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箱根クリスマス旅行 編

お兄ちゃんだし

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『俺の幸せを半分やるっていっただろ? 正樹だって、幸せな結婚生活や、家庭を持つ事を夢みていたはずだ』

『でも……』

『仕事から帰ったら優美にお帰りのキスをされて、家族団欒で食事して、子供の世話をして……。成長したら、家族旅行とか、憧れないのか? 親父とお袋に孫の顔を見せたくないか?』

 正樹が唇を引き結び、少し怒ったような顔になる。

『憧れるよ。…………こんな僕でも、人並みに幸せになりたい気持ちはある』

『だから、半分わけるよ』

 俺は正樹の背中をポンと叩いた。

『優美はきっと断らない。俺たちが二人だからって圧に負けるような人じゃないし、自分の意思で〝二人とも幸せにする〟と言ってくれると信じてる』

 正樹が何か言いたげに唇を開く。

『世間が、とか、今さら言うなよ? さんざん乱交しといて、優美にもああ言っておいて、今さら怖じ気づくなよ? 俺はもう覚悟を決めてるんだから』

 強めに言ったからか、正樹もハッとしたようだった。

『半分しか血は繋がってない。でも俺たちは兄弟だ。俺は正樹の苦悩を一番側で知っているからこそ、一番お前を理解してるつもりでいる。その気持ちを舐めるなよ』

 真顔でしばらく固まっていた正樹は、やがてフハッと笑った。

『バカだね、お前。そんでもっていい子だ』

 正樹は俺の頭をポンポンと撫でてくる。
 そうされて思いだすのは、子供の頃に俺がどれだけ困らせても、正樹は穏やかに笑って俺を褒めてくれた事だ。

 あの頃から、正樹は常に何かを我慢しながらも、懸命に家族を想っていた。
 孤独を抱えて身の置き場が分からず困り果てているのに、兄だからと自分に言い聞かせ、俺たち弟妹の面倒をみてくれていた。

『そこまで言うなら、遠慮しないよ?』

 正樹が諦めたように、そして嬉しそうに微笑む。

『遠慮してほしいなんて、一言も言ってない』

 俺は挑むように正樹を見て、――二人で破顔した。

『はー、ごめんね。異常者の兄で』

『いいや。俺もきっと普通じゃないし。ついでに優美も、素質持ちだよ』

『あっは! 違いない』

 俺たちはクスクス笑い、缶ビールで乾杯してグイッと一口飲む。

『家族になんて言う?』

『そりゃあ、素直に言うしかなくない?』

『マジか……』

 正樹は項垂れ、面倒臭そうに溜め息をつく。

『いや、でも。うすうすは気付いていると思う。正樹が病んでた時期も本当に心配してたし、あのあと見合いの話があっても興味ないって言い続けてたから、離婚してトラウマがあるって分かってるだろ』

『それで弟とシェア婚?』

『シェア婚って新しいな……』

 正樹の言葉に突っ込みを入れたあと、改めて考える。

『つーかさ、親父もお袋もそんな堅い人じゃないだろ』

『そう?』

『久賀城家は大企業の経営者一家にしては、かなり寛容なほうだと思ってる。下の二人はのびのび好きな事をやってるし、俺だってE&Eフーズに勤めるって言った時、強い反対をされなかった。もっと伝統や家柄に拘った家庭は、愛がなくても見合いさせて結婚させて、子供産ませてなんぼ……とかやるよ。うちがそうなら、俺だって今ごろ久賀城ホールディングスに勤めてたと思う』

『まぁ……、それはそうだな』

『もっと家族を信じてやれよ。今さらって思うかもだけど、少なくともうちの親は、頼られて理解を求められて、拒む人じゃない』

 言い切った俺を見て、正樹は微笑む。

『慎也がそう言うなら頑張ってみるよ。僕より慎也の方が家族に詳しいのは事実だし。これからも優美ちゃんとお前の側にいたいなら、僕自身が頑張らないとな。お兄ちゃんだし』

 お兄ちゃんだし。

 その言葉が、今まで正樹をどれだけ苦しめたか分からない。
 ある意味、呪いだっただろう。

 でも今、正樹が口にした言葉には、誇りが込められていた。

『俺も一緒に説得するよ』

 だから俺も、兄貴だけを前に立たせず横に立つ。
 今はもう、守られるだけの弟じゃなく、大人になったから。

『あとは優美に相談するか。きっと一番大変なのは優美だから』

『そうだね。……ほーんと、よくあんないい子見つかったよ。同じ会社で良かったな』

『だな』

 俺は笑ってビールを飲んだ。

 ――けど、正樹にも優美にも言っていない事が一つだけあった。

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