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第十六話・真実
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雅が目覚めたのは三日後だった。
腰を刺された雅は外科手術を受けて一命をとりとめ、医者から厳しく療養する様に言われていた。
シャリ……
ベッドの脇で宗一郎が林檎を剥く。
「おおきになぁ」
麗らかな日差しの中で髪を緩く三つ編みにした雅がにこにこと微笑む。
「滋養にいい物を沢山食べて血を作らないとね。君の体力が回復したら肉も沢山食べさせるよ」
「お魚の方がすき……」
「我侭言うんじゃない」
歯向かってくるというのではないが、いちいち自分の意見を言って来る雅を口ではたしなめ、その実その言い方が彼女らしいと宗一郎の口元は笑っていた。
「それにしても君も無茶な事をするね。女性なのに酷い跡が残ってしまった」
雅に目線を向けないまま、宗一郎が手元の林檎を見ながら呟く。
「私の大切な旦那様やもの。私の命の一つや二つ、軽いもんやえ」
「そういう言い方をするんじゃない。命は一つしかないんだから」
ピシャリと言われて雅はしゅんと項垂れてしまう。
「ごめんなさい」
「男の俺に傷が残るならまだしも、君の体に……ああ、糞」
難しそうな顔をして宗一郎がうなり、その顔を見て雅が嬉しそうに顔を微笑ませていた。
「なぁ、私のこと好き?」
いつもの質問がきた。
白い皿の上に等分された林檎が綺麗に並び、それに小さなフォークが添えられる。
「この状況でその質問をするかい? 君は卑怯だね。ここで俺が嫌いだと言ったら、まるで非人間じゃないか」
「なぁ、好き?」
宗一郎が呆れた様に溜息を吐いても、雅は黒い目をくりくりとさせて同じ質問をしてくる。
「ほら、林檎が剥けたよ」
「あーんして」
何処までも図々しい。
じろ、と雅を睨みつけても彼女はにこにことしたまま、嬉しそうに小さな口を開けて林檎を待ち構えている。
「怪我が治るまでの間、特別だよ」
一際大きな溜息を吐いて宗一郎が折れ、フォークに林檎を刺すと雅の口元まで持って言ってやる。
しゃくっ
「美味しいかい?」
「んぅ」
初夏の日差しになりつつある陽を浴びて、雅がにこにこと微笑みながら幸せそうに口を動かす。
それを宗一郎は毒気を抜かれた顔で見ていた。
「……そんな顔をして、こんな怪我までされたら憎めないじゃないか」
ごくん、と雅が口の中の林檎を飲み込む音が静かな部屋に聞こえる。
「……私がお兄様を死なせてもうた事?」
ぽつりと紡がれた言葉に、宗一郎はハッとなって雅の顔を凝視した。
静かな、静かな微笑みがそこにある。
「知ってたの。宗一郎がずっと昔に東京にいはるお兄様に会いに来てくれ、てお手紙をくれた方と同じ方やて」
「君は……知っていたのか」
声が震える。
「何故来てくれなかった! 兄は君をずっと思っていた! 姿を現してくれるだけで良かったんだ! そしたら兄はあんなにも寂しそうな顔で一人逝く事はなかったのに!」
宗一郎の心の中に押し込められていた重たい蓋が開いてしまう。
あの寒い二月。
顔も知らない少女相手に復讐を誓った。
「君の所為で俺は馬車に轢かれた! 兄の遺志を継いで軍人になろうと思っていたのに、轢かれた後遺症で背中の筋肉がいう事をきかず、兄の遺志は継ぐ事は出来なかった! 全部君の所為だ!」
雅が彼女の罪を自白し、それにカッとなった宗一郎が怒りを爆発させて、いつもの彼らしくなく混乱していた。
あの日、京都の街角で見かけた少女は白いレースのハンケチで手当てをしてくれた少女だった。
寂しくて、痛くて堪らなかった自分を癒してくれた初恋の人。
桜が舞い散る鴨川で優しく微笑んでくれた、黒髪の綺麗な美しい少女。
彼女を街角で見掛けて先日の礼を言おうとした時、彼女を追うのに夢中になって馬車に気付かなかった。
「あの時……君に礼が言いたかったんだ。このハンケチも綺麗にして返したかった」
そっと懐から取り出したのは、雅の血で汚れてしまったレースのハンケチ。白かったそれは、洗濯をしても元の白さを取り戻す事は出来なかった。
「それ……」
薄い赤に染まったハンケチは、雅が東京駅で涙を拭った物とはレースのデザイン等は違っていたものの、Mと刺繍をされたそれは明らかに彼女が手ずから施したものだ。
「……ある春の日に鴨川で泣いていた俺に、このハンケチで転んだ傷を手当してくれて、慰めてくれた人がいたんだ。それが俺の初恋の『Mの人』だ」
「それ……私のハンケチやね」
「ああ、君だ。君が俺の初恋の人だ」
二人の視線が交わる。
雅の表情は微妙だ。
宗一郎に初恋の人だと言われて喜んでいいのか、自らの罪を告白して憮然としているのか、宗一郎の憎しみを叩きつけられて悲しんでいるのか。
宗一郎の視線も揺れている。
相手は兄の仇、兄が恋をして自分も知らずと恋をした女性、そして自分の妻。
「君が憎い。君は俺の兄を死なせた人で、俺の初恋の人で、俺の夢を断った人で、俺の妻だ。君のお父上を路上で助けた時に、写真を見て思ったよ。これは天の啓示だと。天が俺に復讐をしろと言っているんだと」
「……それで、私を妻にしたん?」
雅の黒い大きな目が悲しみに彩られている。だが、いつもの様にすぐ泣こうとはしなかった。事実を受け入れ、それを飲み込もうとしている。
「兄は君を妻にしたいと思っていた。軍人になる事が出来なかったのなら、それだけでも叶えようと思って、写真に一目惚れをしたと言って両親を説得して君を迎え入れた。幸いに君は子爵家の人間だし、両親も渋々受け入れてくれたよ」
ぐっと血で汚れたハンカチを握り締め、血を吐く様な声で宗一郎が吐き捨てる。
「俺は君に復讐を誓った。全ての憎しみを君にぶつけて、一生惨めな思いをさせながら性奴隷の様にして飼い殺ししてやると決めたんだ」
開けられた窓から吹き込む風に、繊細なレースのカーテンが、殺伐とした部屋には似つかない優雅な動きでふわりとそよぐ。
「だから……こんな事をしないでくれ。俺が君に復讐する気持ちはあっても、君に怪我をして欲しいとは思っていない」
最後に苦しそうな吐息をつくと、宗一郎は力なく目線を伏せる。
「宗……あっ、……いたぁ」
起き上がろうとした雅が脇を押さえて顔を顰め、慌てて宗一郎が立ち上がり雅の顔を覗き込む。
「大丈夫かい? そのままでいいから。全く何をやってるんだ君は」
「おおきに。……やっぱり優しいんやね。嬉しい」
「だから言っているだろう、君の事を憎んでいると」
苦虫を噛み潰した様な表情をしている宗一郎の着物の袂をきゅっと引き、雅が下から宗一郎を見上げる。
「一つだけ……申し開きをしてもええ?」
「申し開き? 今更何を……。今更ついでだから何でも言ってご覧。俺の気持ちは変わらない」
小さくベッドを軋ませて宗一郎がベッドマットに腰掛けると、言葉とは裏腹に雅のほっそりとした手を握ってやる。
雅はそんな夫の態度に嬉しそうに口元を綻ばせてから言葉を紡ぎ始めた。
「……ほんまは連絡を頂いた時、東京に行きたいとは思ってたんよ。けど、病気を抱えた妹がいて、どうしても京都を離れられんかったんよ」
宗一郎の目が軽く瞠られる。
そんな事は初耳だ。
「妹さんは今どうしてるんだい?」
「……二月の終わりの寒さが厳しい時に、結核を拗らせてもうて」
穏やかな声がシンとした室内に落ちて、宗一郎の心にもコトリと小さな音を立てて落ちる。
兄と同じではないか。
「うつらん様に、て一人で座敷に寝かされててな。障子越しにお話をしてやるのが私の日課やったの。今日は寒かったとか、学校でこないな事を習ったえ、とか」
雅の手を握っていた宗一郎の手に力が入らなくなり、その顔も俯いてしまう。
それならば東京に来られなくても仕方がない。けれど、それを認めてしまえば今の自分を突き動かしている根底が崩されてしまう。
「私はぜぇんぶ知っててこのお家にお嫁に来たの。お兄様の事はこの縁談が来た時に親から聞かされて、昔にお声の掛かった東京の侯爵家の事やて分かって、お父様とお母様からは絶対にお嫁に行きなさいて言われた。それが大御門家が出来る精一杯の贖罪やから、て。それは私も同じ気持ちで、私が犯した罪の為ならどうなってもええと思うてた。宗一郎を好きになるんが私の義務やと思うてたし、何をされても絶対に文句は言わへんて決めてた」
「けど」
きゅ、と宗一郎の手を雅の小さな手が逆にしっかりと握る。
「お手紙を通じてこの方はええ人やなぁ、て思うたの。きっと素敵な方で、きっと好きになれるて。そしてほんまに宗一郎はちょっと意地悪やけど、優しくて素敵な旦那様や。意地悪やけど、私を愛してくれて大切にしてくれはる。やから、ほんまに心の底から好きになったんよ」
「君は……馬鹿か」
復讐しようと思って泣かせたのに。
わざと酷い事をしたのに。
「いややなぁ、アホて言うて?」
雅の声が酷く優しくて、宗一郎の目にじわりと涙が浮かんでいた。
「馬鹿だ」
優しい手が頬を撫でて、頭を撫でる。
あの春の鴨川の時の様に。
やめてくれ。
憎しみが溶けてしまう。
「なぁ……私、宗一郎が大好きやの」
優しい声が耳をくすぐって心を揺さ振る。
暫く黙った後に宗一郎が大きな溜息をついて、優しい手を握り直し指先に口付けた。
「参ったよ……君を堕とそうと思って、逆に落とされた」
後にも先にも、きっとこんなに自分を思ってくれる女性は現れない。
その気持ちの根底が贖罪にあったとしても、今は紛れもない愛情で彼を愛しているのだから。
彼の心に永遠に降り続けるかと思った二月の雪は、いつの間にかやんでいた。
腰を刺された雅は外科手術を受けて一命をとりとめ、医者から厳しく療養する様に言われていた。
シャリ……
ベッドの脇で宗一郎が林檎を剥く。
「おおきになぁ」
麗らかな日差しの中で髪を緩く三つ編みにした雅がにこにこと微笑む。
「滋養にいい物を沢山食べて血を作らないとね。君の体力が回復したら肉も沢山食べさせるよ」
「お魚の方がすき……」
「我侭言うんじゃない」
歯向かってくるというのではないが、いちいち自分の意見を言って来る雅を口ではたしなめ、その実その言い方が彼女らしいと宗一郎の口元は笑っていた。
「それにしても君も無茶な事をするね。女性なのに酷い跡が残ってしまった」
雅に目線を向けないまま、宗一郎が手元の林檎を見ながら呟く。
「私の大切な旦那様やもの。私の命の一つや二つ、軽いもんやえ」
「そういう言い方をするんじゃない。命は一つしかないんだから」
ピシャリと言われて雅はしゅんと項垂れてしまう。
「ごめんなさい」
「男の俺に傷が残るならまだしも、君の体に……ああ、糞」
難しそうな顔をして宗一郎がうなり、その顔を見て雅が嬉しそうに顔を微笑ませていた。
「なぁ、私のこと好き?」
いつもの質問がきた。
白い皿の上に等分された林檎が綺麗に並び、それに小さなフォークが添えられる。
「この状況でその質問をするかい? 君は卑怯だね。ここで俺が嫌いだと言ったら、まるで非人間じゃないか」
「なぁ、好き?」
宗一郎が呆れた様に溜息を吐いても、雅は黒い目をくりくりとさせて同じ質問をしてくる。
「ほら、林檎が剥けたよ」
「あーんして」
何処までも図々しい。
じろ、と雅を睨みつけても彼女はにこにことしたまま、嬉しそうに小さな口を開けて林檎を待ち構えている。
「怪我が治るまでの間、特別だよ」
一際大きな溜息を吐いて宗一郎が折れ、フォークに林檎を刺すと雅の口元まで持って言ってやる。
しゃくっ
「美味しいかい?」
「んぅ」
初夏の日差しになりつつある陽を浴びて、雅がにこにこと微笑みながら幸せそうに口を動かす。
それを宗一郎は毒気を抜かれた顔で見ていた。
「……そんな顔をして、こんな怪我までされたら憎めないじゃないか」
ごくん、と雅が口の中の林檎を飲み込む音が静かな部屋に聞こえる。
「……私がお兄様を死なせてもうた事?」
ぽつりと紡がれた言葉に、宗一郎はハッとなって雅の顔を凝視した。
静かな、静かな微笑みがそこにある。
「知ってたの。宗一郎がずっと昔に東京にいはるお兄様に会いに来てくれ、てお手紙をくれた方と同じ方やて」
「君は……知っていたのか」
声が震える。
「何故来てくれなかった! 兄は君をずっと思っていた! 姿を現してくれるだけで良かったんだ! そしたら兄はあんなにも寂しそうな顔で一人逝く事はなかったのに!」
宗一郎の心の中に押し込められていた重たい蓋が開いてしまう。
あの寒い二月。
顔も知らない少女相手に復讐を誓った。
「君の所為で俺は馬車に轢かれた! 兄の遺志を継いで軍人になろうと思っていたのに、轢かれた後遺症で背中の筋肉がいう事をきかず、兄の遺志は継ぐ事は出来なかった! 全部君の所為だ!」
雅が彼女の罪を自白し、それにカッとなった宗一郎が怒りを爆発させて、いつもの彼らしくなく混乱していた。
あの日、京都の街角で見かけた少女は白いレースのハンケチで手当てをしてくれた少女だった。
寂しくて、痛くて堪らなかった自分を癒してくれた初恋の人。
桜が舞い散る鴨川で優しく微笑んでくれた、黒髪の綺麗な美しい少女。
彼女を街角で見掛けて先日の礼を言おうとした時、彼女を追うのに夢中になって馬車に気付かなかった。
「あの時……君に礼が言いたかったんだ。このハンケチも綺麗にして返したかった」
そっと懐から取り出したのは、雅の血で汚れてしまったレースのハンケチ。白かったそれは、洗濯をしても元の白さを取り戻す事は出来なかった。
「それ……」
薄い赤に染まったハンケチは、雅が東京駅で涙を拭った物とはレースのデザイン等は違っていたものの、Mと刺繍をされたそれは明らかに彼女が手ずから施したものだ。
「……ある春の日に鴨川で泣いていた俺に、このハンケチで転んだ傷を手当してくれて、慰めてくれた人がいたんだ。それが俺の初恋の『Mの人』だ」
「それ……私のハンケチやね」
「ああ、君だ。君が俺の初恋の人だ」
二人の視線が交わる。
雅の表情は微妙だ。
宗一郎に初恋の人だと言われて喜んでいいのか、自らの罪を告白して憮然としているのか、宗一郎の憎しみを叩きつけられて悲しんでいるのか。
宗一郎の視線も揺れている。
相手は兄の仇、兄が恋をして自分も知らずと恋をした女性、そして自分の妻。
「君が憎い。君は俺の兄を死なせた人で、俺の初恋の人で、俺の夢を断った人で、俺の妻だ。君のお父上を路上で助けた時に、写真を見て思ったよ。これは天の啓示だと。天が俺に復讐をしろと言っているんだと」
「……それで、私を妻にしたん?」
雅の黒い大きな目が悲しみに彩られている。だが、いつもの様にすぐ泣こうとはしなかった。事実を受け入れ、それを飲み込もうとしている。
「兄は君を妻にしたいと思っていた。軍人になる事が出来なかったのなら、それだけでも叶えようと思って、写真に一目惚れをしたと言って両親を説得して君を迎え入れた。幸いに君は子爵家の人間だし、両親も渋々受け入れてくれたよ」
ぐっと血で汚れたハンカチを握り締め、血を吐く様な声で宗一郎が吐き捨てる。
「俺は君に復讐を誓った。全ての憎しみを君にぶつけて、一生惨めな思いをさせながら性奴隷の様にして飼い殺ししてやると決めたんだ」
開けられた窓から吹き込む風に、繊細なレースのカーテンが、殺伐とした部屋には似つかない優雅な動きでふわりとそよぐ。
「だから……こんな事をしないでくれ。俺が君に復讐する気持ちはあっても、君に怪我をして欲しいとは思っていない」
最後に苦しそうな吐息をつくと、宗一郎は力なく目線を伏せる。
「宗……あっ、……いたぁ」
起き上がろうとした雅が脇を押さえて顔を顰め、慌てて宗一郎が立ち上がり雅の顔を覗き込む。
「大丈夫かい? そのままでいいから。全く何をやってるんだ君は」
「おおきに。……やっぱり優しいんやね。嬉しい」
「だから言っているだろう、君の事を憎んでいると」
苦虫を噛み潰した様な表情をしている宗一郎の着物の袂をきゅっと引き、雅が下から宗一郎を見上げる。
「一つだけ……申し開きをしてもええ?」
「申し開き? 今更何を……。今更ついでだから何でも言ってご覧。俺の気持ちは変わらない」
小さくベッドを軋ませて宗一郎がベッドマットに腰掛けると、言葉とは裏腹に雅のほっそりとした手を握ってやる。
雅はそんな夫の態度に嬉しそうに口元を綻ばせてから言葉を紡ぎ始めた。
「……ほんまは連絡を頂いた時、東京に行きたいとは思ってたんよ。けど、病気を抱えた妹がいて、どうしても京都を離れられんかったんよ」
宗一郎の目が軽く瞠られる。
そんな事は初耳だ。
「妹さんは今どうしてるんだい?」
「……二月の終わりの寒さが厳しい時に、結核を拗らせてもうて」
穏やかな声がシンとした室内に落ちて、宗一郎の心にもコトリと小さな音を立てて落ちる。
兄と同じではないか。
「うつらん様に、て一人で座敷に寝かされててな。障子越しにお話をしてやるのが私の日課やったの。今日は寒かったとか、学校でこないな事を習ったえ、とか」
雅の手を握っていた宗一郎の手に力が入らなくなり、その顔も俯いてしまう。
それならば東京に来られなくても仕方がない。けれど、それを認めてしまえば今の自分を突き動かしている根底が崩されてしまう。
「私はぜぇんぶ知っててこのお家にお嫁に来たの。お兄様の事はこの縁談が来た時に親から聞かされて、昔にお声の掛かった東京の侯爵家の事やて分かって、お父様とお母様からは絶対にお嫁に行きなさいて言われた。それが大御門家が出来る精一杯の贖罪やから、て。それは私も同じ気持ちで、私が犯した罪の為ならどうなってもええと思うてた。宗一郎を好きになるんが私の義務やと思うてたし、何をされても絶対に文句は言わへんて決めてた」
「けど」
きゅ、と宗一郎の手を雅の小さな手が逆にしっかりと握る。
「お手紙を通じてこの方はええ人やなぁ、て思うたの。きっと素敵な方で、きっと好きになれるて。そしてほんまに宗一郎はちょっと意地悪やけど、優しくて素敵な旦那様や。意地悪やけど、私を愛してくれて大切にしてくれはる。やから、ほんまに心の底から好きになったんよ」
「君は……馬鹿か」
復讐しようと思って泣かせたのに。
わざと酷い事をしたのに。
「いややなぁ、アホて言うて?」
雅の声が酷く優しくて、宗一郎の目にじわりと涙が浮かんでいた。
「馬鹿だ」
優しい手が頬を撫でて、頭を撫でる。
あの春の鴨川の時の様に。
やめてくれ。
憎しみが溶けてしまう。
「なぁ……私、宗一郎が大好きやの」
優しい声が耳をくすぐって心を揺さ振る。
暫く黙った後に宗一郎が大きな溜息をついて、優しい手を握り直し指先に口付けた。
「参ったよ……君を堕とそうと思って、逆に落とされた」
後にも先にも、きっとこんなに自分を思ってくれる女性は現れない。
その気持ちの根底が贖罪にあったとしても、今は紛れもない愛情で彼を愛しているのだから。
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