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利佳 編
あんまり自分を責めなくていいからね?
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「どうしようもなかった事を、いつまでもほじくり返していても、利佳さんのためになりません。どんなに恵まれた人でも、過去と他人だけは変えられないんですもの。こだわって気にするだけ、利佳さんの貴重な時間が損なわれます」
彼女は頷き、「あなたの言う通りだわ」と言った。
「東京は、広いようでいて狭いです。きっと今後も顔を合わせる事があるかもしれません。ですが大切なのは、利佳さん自身のために距離を取る事です」
私はそこで、彼女を見つめてニコッと微笑む。
「今後、私たちが何をしていても、あなたにご迷惑をお掛けしません。私たちだって、自分の道を歩むのに精一杯です。誰かに利佳さんを悪く言うなど、決してないと断言します。そんな事をすれば、自分の人間性を周りに問われますしね」
私は笑顔で「あなたも私たちの悪口を言えば、周囲に人間性を問われる」と言葉の裏で訴える。
「そうね。それがお互いのためだと私も思うわ」
「これから利佳さんは、ご自分のキャリアと幸せのために、素晴らしいお仲間と一緒に過ごしていくでしょう。あなたのように美しく聡明な方なら、きっとすぐに良縁があります。今度こそあなたの理想の男性が見つかる事を、心よりお祈り申し上げます」
最後に、鍛え上げられた表情筋を総動員させ、嫌みのない上品な笑みを浮かべた。
トレーナーには、体の筋肉だけじゃなく、心の筋肉も鍛えて、笑顔を武器にできる人になれと言われた。
お陰様で、今では営業が天職だ。
利佳さんはふぅ、と息をつき、正樹を見た。
「あなたが選んだにしては、頭の回る女性ね。弁も立つし優秀だわ」
お。少し態度が軟化したかな?
「この人の言う通り、いがみ合ってもお互い損をするだけだわ。今後もどこかで見かけても、声を掛けないでね。私も完全無視するから」
「……分かってる」
私が喋りを担当している間、少し冷静になったのか正樹が頷く。
「じゃあ、さようなら。お幸せに。私も待ち合わせをしているの」
そう言って、利佳さんはスッとお店の中に入っていった。
残された私たちは、期せずして同じタイミングで溜め息をつく。
「……良かったー! 回避!」
私はパッと笑顔になり、両手で大きくマルを作った。
「優美ちゃんさー……」
正樹は呆れたような、見直したような表情で苦笑いしている。
「とりあえず、離れよう」
慎也が私の肩をポンと叩き、手を握って歩き始める。
「口を挟めなかった俺が言う事じゃないけど、今後はああやって頑張らなくていい。もとは正樹と久賀城家の問題だから」
慎也に言われ、私は尋ね返す。
「ん? 出しゃばったら駄目だった?」
「そうじゃない。とっさの機転は流石だったし、感謝してる。ただ、優美が矢面に立って傷付く事はないって言いたかったんだ」
商業ビルの中を歩き、低階層なので一階まで階段で下りていく。
「でもね、さっきは私が出るのが最善だったと思う。正樹なら果てしない言い合いになっていたと思うし、慎也にとって元義姉だから、強く言えなかったんじゃない? それに、関係が悪化したら家と家の間とか、仕事にも影響があったかも分からないし」
利佳さんの家が何をしているのかは分からないけれど、ただの家でないのは分かる。
「それはそうだけど……」
「兄夫婦の問題に、弟って口を出しづらいよね。そういうのは私も身内や友達からも聞いてるから、分かるつもりだよ。甥っ子姪っ子に口出ししたくても、よその家庭の事だし、余計な口を突っ込まないほうがお互いのためになる……とか」
身内の悩みは色んな人から聞いているので、自分が結婚していなくても、ある程度想像できる。
「……確かに、そうだけど」
慎也はあまり言い訳しないけど、当時は二人の諍いに、口を出したくても出せなかったフラストレーションがあるんだろう。
自分さえもっと利佳さんに強く言えれば、正樹は自殺を考えるまで追い込まれなかったと、何度も自分を責めただろう。
けれど慎也と正樹夫婦は、別の家に住んでいた。
慎也が決定的な現場に居合わせるなんて、不可能だったのだ。
「あんまり自分を責めなくていいからね?」
階段の残り一段をポンと飛んだ私は、五センチヒールで見事に着地してパッと両手を広げる。
思わず拍手をしてくれた二人を見上げ、笑いかけた。
「起こってしまった事は、もうしゃーないよ。一旦解決したなら、それでよしとしないと」
心の奥底で深く傷ついている二人は、私の言葉を聞き溜め息をつく。
「でも、優美ちゃんをバカにされたのは許せなかった」
一段、階段を下りて正樹が真剣な顔で言う。
彼女は頷き、「あなたの言う通りだわ」と言った。
「東京は、広いようでいて狭いです。きっと今後も顔を合わせる事があるかもしれません。ですが大切なのは、利佳さん自身のために距離を取る事です」
私はそこで、彼女を見つめてニコッと微笑む。
「今後、私たちが何をしていても、あなたにご迷惑をお掛けしません。私たちだって、自分の道を歩むのに精一杯です。誰かに利佳さんを悪く言うなど、決してないと断言します。そんな事をすれば、自分の人間性を周りに問われますしね」
私は笑顔で「あなたも私たちの悪口を言えば、周囲に人間性を問われる」と言葉の裏で訴える。
「そうね。それがお互いのためだと私も思うわ」
「これから利佳さんは、ご自分のキャリアと幸せのために、素晴らしいお仲間と一緒に過ごしていくでしょう。あなたのように美しく聡明な方なら、きっとすぐに良縁があります。今度こそあなたの理想の男性が見つかる事を、心よりお祈り申し上げます」
最後に、鍛え上げられた表情筋を総動員させ、嫌みのない上品な笑みを浮かべた。
トレーナーには、体の筋肉だけじゃなく、心の筋肉も鍛えて、笑顔を武器にできる人になれと言われた。
お陰様で、今では営業が天職だ。
利佳さんはふぅ、と息をつき、正樹を見た。
「あなたが選んだにしては、頭の回る女性ね。弁も立つし優秀だわ」
お。少し態度が軟化したかな?
「この人の言う通り、いがみ合ってもお互い損をするだけだわ。今後もどこかで見かけても、声を掛けないでね。私も完全無視するから」
「……分かってる」
私が喋りを担当している間、少し冷静になったのか正樹が頷く。
「じゃあ、さようなら。お幸せに。私も待ち合わせをしているの」
そう言って、利佳さんはスッとお店の中に入っていった。
残された私たちは、期せずして同じタイミングで溜め息をつく。
「……良かったー! 回避!」
私はパッと笑顔になり、両手で大きくマルを作った。
「優美ちゃんさー……」
正樹は呆れたような、見直したような表情で苦笑いしている。
「とりあえず、離れよう」
慎也が私の肩をポンと叩き、手を握って歩き始める。
「口を挟めなかった俺が言う事じゃないけど、今後はああやって頑張らなくていい。もとは正樹と久賀城家の問題だから」
慎也に言われ、私は尋ね返す。
「ん? 出しゃばったら駄目だった?」
「そうじゃない。とっさの機転は流石だったし、感謝してる。ただ、優美が矢面に立って傷付く事はないって言いたかったんだ」
商業ビルの中を歩き、低階層なので一階まで階段で下りていく。
「でもね、さっきは私が出るのが最善だったと思う。正樹なら果てしない言い合いになっていたと思うし、慎也にとって元義姉だから、強く言えなかったんじゃない? それに、関係が悪化したら家と家の間とか、仕事にも影響があったかも分からないし」
利佳さんの家が何をしているのかは分からないけれど、ただの家でないのは分かる。
「それはそうだけど……」
「兄夫婦の問題に、弟って口を出しづらいよね。そういうのは私も身内や友達からも聞いてるから、分かるつもりだよ。甥っ子姪っ子に口出ししたくても、よその家庭の事だし、余計な口を突っ込まないほうがお互いのためになる……とか」
身内の悩みは色んな人から聞いているので、自分が結婚していなくても、ある程度想像できる。
「……確かに、そうだけど」
慎也はあまり言い訳しないけど、当時は二人の諍いに、口を出したくても出せなかったフラストレーションがあるんだろう。
自分さえもっと利佳さんに強く言えれば、正樹は自殺を考えるまで追い込まれなかったと、何度も自分を責めただろう。
けれど慎也と正樹夫婦は、別の家に住んでいた。
慎也が決定的な現場に居合わせるなんて、不可能だったのだ。
「あんまり自分を責めなくていいからね?」
階段の残り一段をポンと飛んだ私は、五センチヒールで見事に着地してパッと両手を広げる。
思わず拍手をしてくれた二人を見上げ、笑いかけた。
「起こってしまった事は、もうしゃーないよ。一旦解決したなら、それでよしとしないと」
心の奥底で深く傷ついている二人は、私の言葉を聞き溜め息をつく。
「でも、優美ちゃんをバカにされたのは許せなかった」
一段、階段を下りて正樹が真剣な顔で言う。
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