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箱根クリスマス旅行 編

慎也の気持ち

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 意識を浮上させると、暗い天井が目に入った。

 室内には間接照明がついているので、真っ暗ではない。
 私はベッドに寝かされていて、隣のベッドを見るともぬけの空だ。

 腰が怠いけれどゆっくり起き上がると、畳の上に敷かれた布団でどちらかが寝ていた。
 一旦お手洗いに行ってミニバーにある水を飲むと、テラスにあるソファセットに人陰を見つけた。

(……あれ? どっち? 寝る時間なのに……)

 寝ているほうを起こさないように足音を忍ばせて移動し、外に続くテラスの引き戸を開けると、慎也が月明かりに照らされているのが見えた。

「……どうしたの? 冷えるよ」

 小さく声を掛けると、彼が振り向いて微笑む。

「ん……。もう戻るよ」

 備え付けのサンダルを履いて彼に近付くと、髪も頬も冷え切っている。

「十二月なんだから、こういう事をしちゃ駄目。洗面所からバスタオルを持ってくるから、露天風呂に入って温まって」

「……じゃあ、一緒に入ってくれる?」

 いつもと少し様子の違う慎也に言われ、私は微笑んで頷いた。

「いいよ」

 慎也が立ち上がったのを確認し、私は洗面所に通じるドアを開け、中からバスタオルを二枚出す。
 普通のホテルだと、フェイスタオルにハンドタオル、バスタオルがそれぞれ一枚ついているだけだけれど、高級温泉旅館だからなのか、どのタオルも予備がたっぷり用意されてあるのでありがたい。
 露天風呂は常に掛け流しになっているので、いつ入っても温泉が楽しめる。

 私はクリップで簡単に髪を纏め、軽くかけ湯をしてからお湯に浸かった。
 慎也も私の隣に座り、二人でしばらく夜の日本庭園を眺める。

「……今日、正樹の本音を聞いて、色々考えてしまったんだ」

「ん……」

 正樹があれだけの闇を抱えているのなら、慎也だって相応のものを胸に抱いているのは推し量れる。
 お湯の中で、慎也が私の手を握ってきた。

「正樹がああなってしまったのは、俺にも責任があると思う」

「でも、慎也は歩み寄ろうとしてたんでしょ? 悪くないと思うけど」

 そう言うと、慎也は少し黙ったあとに溜め息をつき、言いにくそうに沈黙してから口を開く。

「……正樹の事は好きだ。……でも、一言じゃ済ませられない感情がある」

「うん。私で良かったら聞くよ?」

「ん」

 慎也は手でお湯を何とはなしに掻き混ぜ、遠くを見る。

「……正樹は母の事を、『分け隔てなく接してくれた』って言っていたけど、俺から見ると母はかなり正樹を気遣っていたと思う」

「うん。……まぁ、そうなのかもね」

 病死した前妻の子がいるのなら、再婚した奥さんがその子に気を遣うのは当たり前だ。
 聞く話、玲奈さんという慎也のお母さんは、ドラマとかで出てくる〝意地悪な継母〟ではなく、とてもいい人のようだ。

 幼い正樹だって急に〝新しいお母さん〟ができて戸惑っただろう。
 優しくしてくれても〝本当のお母さん〟ではなく、想像するしかないけど、どうしても違和感を覚えただろう。
 実母が亡くなった事を理解できているか分からない年齢で、しっかり悲しむ事もできなかったかもしれない。

 同性である私の単なる想像だけれど、慎也を身ごもった玲奈さんは、平等に正樹と自分の子を愛せるか苦悩したかもしれない。
 それでも旦那さんを愛したからこそ、正樹がいても結婚しようと思ったのだし、久賀城家の〝全員〟を愛して〝母親〟になろうと決意したのだと思う。

 でも出産後、生まれた慎也の世話にてんてこ舞いになって、正樹の相手を上手にできなかったとしても、彼女のせいじゃない。

「うちはシッターさんや家政婦さんも雇っていたから、母の負担は一般家庭の女性よりは軽かったと思う。でも正樹という〝前妻の子〟がいる環境は変わらない」

 チャプ……と水面を撫で、慎也は息をつく。

「覚えている限り、正樹はいつも寂しそうにしていた。家族団欒をしている時は皆に合わせて笑っているけれど、ふとした瞬間、一人で遠くを見て、何を考えているのか分からない兄貴だった」

 現場を見ていない私にも容易に想像できる図なのだから、本人たちはもっと正樹の孤独や心の壁を感じていたかもしれない。
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