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利佳 編

それって悪いの?

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 別れた恋人、離婚した夫婦が憎み合うようになるっていうのは、その典型かもしれない。

 円満に別れられた恋人、夫婦は、まだ相手を思いやる心の余裕があったんだろう。

 けれど正樹は利佳さんを大切に思っておらず、興味を持っていなかった。
 利佳さんは努力しても報われず、疲弊した挙げ句、憎んだ。

「離婚話を切りだされられた時、子供ができる前で良かったってお互い思った。あれだけ盛大に式を挙げた以上、世間体は悪いけど、この先ずっと僕と生きていく苦しみを考えれば、別れるって言われたね。その選択は正しいと思った。本来なら精神的苦痛の分、慰謝料を求めてもいいと言われた。でも最終的には、お互いノータッチで離婚の事を騒がないという条件で、静かに別れた」

 ハァ……、と正樹は溜め息をつく。

「怒濤の一年だったな。果たして、結婚してたって言えるのか分からない。ただ、あんな風に自分が〝誰かのもの〟になって、思うようにならないからって人格否定をされ続けるのなら、今後一生結婚はしなくていいって思った」

 彼の心に残された傷を思い、私は正樹をギュッと抱き締め、頬にキスをした。

「つらい事を思いだして、話してくれてありがとう。傷を見せてくれてありがとう」

「ううん。優美ちゃんは最初からとてもオープンだった。先日は隠してきたかっただろう過去も教えてくれた。だから僕も、いつまでも過去から目を背けていないで、君みたいに前を向けるようになりたいって思ったんだ」

 私はまた仰向けになり、左右にいる二人の手を握る。
 そのあと、静かに深呼吸をして口を開く。

「二人とも私を神聖視しすぎている気がする。確かに本音で話せる付き合いがしたいから、隠し事はしてない。……けど、二人が思ってるほど私は〝綺麗〟じゃないよ。だから、〝闇〟っていうか……話していい?」

「どうぞ?」

 慎也は逆に興味を引かれたという顔で続きを促す。

「昔と比べて自己肯定感爆上げ女になって、『よっしゃ幸せ!』みたいな、ヤバイ薬でもキマッったようなテンションに見えると思う。それを周りは『明るい』って言ってくれるけど、闇があるからこそ今の光があるっていうか……」

「いいんじゃない? なぁ?」

「うん」

 二人は同意を求め合う。

「五十嵐さんの時も、利佳さんの時も、『なんだ、私のほうがいい女で幸せだ』って思っちゃったの。相手を見下していた。……そういう、嫌な女だよ」

「それって悪いの?」

「え?」

 慎也に言われ、私は彼を見る。

「性格最悪な奴を前にした時、自分のほうがマシって思ってホッとするのって、俺もあるけど。営業先で嫌な奴に会っても、『俺のほうがいい暮らししてるし、顔もいいし、性格もいいしなー』って思って溜飲を下げてる。それの何が悪い?」

「で、でも……。相手をわざわざ下げないと、自分を認められないのは……」

「それってさ、表に出さなかったらOKでしょ」

 正樹が起き上がり、ベッドサイドに置いてある水を飲む。

「心の中でなら、誰をどう思おうが、嫌おうが、何ならグチャグチャな目に遭わせてもいいんだよ。それぐらできなきゃ、やってけない。心の底まで清らかである必要はないんだ。ただ、浜崎たちみたいに、誰かの前で悪口を言ったり、ネットに書き込んだり、社会的評判を落としたり、〝行動〟に移したらアウトだ。その時点で訴えられても仕方がない存在になる。でも、優美ちゃんはそういう事、自分の誇りが許さないでしょ? それでいいんだよ。心の中まで清らかに高潔でいなくていいよ」

 私はいつの間にか力の入っていた体に気づき、ゆっくり脱力する。

「優美ってさ、自分の闇をきちんと分かってる分、『こうなったら駄目だ』っていうセーブ機能が強いんだと思うよ。常に理想を追い求めている、気高い生き方だ。でもちょっと、融通が利かないのかな?」

「うん……」

 慎也に自覚している欠点を指摘され、頷く。
 肘枕をして横臥した慎也は、私のお腹をなんとはなしに撫でてくる。

「優美は今まで沢山頑張ったんだと思う。悪く言えば、だらけきっていた自分を恥だと思って、より良い自分になるために邁進してきた。その頑張りが仕事にも生きたから、あんなに営業成績も良かった。……ただ、全力でレールの上を走りすぎたのかな?」

 いきなり汽車に例えられ、私は「ん?」と慎也を見る。

「まっすぐすぎて、自分が正しいと思った道を突き進んで、時々『これで良かったのか?』って不安になるんだろ? 優美は優しいし面倒見がいいから、誰かを傷付けてこなかったか、いつも不安がって、心配しているように思える。割り切っているようでいて、どこまでも情け深い。だから、五十嵐みたいな女の事も、あそこまで気遣えるんだよ」

 慰めてくれる慎也に感謝しつつ、私はまた自分の欠点を見つける。

「多分あれ、自分が嫌われたくないからだと思う」

「ん?」

 正樹が手で私の髪を弄ぶ。

「私、見た目を気にした事もあって、人からどう見られるのかをすっごく気にしてる。表向き『外見なんて気にしない。合わないなら嫌われても仕方がない。人それぞれ』って言っておきながら、誰かに嫌われるのをとても恐れてる」

 ふと、『嫌われる勇気』という本のタイトルを思いだした。
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