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二〇四八年 九月
不思議な事が起きていた。
美弥がどんどんかつての葵に似てきているのだ。
もともと血縁があるので美弥が葵に似て不思議はないが、高校一年生の夏あたりからの美弥は、人が変わったかのようだった。
父の血を継いでスラリとしたモデル体型。
母、沙夜の血を継いだ漆黒の髪と、瑞々しい果実のような美しさ。
もともとの黒い瞳は優し気な丸みを帯びた目の形をしていたのに、今の美弥の目は目尻が少し釣って、猫の目のような印象になっていた。
それは――、葵の目によく似ている。
美弥の自慢の真っ直ぐな黒髪も、いつの間にか緩やかにうねって葵の髪のようになっていた。
「成長するとね、人は髪質だって変わるのよ」
沙夜はそう言って美弥の髪を優しく梳いてやっていたが、その目は何とも言えない感情を宿していた。
目の前にいるのは、自分の娘のはずなのにまるで『あの人』のようだ。
遠い昔、母の実来と一緒に自分たち姉妹の面倒をみてくれた、優しい『葵ちゃん』。
――葵ちゃん、あなたはこの子をどうしたいんですか?
沙夜は心の中でそう問い掛ける。
記憶の底にある、優しい笑顔と美しい音色を残していった、綺麗な綺麗な叔母さん。
時人さんを愛して、独りぼっちにしてしまった罪深い人。
沙夜は優しい時人が、どれだけ苦しんできたかを知っている。
時人が葵と出会ってから、今日までの三十六年間。
たった二ヶ月にも満たない時間を幸せに過ごして、その限られた時間から時人は思い出にすがって生きている。
いつも変わらない優しい微笑みの裏に、どこまでも深い悲しみが潜んでいるのを沙夜は知っている。
時人を絡め続けている三十六年間の糸。
時間が経てば細くなるかと思っていたそれは、更に太く強靭になって時人を拘束しようとしていた。
学生の頃は三十路になっても美青年のままの時人に、姉妹で取り合うようにして懐いていた記憶がある。
それでも時人は母の友人で、葵の恋人だ。
憧れながらもどこかもう一歩が踏み出せず、恋愛感情を持ったり持たなかったりしながら、一華と沙夜は大人になっていった。
母親の実来からも直接的には言われなかったが、時人は年齢が離れているからという事を理由に、やんわりと恋愛対象に入れてはいけないとも言われていた。
そんな時人に、沙夜は心から幸せになって欲しいと思う。
だが同時に沙夜を戸惑わせているのは、娘の変化だ。
高校を入学した当初は確かに自分によく似た外見だったのに、夏休みのあたりから美弥はどんどん葵に似てゆく。
その急激な外見の変化は、悪く言えば「葵が美弥に取りついた」ともいえる。
美弥は自分の事なので、第三者ほどには気付いていないかもしれないが、両親は違う。
同時に沙夜が心配するのは時人の事だった。
あれだけ繊細で傷付きやすい時人が、葵によく似た美弥を見て動じない訳がない。
友人として時人を心配する気持ちと、母親として美弥を心配する気持ちを抱えながらも、沙夜は運命を受け入れる覚悟をしていた。
自分にできるのは美弥を娘として大切に育て、時人を友人として精一杯支える事だけなのだから。
不思議な事が起きていた。
美弥がどんどんかつての葵に似てきているのだ。
もともと血縁があるので美弥が葵に似て不思議はないが、高校一年生の夏あたりからの美弥は、人が変わったかのようだった。
父の血を継いでスラリとしたモデル体型。
母、沙夜の血を継いだ漆黒の髪と、瑞々しい果実のような美しさ。
もともとの黒い瞳は優し気な丸みを帯びた目の形をしていたのに、今の美弥の目は目尻が少し釣って、猫の目のような印象になっていた。
それは――、葵の目によく似ている。
美弥の自慢の真っ直ぐな黒髪も、いつの間にか緩やかにうねって葵の髪のようになっていた。
「成長するとね、人は髪質だって変わるのよ」
沙夜はそう言って美弥の髪を優しく梳いてやっていたが、その目は何とも言えない感情を宿していた。
目の前にいるのは、自分の娘のはずなのにまるで『あの人』のようだ。
遠い昔、母の実来と一緒に自分たち姉妹の面倒をみてくれた、優しい『葵ちゃん』。
――葵ちゃん、あなたはこの子をどうしたいんですか?
沙夜は心の中でそう問い掛ける。
記憶の底にある、優しい笑顔と美しい音色を残していった、綺麗な綺麗な叔母さん。
時人さんを愛して、独りぼっちにしてしまった罪深い人。
沙夜は優しい時人が、どれだけ苦しんできたかを知っている。
時人が葵と出会ってから、今日までの三十六年間。
たった二ヶ月にも満たない時間を幸せに過ごして、その限られた時間から時人は思い出にすがって生きている。
いつも変わらない優しい微笑みの裏に、どこまでも深い悲しみが潜んでいるのを沙夜は知っている。
時人を絡め続けている三十六年間の糸。
時間が経てば細くなるかと思っていたそれは、更に太く強靭になって時人を拘束しようとしていた。
学生の頃は三十路になっても美青年のままの時人に、姉妹で取り合うようにして懐いていた記憶がある。
それでも時人は母の友人で、葵の恋人だ。
憧れながらもどこかもう一歩が踏み出せず、恋愛感情を持ったり持たなかったりしながら、一華と沙夜は大人になっていった。
母親の実来からも直接的には言われなかったが、時人は年齢が離れているからという事を理由に、やんわりと恋愛対象に入れてはいけないとも言われていた。
そんな時人に、沙夜は心から幸せになって欲しいと思う。
だが同時に沙夜を戸惑わせているのは、娘の変化だ。
高校を入学した当初は確かに自分によく似た外見だったのに、夏休みのあたりから美弥はどんどん葵に似てゆく。
その急激な外見の変化は、悪く言えば「葵が美弥に取りついた」ともいえる。
美弥は自分の事なので、第三者ほどには気付いていないかもしれないが、両親は違う。
同時に沙夜が心配するのは時人の事だった。
あれだけ繊細で傷付きやすい時人が、葵によく似た美弥を見て動じない訳がない。
友人として時人を心配する気持ちと、母親として美弥を心配する気持ちを抱えながらも、沙夜は運命を受け入れる覚悟をしていた。
自分にできるのは美弥を娘として大切に育て、時人を友人として精一杯支える事だけなのだから。
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