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久賀城家挨拶 編

きっかけ

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 ――変わりたい。

 常にそう思い続けていたけれど、本当に心の底から「変わるぞ!」と思ったきっかけがあった。





 それは私が十八歳、高校三年生になった秋の事だ。

 従姉が東京で結婚式を挙げるというので、親戚で東京に向かい、ついでにホテルに一泊する事になった。

 結婚式のために買ったワンピースは、もちろん大きいサイズだ。
 下着と同じで、服もサイズが大きいとあまり可愛い物はない。
 選択肢が少ないのは仕方のない事で、しかもお値段もするのだから、ある程度妥協しなければいけなかった。

 東京の星付きのホテルに宿泊する上に、ご祝儀も用意しなければいけない。
 両親が共働きで祖父母の年金があるとはいえ、贅沢は言っていられない。

 その時私が着たのは、祖母に可愛いからと言われたピンクのワンピースだった。
 ふんわりとしたAラインのシルエットで、袖はレースになっている、よくあるデザインだ。

 当日東京のホテルに着いて、式を挙げる前の従姉の所へ行って「綺麗だね、おめでとう」と挨拶をした。
 そのあと式が始まるまでブラブラしていたのだけれど……、従姉の結婚相手の親戚に心ない事を言われてしまった。

『すっごい膨張色』

 二十代の女性が呟き、その弟とおぼしき青年が笑う。

『太い脚、よく出せるな』

 それを聞いた途端、恥ずかしくて堪らなくなって、私は涙を零してその場から遁走した。

 私は環境に恵まれていて、家族にも友達にも、体型についてネガティブな事を言われる機会はなかった。
 ある意味、とても幸運だったのだと思う。
 もしくは知らない場所で、家族や友達が私を守ってくれていたのかもしれない。

 だからその言葉は、直接私の無防備な心に刺さった。

 ――せっかくお祖母ちゃんが選んでくれたのに。
 ――〝恥ずかしい〟格好なんだ。
 ――こんな格好で、結婚式になんて出られない!

 初めて訪れるホテルを訳の分からないまま走り、エレベーターに乗って部屋に戻ろうとしたけれど、ルームキーは親が持っている。

 どうしたらいいか分からなくて、恥ずかしくて、消えたくて、私は誰も来ないだろう非常階段にうずくまり、泣いていた。

『どうかしましたか?』

 俯いて泣く私の前で、男性が跪いた。

 顔を上げると、目の前にいたのは――、当時二十歳の正樹だ。

 あとから考えると彼は当時まだ大学生だったけれど、家族の都合で呼ばれたからなのか、スーツを着ていた。
 だから私は彼を〝知らない大人の男性〟と思った。

 ――そう、そのホテルは、久賀城ホールディングスが経営するホテルの一つだったのだ。

 彼の後ろには、やはりスーツを着た、当時十六歳の慎也もいた。

 顔のいい青年を見て、私はただただ、「恥ずかしい」という思いしか抱かなかった。

 太っているのに膨張色のワンピースを着ていて、みっともない。
 せっかくメイクをしたのに、マスカラもきっと落ちている。

『……っ、何でも、ないです……っ。放っておいて……っ』

『泣いているお客様を放っておけません』

 あの時の正樹はまだ久賀城ホールディングスで働いてはいなかったけれど、自分の進路を決めてもう家業に身を捧げる事は決めていたのだと思う。

 だから彼はそう言ったのだ。

『俺たちは君にとって〝通行人A〟で、多分今後会う可能性は低いと思う。通りすがりの存在だから、思ってる事を言うだけ言ってみたら?』

 高そうなスーツを着ているのに、慎也は床の上に胡座を掻いて座り、笑いかけてくる。

『僕もそう思います。話を聞くだけならできますから』

 そう言って、正樹も床に座った。
 彼らが心を開いてくれたからか、私も頑なになっていた心を少し緩める。

『……従姉の結婚式に来たんですが、……ワンピースが膨張色って言われて。急に太っている事が恥ずかしくなって……』

『そう言ってきたのは、ご親戚ですか?』

『ううん。……多分、相手方の親族』

 私の返事を聞き、正樹は息をつく。

『世の中、色んな人間がいます。結婚で遠い親戚になる相手でも、普段顔を合わせないなら他人も同義です。そんな人が、これからのあなたの生活に何か影響を及ぼしますか?』

 言われて考え、私は首を横に振る。

『傷つくような言葉を言う人は、あなたの人生に必要ですか? 今後も付き合いたいと思いますか?』

 その質問に対しても、私は『いいえ』と否定した。

『なら、彼らはあなたの人生に必要のない、ただの喋るゴミです。そんな者の言う言葉など、受け入れる必要はありません』

 綺麗な顔でニッコリと毒を吐かれ、私は一瞬言葉に詰まる。
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