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ハプバー~同居開始 編

つい、つけた

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「あの、今まで食事とか誘ってくれてた時、女性としての対応を求めていたんだったら、ごめんね。……正直、ちょっとそういうの避けてた。私から慎也を誘って居酒屋に行った事があったけど、あの時も色気のない会話をして終わった気がする」

 そう言うと、彼は軽やかに笑った。

「あっはは! アレね。いや、『あわよくば』で誘ったから、警戒されたのは無理ないと思う。……職場でもチラチラ好意を仄めかしてて、普通の女性なら敏感にキャッチしたと思う。でも優美は鉄壁の防御で全スルーしてくれたのは、いっそ清々しかった」

「ごっ……ごめん……」

 浜崎くんに酷く扱われて以来、「恋愛なんて」って自棄になっていた。
 だから慎也が発していたサインも、分かっていながら無視していたのは認める。

 居酒屋に行った時も、色気のない話をしながら、何を食べればローカロリーなのか必死に考えていた気がする。

「最初は正樹も含めて……なんて考えていなかった。純粋に〝俺が〟優美に惹かれて、付き合いたいと思っていた。それは信じてくれる?」

「……うん」

 私は二杯目のペンネを食べ終え、小皿をテーブルに置く。
 程よくお腹が満たされて、色々ありすぎたけれど今は落ち着いて話を聞ける気がした。

 さっきは寝起きだったし混乱してたし、ついでに空腹だった。
 人間、空腹や寝不足の時には冷静に考えられないものだ。

「……文香さん? 親友の」

「あぁ、うん」

「彼女に『どうしてハプバーにいたか』って聞かれて『言えません』って言ったのは、あの日、優美をつけてたからなんだ」

「…………あー……」

 慎也が白状したのを聞き、合点がいった。

「優美は浜崎さんと別れてから、開き直っていながら常に彼を気にしているように見えた。浜崎さんも部署内でわざとらしく他の女性社員を褒めて、優美を下げる発言を繰り返していた。俺と仲良くしている奴も『幾ら折原さんが成績優秀な元カノで、何をしても敵わないからって、悔し紛れとはいえ、あそこまでしなくても』って言ってた。逆にああいうみっともない事をすると、男としての株を下げるって気付いてないのかって、周りの奴らは皆思ってたね」

「……ん、ありがと」

 それを聞いて少し気持ちがスッキリした。

 いつもがさつで男並みに働いていて、ちっとも可愛げがないって言われていた。
 自覚があるからこそ、言い返せずにいたのは事実だった。
 でも浜崎くんの意見に反対する人がいたと分かっただけで、救われた気持ちになった。

「だから浜崎さんが一人だけ幸せそうにゴールイン宣言して、優美は大丈夫なのかな? ってとても心配になった。ずっと観察してたから、優美の僅かな態度の変化に気づけたんだと自負している。あの日、優美はいつも通りに仕事をこなしていたけど、笑顔がいつもより強張っていた。『何かやらかしそうだな』とは思ってた」

「……見透かされていたとは……。私も修行が足りないな」

 何の修行かは分からないけど。

「そこは惚れた強みって言ってくれよ」

 慎也が私の髪をサラサラと弄ぶ。
 リビングルームには、コナコーヒーの甘い香りが漂ってきていた。

「ストーカーって言われたらおしまいなんだけど、優美の住まいは分かってた。で、土曜日に優美のマンションの向かいにある喫茶店に、朝から入って張ってた。それで夜になって優美が動いたのを見て……。つい、つけた」

 つい、つけた。

 なかなかのパワーワードを聞いて、私は納得すべきか悩む。

「それで……、ハプバーで意図的に声を掛けた、と」

 納得しつつ頷くと、慎也が溜め息交じりに言う。

「優美が入ってった店を、店の前でネットで調べた時の俺の気持ちを教えてやりたい。まさかずっと片思いしてた女性が、ハプバーに行くとか……」

「……すんません……」

 確かにあの時、私は浜崎くんへの怒りで相当我を失っていた。

「はい、どーぞ」

 その時、正樹がテーブルにマグカップを置いた。

「優美ちゃん、ミルクに砂糖入れる派?」

「あ、いえ。ブラックで大丈夫です」

「OK」

 明るく返事をしたあと、正樹は向かいに腰掛けた。

 広々としたリビングダイニングは四十畳から五十畳ほどはありそうで、ホテルのスイートルームみたいだ。
 ……と言っても、スイートルームの内装なんて、ホテルのサイトでしか見た事がないんだけど。

 ソファはコの字型になっていて、その正面にあるでかい液晶テレビの両側には、スタンド型のステレオがある。
 部屋全体は落ち着いた色調で、クッションや照明、チェストの上にある置物や絵画一つ取っても、目玉が飛び出そうなぐらい高いんだろう。

 文香と和人くんのマンションは凄いけれど、ここも負けず劣らずだ。
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