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序章
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夢の狭間にいるようなとろりとした意識の中、彼女は花の香りのする緩やかなゼリーの中にいた。
うっとりとするような心地よさの中、ゼリーの空間の向こうにいるのは、『彼女』。
「あなたは誰?」
そう問い掛けて、薄い膜を震わせるように同じ声がする。
あなたは誰?
ゼリーの中で黒髪をたゆたわせているのは、自分とまるで双子のような『彼女』。
きりりとした眉も、何かを思い詰めたような感じやすい大きな目も、鼻の高さも、唇の色も形も同じ。
誰? と問い掛けておいて、自分の心の奥底にある水鏡を覗き込めば、本当は分かるような気がしていた。
けれども、彼女に双子の姉妹はいない。
目の前の顔を見ているだけで、魂が震えて共鳴するような、こんな存在は知らない。
羊水のような心地よい空間の中、また彼女は『彼女』に問い掛ける。
あなたは誰?
その問いに「彼女」は先ほどのようにオウム返しに問い返す事はなく、その代わりそっと手を差し出してきた。
こちらに向けられる白い腕を見て、自然と彼女もその手に触れようと手を伸ばす。
「あっ――」
指先が合わさり、そこから『彼女』の想いが流れ込んでくる。
まるで津波のように物凄い勢いで彼女の中に侵入し、彼女のアイデンティティを根こそぎ奪い去っていくような、強烈な想い。
会いたい。
会いたい。
会いたい。
愛してる。
まるでそれは決して届かない月に焦がれる人魚姫の涙のようで、彼女の心を強烈に震わせては涙を煽ってくる。
誰かを愛しいと思う気持ちと、それが叶わず悲嘆にくれる哀歌が彼女の心を支配し、掻き乱す。
「いやっ……!」
咄嗟にその手を振り払おうとし、けれど「彼女」はその細腕に似合わない強い力で彼女を掴んできた。
ハッとなって『彼女』の顔を見れば、それまでの夢見る少女のようなふわりとした表情とは打って変わって、必死な表情で彼女に何かを伝えようとしていた。
お願い。
伝えて。
彼に伝えて。
「どうしたの? 誰に伝えたいの?」
その『想い』を受け止めて彼女は勿論混乱するが、自分と瓜二つの『彼女』の悲しみを何とかしなければ、自分が受け取るこの強烈な『想い』もどうにもならないだろうと思う。
まるで、この世でたった一人愛した人間と切り離されてしまったような喪失感を彼女から感じた。
こんな気持ちを抱えている『彼女』に哀れみを感じ、彼女は振り払おうとした『彼女』の手をしっかりと握ってやる。
「私が伝えてあげるから。泣き止んで。悲しまないで」
本当?
見つめてくる大きな目には、たっぷりとした涙が溜まっている。
自分そっくりだというのに、なぜだかその悲しそうな顔を見ると自分まで悲しくなってしまう。
「どうしたらいいか教えて」
私はもう彼と話せないの。
だから、あなたが伝えて。
私を――あなたの中に住まわせて。
「私の中に……住む?」
そう、こうやって私と話せているという事は、あなたと魂のかたちがぴったり合っているの。
だから――、私をこのままあなたの中にいさせて欲しいの。
「あなたは……私の中にいて、どうなるの?」
不思議と、その提案に対する嫌悪や拒否は生まれなかった。
自分と全く同じ外見だからか、氷が水に溶けていくように自然な事だと思ったのだ。
溶けていくの。
私はあなたに還っていくの。
あなたと同じ魂だから、とても自然に溶けていくの。
透明な悲しみに包まれた『彼女』は、その時だけ幸せそうに微笑んでみせた。
その笑顔を見て、彼女は心の中に温かな幸せを感じる。
もっと『彼女』の笑顔を見たい。
『彼女』に笑っていて欲しい。
そう思うと、『彼女』を受け入れよう、受け入れたいと思う。
「分かった。私の中にいていいから。……だから、泣き止んで」
彼女の返事を聞いて、『彼女』はうっとりするような美しい笑みを浮かべた。
本当?
どうもありがとう。
安堵した彼女の笑みは、まるで春の女神のような優しさと穏やかさ、美しさがある。
見ているこちらも思わず笑ってしまいたくなるような、懐かしくて心に響くような笑顔。
『彼女』の手が彼女の手を握り、その手に『彼女』の涙がポタリと滴った。
それはとても温かで、優しくて。
「あなたの想いを伝えたい『彼』に、二人で伝えましょう?」
『彼女』が嬉しそうに微笑む。
自分と瓜二つの彼女の手を取り、それは幸せそうに。
これで――あの人に伝えられる。
うっとりとするような心地よさの中、ゼリーの空間の向こうにいるのは、『彼女』。
「あなたは誰?」
そう問い掛けて、薄い膜を震わせるように同じ声がする。
あなたは誰?
ゼリーの中で黒髪をたゆたわせているのは、自分とまるで双子のような『彼女』。
きりりとした眉も、何かを思い詰めたような感じやすい大きな目も、鼻の高さも、唇の色も形も同じ。
誰? と問い掛けておいて、自分の心の奥底にある水鏡を覗き込めば、本当は分かるような気がしていた。
けれども、彼女に双子の姉妹はいない。
目の前の顔を見ているだけで、魂が震えて共鳴するような、こんな存在は知らない。
羊水のような心地よい空間の中、また彼女は『彼女』に問い掛ける。
あなたは誰?
その問いに「彼女」は先ほどのようにオウム返しに問い返す事はなく、その代わりそっと手を差し出してきた。
こちらに向けられる白い腕を見て、自然と彼女もその手に触れようと手を伸ばす。
「あっ――」
指先が合わさり、そこから『彼女』の想いが流れ込んでくる。
まるで津波のように物凄い勢いで彼女の中に侵入し、彼女のアイデンティティを根こそぎ奪い去っていくような、強烈な想い。
会いたい。
会いたい。
会いたい。
愛してる。
まるでそれは決して届かない月に焦がれる人魚姫の涙のようで、彼女の心を強烈に震わせては涙を煽ってくる。
誰かを愛しいと思う気持ちと、それが叶わず悲嘆にくれる哀歌が彼女の心を支配し、掻き乱す。
「いやっ……!」
咄嗟にその手を振り払おうとし、けれど「彼女」はその細腕に似合わない強い力で彼女を掴んできた。
ハッとなって『彼女』の顔を見れば、それまでの夢見る少女のようなふわりとした表情とは打って変わって、必死な表情で彼女に何かを伝えようとしていた。
お願い。
伝えて。
彼に伝えて。
「どうしたの? 誰に伝えたいの?」
その『想い』を受け止めて彼女は勿論混乱するが、自分と瓜二つの『彼女』の悲しみを何とかしなければ、自分が受け取るこの強烈な『想い』もどうにもならないだろうと思う。
まるで、この世でたった一人愛した人間と切り離されてしまったような喪失感を彼女から感じた。
こんな気持ちを抱えている『彼女』に哀れみを感じ、彼女は振り払おうとした『彼女』の手をしっかりと握ってやる。
「私が伝えてあげるから。泣き止んで。悲しまないで」
本当?
見つめてくる大きな目には、たっぷりとした涙が溜まっている。
自分そっくりだというのに、なぜだかその悲しそうな顔を見ると自分まで悲しくなってしまう。
「どうしたらいいか教えて」
私はもう彼と話せないの。
だから、あなたが伝えて。
私を――あなたの中に住まわせて。
「私の中に……住む?」
そう、こうやって私と話せているという事は、あなたと魂のかたちがぴったり合っているの。
だから――、私をこのままあなたの中にいさせて欲しいの。
「あなたは……私の中にいて、どうなるの?」
不思議と、その提案に対する嫌悪や拒否は生まれなかった。
自分と全く同じ外見だからか、氷が水に溶けていくように自然な事だと思ったのだ。
溶けていくの。
私はあなたに還っていくの。
あなたと同じ魂だから、とても自然に溶けていくの。
透明な悲しみに包まれた『彼女』は、その時だけ幸せそうに微笑んでみせた。
その笑顔を見て、彼女は心の中に温かな幸せを感じる。
もっと『彼女』の笑顔を見たい。
『彼女』に笑っていて欲しい。
そう思うと、『彼女』を受け入れよう、受け入れたいと思う。
「分かった。私の中にいていいから。……だから、泣き止んで」
彼女の返事を聞いて、『彼女』はうっとりするような美しい笑みを浮かべた。
本当?
どうもありがとう。
安堵した彼女の笑みは、まるで春の女神のような優しさと穏やかさ、美しさがある。
見ているこちらも思わず笑ってしまいたくなるような、懐かしくて心に響くような笑顔。
『彼女』の手が彼女の手を握り、その手に『彼女』の涙がポタリと滴った。
それはとても温かで、優しくて。
「あなたの想いを伝えたい『彼』に、二人で伝えましょう?」
『彼女』が嬉しそうに微笑む。
自分と瓜二つの彼女の手を取り、それは幸せそうに。
これで――あの人に伝えられる。
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