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久賀城家挨拶 編

周りの人、五人の平均が自分

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『これからあなたは、もっと多くの人と出会っていくでしょう。ですがその全員に心を開かなくていいんです。あなたを大切にしてくれる人の言葉だけ、聞き入れればいいんです』

『……でも、それだと考え方が偏りません? このままだったら、私は太っているのが恥ずかしい事だって気づけなかったかもしれません』

『多少ふくよかでも、あなたほど若ければすぐ死亡リスクには結びつかないでしょう。健康は大切ですが、一番大切にすべきはあなたが満たされて幸せに暮らしていく事です。美味しい物を食べて幸せになれるのなら、それを無理に我慢する事はありません』

 その言葉を聞き、心の中にあった雲が晴れていく気がした。

 今まで闇雲に「痩せないと」と思って、絶食して失敗してリバウンドして……と繰り返していた。
 食べない生活は、まったく幸せではなくて、精神的にもずっと不調だった。

『加えて、痩せている事が正義だと誰が決めました? 現在ではプラスサイズのモデルや著名人も活躍しています。体が大きいから有名になれない、いじめられて当然。そんな考え方は古いんです。大切なのはあなたの心が健康で満たされ、〝自分なんか〟と卑屈に思わず、自分を愛せるようになる事です。逆に、スリムで美しいと言われる人でも、心が健康ではない人は大勢いるでしょう。痩せていれば悩み事がなくなり、幸せになれるなんてないんです』

 正樹の言葉を聞き、私はそれもそうだ……と納得する。

『人は心のある生き物です。厳しくされるより、褒められたほうがグングン成長します。それは論文などでも証明されている事実です。〝あなたのために厳しい事を言うけど〟とか、〝自分は辛口の人間だけど〟と言う人には近付かなくていいです。自分の口の悪さを言い訳しているに過ぎませんから』

 クラスの女子にそういう子がいると思いだし、どことなく微妙な気持ちになった。

 確かに言われた通り、怒鳴られて酷い言葉を掛けられて成績が伸びる……人もいるだろうけど、つらそうだしやだなと思う。

 体育の授業の長距離走を、一番後ろでゼエハア走っている私を、友達は精一杯応援してくれた。
 あの時に『太ってるからそんなに足が遅いんだ』『デブって言われて悔しいなら走れ』なんて言われていたら、私はとっくに心を折っていたと思う。

 スパルタ教育が人のためになるなんて言われたのは、ずっと昔。
 今は個人を尊重して、個性を伸ばしていく時代だ。

『褒められて伸びるタイプだと思うなら、自分を肯定してくれる人のみを側に置いておけばいいんです。イエスマンをという事ではなくて、時にはきちんと〝意見〟を言うとしても、あなたを傷つける目的ではなく、思いやりから意見できる人の事です。さっきあなたが会った人は辻斬りのようなものです。〝聞く価値なし〟です。彼らはその言葉になんの責任も持ちません』

 彼が言うように、褒めて肯定してくれる人の側にいたい。

 家族も友達も、『もしダイエットしたいなら、付き合うからね』と言ってくれている。
 私を否定せず、けれど心配はしてくれていた家族と友達こそ、本当に大切にすべき人なのだと再確認した。

 その時、慎也が口を開いた。

『俺は料理が好きだけど、食べるのが好きなら、ローカロリーでも満足できるレシピとかあるから、調べてみたら? お母さんに作ってもらえばいいじゃん。もし減量に興味があるなら、絶食するとかキャベツばっかり喰うとかじゃなくて、そういう解決方もあるよ。どうせ食べるなら、美味い物を食べたいだろ』

 言われて、そういう食事の世界があるのだと初めて知った。

『弟がこの間作ってくれたアイスクリームもどき、凍らせたバナナと豆乳をミキサーに掛けた物で、それにカカオニブを足しただけなんです。美味そうじゃないです? ヴィーガン向けのデザートらしいです』

 正樹に言われ、私は頷く。

『美味しそう……かも』

『探してみたら、意外と色んな道があるもんだよ。色んなダイエットがあるけど、楽しめる方法を模索していったら?』

『はい』

 慎也に微笑まれ、私は二人のお陰で随分明るい気持ちになれた。

『あと、マインドの持ち方についてだけど……』

 慎也が指を一本ピッと立てる。

『見た所、君は性格が良さそうだ。友達もいい人じゃない?』

 彼の言葉に、私は友達の顔を思い浮かべ『はい』と頷く。

『その友達を大切にするといいよ。〝周りの人、五人の平均が自分〟。これをしっかり覚えときな。周りに人の悪口を平然と言う人がいるなら、離れたほうがいい。君も人の悪口を言う奴の仲間だと思われる。クズはクズで群がるし、善人には善人のコミュニティが存在する。ここでポイントなのは、クズが善人を一方的に〝友達〟と思っていても、相手はそう思っていないってトコだ。世の中そういう風にできてるんだよ』

 私より年下に見えるのに、しっかりした事を言う慎也は、きっと当時すでに様々な事を体験していたのだろう。
 近い年齢の彼に言われたからこそ、その言葉は胸に響いた。

『人の悪口を言う奴って、目の前では友達ヅラしてても、他の場所では自分の悪口を言っているかもしれない。そう思われるから、まともな人は悪口を言う奴を信用しないんだよ。さっき君に酷い事を言った奴も、同じような扱いを受けてるよ。通りすがりの他人を悪く言えるなんて、相当だから』

 慎也の言葉に、私は深く納得する。

『私も、悪口とか文句とか言うのやめます』

 そう言うと、慎也は微笑んで緩く首を横に振った。
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