない人のふりをしたの」
二人が静かに息をつく。
「慎也が入社して『もしかして、まさか』って思った。でも私は期待する事を自分に許さなかった。初対面を貫き通して、営業部の王子様である慎也とは距離を取って、遠くから幸せを見守ろうって思ってた」
「……随分、健気だね?」
正樹が溜め息をつく。
「健気っていうより、傷つくのが怖かったの。痩せたから自分にもワンチャンあるかも、って思い上がった。でも騙せないし『思いだしてほしい』っていう気持ちもある。その結果、失恋するのが怖かった」
「んー、……ちょっと、照れくさいんだけど」
私は溜め息をつき、両手を天井に向けると軽く組み、ひっくり返した。
「二人は格好いいまま、変わってないんだよね。E&Eフーズに慎也が入ってきた時、『あっ、あの時の男の子だ!』ってすぐ分かった。それにそれよりも前……、私、慎也に会ってたんだよね」
「それって……。年配の女性をおんぶした時の事?」
「そう! ……覚えてたんだ!?」
まさか覚えていたと思わず、私は目をまん丸にして彼を向く。
「えー? 二人って会社以前に接触あったの? 妬けるな」
正樹がぶーたれて、私を後ろから抱き締めてくる。
「俺、あの時に優美に価値観をいい意味でぶち壊されて、すっごい憧れを抱いたんだ。だから名刺をもらって、E&Eフーズに入ろうと思った」
慎也の言葉に、私はカーッと赤面する。
「……そう、思っててくれたんだ……。……嬉しい、な」
えへへ、と照れ笑いする私の顔を、慎也は真剣な顔で覗き込んでくる。
「それで、名乗りでてくれなかったのは『恥ずかしかったから』……か」
慎也が溜め息をつく。
「俺が優美を馬鹿にすると思ってた?」
彼は少しムッとした声で尋ねてくる。
「そうじゃない。私自身の問題。昔から変わりないどころか、もっと格好良くなった慎也を見て、さらに憧れた。だからこそ恥ずかしかったの」
「なら……」
慎也が何か言う前に、私は息をついて続きを話した。
「さっきも言った『良く見られたい』っていう気持ちが、悪いほうへ向かった結果だと思ってる。他の人には前向きな事を言ってるけど、昔太っていたって進んでは言わなかった。黙っていたほうが〝格好いい折原さん〟を貫けるからそうした」
少し理解したのか、後ろで正樹が息をつく。
「ただの見栄なの。もとからポジティブな筋肉女で、悩み知らずって周りに思っていてほしかった。過去を知られて、『大変だったね』って同情されるのは、昔の弱さを慰められるみたいでつらかった。『そんなに偉ぶっているのに、昔はデブだったんだ』ってバカにされるのを怖がってた。結局、私自身が過去に太っていた自分を恥じていて、バカにしていたの……っ」
慎也はゆっくり息を吐き、私の額に唇を押しつけた。
「それは優美の葛藤で、俺たちが無理に理解しようとしても完全には理解できないんだろうな。俺たちにも欠点や隠しておきたい気持ちはあるけど、他人にすべて分かってもらおうなんて思ってない。優美には打ち明けたけど、俺の傷は俺のものだ」
「うん……。ありがと」
譲歩してくれた慎也に、私はお礼を言う。
「二人にとっては『そんな事』かもしれない。でも私にとっては、とても恥ずかしい過去だった。五十嵐さんの前では強がって『太っていた過去を恥じていない』って言ったけど、コンプレックスは今でも心の奥にあるもの。だから今でも食事やトレーニングを病的なまでに気にしてる」
「文香さんは別?」
正樹が尋ねてくる。
「うん……。文香も高校までの友達も、痩せるまでの私を知ってる。私は〝社会人デビュー〟した感じなのかもしれない。それ以前の自分を黒歴史と思っていたというか」
自覚して気づいた。情けないなぁ……。
「二人に誇れる自分になれるように努力して、つらいダイエットも乗り越えたはずだった。強いメンタルも身につけたはずだった。それでも、街中で慎也と再会してしまった瞬間、ブワッと昔の恥ずかしい感覚が蘇ったの」
「……会わなかったほうが良かった?」
慎也が寂しげに尋ねてきたので、私は「ううん」と首を横に振る。
「会いたかった」
そう言うと、慎也が前から、正樹が後ろから私をギュッと抱き締める。
「……っ、十八歳の私にとって二人は王子様だった。白馬に乗った王子様が目の前に現れて、私に勇気を授けてくれた。……本当はずっと、二人に憧れ続けていたの。またいつか会えたら、痩せて綺麗になったら、片思いをするぐらい許されないかな、なんて思ってた」
私の目に、涙が滲む。
「でも、私なんかが釣り合うはずがないって思ってた。二人はお金持ちのお坊ちゃま風だったし、私よりずっと素敵な彼女がいるって思ってた。慎也と再会した時だって、凄く嬉しかったけど、痩せたとはいえ、自分なんかが相手になると思っていなかった。……だから、知らない人のふりをしたの」
二人が静かに息をつく。
「慎也が入社して『もしかして、まさか』って思った。でも私は期待する事を自分に許さなかった。初対面を貫き通して、営業部の王子様である慎也とは距離を取って、遠くから幸せを見守ろうって思ってた」
「……随分、健気だね?」
正樹が溜め息をつく。
「健気っていうより、傷つくのが怖かったの。痩せたから自分にもワンチャンあるかも、って思い上がった。でも騙せないし『思いだしてほしい』っていう気持ちもある。その結果、失恋するのが怖かった」
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