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第十三話・消毒①
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「ん……」
ぼんやりと目を開けてまず目に入ったのは、天井。視線を動かすと何処か遠くを見ている宗一郎の顔があった。
「気がついたかい?」
「……私……」
酷く倦怠感のある体をゆっくりと起こすと、浴衣を着付けられていて、どうやら和室に寝かされていたらしい。
「体は臭くなるから拭かせておいたよ」
その言葉に一気に地獄絵図を思い出し、雅は片手で口を押さえる。
「わたし……、わたっ」
じわっと涙が滲んで視界が霞む。
「泣くんじゃない」
布団の横に胡坐を掻いている宗一郎は、遠く庭の方を見詰めていた。
「なんでっ……あんな、ひどい、こと、しはるのっ?」
はんなりとした声が涙で歪んでしまう。
この屋敷にやってきて目まぐるしくそれまでの生活や道徳観念を打ち払う様な事があったが、幾らなんでも使用人に犯させるなんて酷すぎる。
「うっ……、……っ、ぅ」
両手で顔を押さえて雅が泣き始め、静かな和室に宗一郎の溜息が落ちた。
「お仕置きと言った筈だ」
「……っ、けどっ」
「君が他の男に誘惑されない限り、もうしない」
「……っほんっ、ま?」
「ああ」
敷布団の上に垂れている長い髪を宗一郎が指に巻きつけると、ぐすっと鼻を啜りながら雅が両手で目をこすり、「約束やえ?」と泣いて赤くなった顔で微笑んでみせた。
その笑顔を見て胸が乱れる。
どうしてそんな風に笑えるのか。
酷い事をされて、酷い事を言われて、本来なら泣いて出て行くか離縁したいと言い出しても仕方がない状況なのに。
「君は……」
どうしてそこまで自分を好いているのかを訊ねようとして、口を噤んだ。
そんな事を聞いたって何にもならない。自分はこの女性に復讐をするのだから。嫌いなのだから。
「なぁに?」
頬に残った涙の跡を指先で拭う雅が柔らかく訊ねると、宗一郎は誤魔化す様に一つ息を吐き、言葉を変えた。
「君は馬鹿かい? 妻が他の男を見ないのは当たり前の事だ。そんな約束でそんな風に嬉しそうに笑うなんて馬鹿だ」
「そやからアホって言うてぇな」
雅が唇を尖らせていじける。
暫く沈黙があり、その間も宗一郎は雅の毛先をくるくると指先に巻き付けて弄る。
その沈黙を破ったのは雅だった。
「なぁ、私の事好き?」
「嫌いだよ」
またいつもの質問がきた。
懲りない雅の質問に呆れて溜息を吐くと、雅が嬉しそうに笑う。
「なんだ、嫌いだって言われて喜んでいるの? 気持ち悪い」
「ううん、大嫌いから嫌いになったなぁ、て思うて」
彼の言葉の揚げ足を取る様な言い方とその嬉しそうな笑顔に心が乱れる。
「本当に君は馬鹿だ」
「うーん……関東のお方にはアホって馴染み難いんやろか?」
「つくづく君はおめでたい頭をしているね」
「そういう風にしてくれたんは、宗一郎やもん」
言っている事の意味が分からないが、これ以上雅と会話をしていても、起き上がり小法師をつついている様なものだ。
「風呂に入っておいで。隅々まで綺麗に洗ってくる様に。昼食の後は俺が一人でちゃんと可愛がってあげるから」
雅の毛先を指に絡めたままの宗一郎の手が彼女の頬に伸び、手の甲でそっとふっくらとした頬を撫でる。
その手つきと琥珀色の目が妖艶に笑うのを見て、雅の背筋にぞくっと快楽の予感がはしった。
「なぁ、一緒にはいろ?」
「嫌だよ」
「おねがい」
「しつこい」
にべもなく断られ、雅は口をへの字にすると眉を寄せる。
「あぁ……そんなにすぐ泣こうとするんじゃない」
「宗一郎が冷たい」
「俺は元々君の事が嫌いだと言っている筈だ」
「そやけどこのお家のお風呂大きいし、宗一郎も一緒に入ったらきっと気持ちええし、傷跡の事なら知ってもうたのならもうええやないの。私は気にしぃひんえ?」
雅も大概食い下がる。
「……特別だよ」
とうとう宗一郎が折れて立ち上がり、雅は喜んで夫の腕にぶら下がって一緒に風呂場へ向かったのだった。
「んっ……、ん」
体を洗う時、雅は顔をしかめて懸命に尻や陰部、太腿をこすっていた。
「みや、いけない。そんなにこすったら肌が傷んでしまう」
「……はい」
注意をされてしまうものの、その言葉が自分を気遣っての事だと知り、つい雅の顔がにまにましてしまう。
転んでもただでは起きないというか、あれだけ酷い目に遭わされておいて夫の優しい言葉ですぐに立ち直る辺り、雅の性格が大味で前向きである事が窺われる。
ふと、雅の頭にある事が思いついて動きがとまる。
「どうしたんだい?」
先に浴槽に浸かっている宗一郎がそれに気付くと、雅が何か言いたそうに口を開いてからみるみるその顔が赤くなり、「なんでもない」とほにゃりと微笑んでみせる。
「なぁ、お背中流したらあかん?」
浴槽の中で壁にもたれてこちらを見ている宗一郎に問うと、大きな溜息の後に返事がかえってくる。
「今更隠しても仕方がないと言えばないものだしね、別にいいよ」
そう言って立ち上がる夫を見て雅が顔を輝かせ、手ぬぐいに新しく石鹸をこすりつけてごしごしと泡立て始める。
宗一郎が雅に背を向けて洗い場のすのこの上に座ると、雅はその大きな背に刻まれた傷跡をまじまじと眺めていいのか、触れずにおくべきものなのか迷ったが、宗一郎が先程あまり今は気にしていない様な事を言ったので小さく唾を飲み込むと、掌でそっと背中を撫で始めた。
醜く引き攣れた跡のある背中を、雅の掌が優しくさすり指先が腫れ上がった場所をそっとなぞる。
「酷い傷跡だろう」
「……なんでこないな……?」
そっと訊ねると、少し沈黙した後に静かな声が教えてくれる。
「夢中になって見ていたものがあってね、注意が足りず急いでいた馬車に轢かれたんだ」
それを聞いて雅が口の中で小さく息を吸い込む。
「馬に踏まれて馬車の車輪の下敷きになって、もう助からないかと思ったが……どうやら運が良かったらしくて生き延びて、数年は不自由をしたが今は何とかね」
「きばったんやね」
それしか掛けられる言葉がない自分が歯痒い。
「基本的に俺は健康なんだ。助からない病魔に魅入られた人に比べれば、体力があれば怪我は回復するし、努力すれば以前の様に動ける様になる。大切なのは心身ともにどん底にいる時に、強い目標となるものを持って必ずそれをやり遂げるという意思で立ち上がる事だ。自分の事は自分にしか救えない」
珍しく宗一郎が饒舌に自分の事を語っていた。
「その通りやね。宗一郎は正しいし、潔くて前向きや」
「本当に?」
「はい」
「ならその手助けをしてくれるかい?」
夫の言葉をこれから生涯共に歩んでゆく伴侶への言葉だと思い、雅は嬉しくなって笑顔になる。
「はい、勿論喜んで」
「なら嬉しいよ」
宗一郎の口からそんな言葉が出て来て雅は堪らなく嬉しくなり、きゅうっと胸が甘くときめくと顔のにやつきを隠さずに宗一郎の背中を優しく手ぬぐいでこすり始めた。
「背中はもう痛ないの? あんまり強くしたらあかん?」
「痛みの方は大丈夫。力加減は丁度いいよ」
風呂場に背中を流す音が響き、雅の鼻歌が漏れる。
「そんなに俺の背中を流すのが嬉しいの?」
「はい、夫婦らしい事やもん」
こんな甘い時間をずっと待っていた。
「夫婦らしい事なら十分しているじゃないか」
そう言われて頬が熱を持ち、鼻歌が止んでしまう。
「普通の、一緒にいるだけで幸せになれる様な事どす」
背中を流し終えて肩や首、腕もこすっていると肩越しに宗一郎が振り向く。
「どうせなら全身洗ってくれるかい? 妻なら夫に奉仕してくれるんだろう?」
「はい、喜んで」
腕を洗って後ろから包み込む様に宗一郎に抱きつき、手ぬぐいを宗一郎の脚の上に置いて指と指を絡めると、夫の大きな手を洗ってゆく。
「宗一郎の手、だぁいすき。大きくて、優しゅうて」
「君の体を隅々まで知っている指だよ」
「……」
宗一郎が意地悪を言うと、雅が照れて黙り込んでしまった。
「胸が当たっていて気持ちいいよ。そのまま胸で背中をこすってみて」
「……はい」
何だか気恥ずかしいけれども、雅は体を上下させて乳房を宗一郎の背中にこすりつけ始める。
二人の間で石鹸の泡が潤滑油代わりになってぬるぬると滑り、肌と肌が触れ合って何とも気持ちいい。
「気持ちええ? 旦那様」
「気持ちいいよ、俺の奥さん」
雅が悪戯っぽく訊ねるとその調子に宗一郎が乗ってくれて優しく言い返してくれるので、雅は堪らなく嬉しくなって喉の奥で「んーっ」と小さく歓喜の声を出してしまう。
それをついつい宗一郎は心の中で可愛らしいと思ってしまっていた。
献身的に世話を焼きたがるのも、何をしてもめげない所も、懲りずに何度も好きだと言って来る所も。
ふと、宗一郎の手が指を絡めて雅の華奢な手を握り込む。
「なぁに?」
体の動きを止めて後ろから覗き込むと、唇が併せられる。
柔らかく唇が唇をついばんで、ちゅ、ちゅ、と小さく音がした後にするりと舌が入り込んできて雅の前歯をつるつると撫で、前歯の裏側、歯茎裏側を撫でられると雅がむずむずと体を宗一郎の背中にこすりつける。
ちゅくちゅくと唇の間から小さな音が漏れて耳を刺激し、宗一郎の背中に当たっている雅の乳首がぴんと立ってきてしまう。
ごくっと雅が口内に溜まった唾液を飲み込むと、最後にもう一度優しくちゅっと唇をついばんで宗一郎の唇が離れた。
「やさしいキスやね……」
「知らない」
うっとりと微笑む雅の声に、宗一郎は思わず我に返って冷たく突き放す。
「続きをして」
「はい」
大人しく命令に従いながらも、雅は内心優しいキスとその奥に秘められた気持ちに期待して、この上なく幸せな気持ちでいた。
雅がやりやすい様にと宗一郎が浴槽の縁に腰掛けると、雅は恥らいながら彼の前部分を洗い始める。
逞しい胸板や割れた腹筋を食い入る様に見て手ぬぐいを滑らせていると、また「痴女」と言われてしまう。
それに頬を染めて筋肉のついた太腿を洗い、くるくると膝を洗って脛、ふくらはぎを洗う。最後に恭しく足を持ち上げて丁寧に洗い終えて顔を上げると、股間は立派になっていて思わず顔の熱が更に上がってしまう。
視線を上げて宗一郎を見詰めると、「分かっているね?」と琥珀色の目が先を誘い、雅はそっと硬くなっているものに繊細な指を這わせて丁寧に指先で敏感な場所を洗ってゆく。
優しく亀頭を撫でて、エラの張った場所や裏筋なども指先で丹念に洗ってゆくと、宗一郎の目に熱がこもる。
逞しい竿をしごいて洗うと手の中のこわばりが硬度を増した。
竿の付け根まで指を這わせて首を捻り、不思議そうに大きな目が瞬きをすると宗一郎の手が雅の頭を撫でる。
「袋は男性の急所だから丁寧に扱って」
「はい」
そして恐る恐る雅の手が包み込み、陰嚢をふにふにと揉みながら指先で細かい皺を確認する様に洗い始めると、宗一郎の背中にぞくぞくと快楽ともくすぐったさともつかない感覚が走った。
丁寧に陰嚢を洗ってから指先が蟻の戸渡りも洗い、宗一郎の肛門の皺を確認すると、くるくると指先で円を描く様に洗ってから、少し躊躇った後に細い指が侵入した。
「みやっ?」
「綺麗にしぃひんとあかんのやろ?」
リング状の括約筋がぎゅっと締まって抵抗するが、雅の指は遠慮しながら大胆に直腸の壁を丁寧にこすってゆく。
その指先が腹部の裏側辺りにある突起をかすった時、思わず宗一郎の口から喘ぎ声が漏れてしまった。
「ぁっ……、あっ」
浴槽の縁に手をついた宗一郎が身を震わせている。
「なに? 痛かった?」
「つづ……けて」
整った顔を顔をしかめている宗一郎が、痛いとも気持ちいいとも言わないので、雅は不安になったままその突起を優しく刺激し続ける。
「あっ……、ぁ、あ、……あぁ」
だが、宗一郎の様子からして気持ちいいのだと推測すると、嬉しくなって更に指の腹で突起を優しく押す。
宗一郎の肉棒は痛い程に勃起してびんびんになっていた。
「あの……辛そう。出した方がええんちゃう?」
雅がそう気を利かせて空いた手を竿に這わせて上下させ始めると、宗一郎が女性の様に喘ぎ始める。
「ちょっ……みやっ、待っ……あっ、ぁあ、……っああぁ、あ、……ぁ」
夫の反応に気を良くした雅がそのまま両手を動かし続けると、雅の手の中で竿がビクビクと脈打ち始める。
それが射精する直前の予兆だと悟った雅は、また飲むのは出来るだけ御免被りたく、角度的に顔にかかるのも出来れば避けたい。結果、「失礼します」と竿を握って雅が角度を変えると、妻の胸の谷間で宗一郎が白い精液を吐いて果てた。
「ぁっ……、く」
びゅーっと雅の谷間に精液がかかり、肌を温かく濡らす。
出尽くすまで手を動かしてから、雅は満足してにっこり微笑むと指を抜いて宗一郎の顔を覗き込む。
「好かった?」
目を合わせてくる雅の大きくてくりくりとした目を見、宗一郎がハーッと大きな溜息を吐いた。
ぼんやりと目を開けてまず目に入ったのは、天井。視線を動かすと何処か遠くを見ている宗一郎の顔があった。
「気がついたかい?」
「……私……」
酷く倦怠感のある体をゆっくりと起こすと、浴衣を着付けられていて、どうやら和室に寝かされていたらしい。
「体は臭くなるから拭かせておいたよ」
その言葉に一気に地獄絵図を思い出し、雅は片手で口を押さえる。
「わたし……、わたっ」
じわっと涙が滲んで視界が霞む。
「泣くんじゃない」
布団の横に胡坐を掻いている宗一郎は、遠く庭の方を見詰めていた。
「なんでっ……あんな、ひどい、こと、しはるのっ?」
はんなりとした声が涙で歪んでしまう。
この屋敷にやってきて目まぐるしくそれまでの生活や道徳観念を打ち払う様な事があったが、幾らなんでも使用人に犯させるなんて酷すぎる。
「うっ……、……っ、ぅ」
両手で顔を押さえて雅が泣き始め、静かな和室に宗一郎の溜息が落ちた。
「お仕置きと言った筈だ」
「……っ、けどっ」
「君が他の男に誘惑されない限り、もうしない」
「……っほんっ、ま?」
「ああ」
敷布団の上に垂れている長い髪を宗一郎が指に巻きつけると、ぐすっと鼻を啜りながら雅が両手で目をこすり、「約束やえ?」と泣いて赤くなった顔で微笑んでみせた。
その笑顔を見て胸が乱れる。
どうしてそんな風に笑えるのか。
酷い事をされて、酷い事を言われて、本来なら泣いて出て行くか離縁したいと言い出しても仕方がない状況なのに。
「君は……」
どうしてそこまで自分を好いているのかを訊ねようとして、口を噤んだ。
そんな事を聞いたって何にもならない。自分はこの女性に復讐をするのだから。嫌いなのだから。
「なぁに?」
頬に残った涙の跡を指先で拭う雅が柔らかく訊ねると、宗一郎は誤魔化す様に一つ息を吐き、言葉を変えた。
「君は馬鹿かい? 妻が他の男を見ないのは当たり前の事だ。そんな約束でそんな風に嬉しそうに笑うなんて馬鹿だ」
「そやからアホって言うてぇな」
雅が唇を尖らせていじける。
暫く沈黙があり、その間も宗一郎は雅の毛先をくるくると指先に巻き付けて弄る。
その沈黙を破ったのは雅だった。
「なぁ、私の事好き?」
「嫌いだよ」
またいつもの質問がきた。
懲りない雅の質問に呆れて溜息を吐くと、雅が嬉しそうに笑う。
「なんだ、嫌いだって言われて喜んでいるの? 気持ち悪い」
「ううん、大嫌いから嫌いになったなぁ、て思うて」
彼の言葉の揚げ足を取る様な言い方とその嬉しそうな笑顔に心が乱れる。
「本当に君は馬鹿だ」
「うーん……関東のお方にはアホって馴染み難いんやろか?」
「つくづく君はおめでたい頭をしているね」
「そういう風にしてくれたんは、宗一郎やもん」
言っている事の意味が分からないが、これ以上雅と会話をしていても、起き上がり小法師をつついている様なものだ。
「風呂に入っておいで。隅々まで綺麗に洗ってくる様に。昼食の後は俺が一人でちゃんと可愛がってあげるから」
雅の毛先を指に絡めたままの宗一郎の手が彼女の頬に伸び、手の甲でそっとふっくらとした頬を撫でる。
その手つきと琥珀色の目が妖艶に笑うのを見て、雅の背筋にぞくっと快楽の予感がはしった。
「なぁ、一緒にはいろ?」
「嫌だよ」
「おねがい」
「しつこい」
にべもなく断られ、雅は口をへの字にすると眉を寄せる。
「あぁ……そんなにすぐ泣こうとするんじゃない」
「宗一郎が冷たい」
「俺は元々君の事が嫌いだと言っている筈だ」
「そやけどこのお家のお風呂大きいし、宗一郎も一緒に入ったらきっと気持ちええし、傷跡の事なら知ってもうたのならもうええやないの。私は気にしぃひんえ?」
雅も大概食い下がる。
「……特別だよ」
とうとう宗一郎が折れて立ち上がり、雅は喜んで夫の腕にぶら下がって一緒に風呂場へ向かったのだった。
「んっ……、ん」
体を洗う時、雅は顔をしかめて懸命に尻や陰部、太腿をこすっていた。
「みや、いけない。そんなにこすったら肌が傷んでしまう」
「……はい」
注意をされてしまうものの、その言葉が自分を気遣っての事だと知り、つい雅の顔がにまにましてしまう。
転んでもただでは起きないというか、あれだけ酷い目に遭わされておいて夫の優しい言葉ですぐに立ち直る辺り、雅の性格が大味で前向きである事が窺われる。
ふと、雅の頭にある事が思いついて動きがとまる。
「どうしたんだい?」
先に浴槽に浸かっている宗一郎がそれに気付くと、雅が何か言いたそうに口を開いてからみるみるその顔が赤くなり、「なんでもない」とほにゃりと微笑んでみせる。
「なぁ、お背中流したらあかん?」
浴槽の中で壁にもたれてこちらを見ている宗一郎に問うと、大きな溜息の後に返事がかえってくる。
「今更隠しても仕方がないと言えばないものだしね、別にいいよ」
そう言って立ち上がる夫を見て雅が顔を輝かせ、手ぬぐいに新しく石鹸をこすりつけてごしごしと泡立て始める。
宗一郎が雅に背を向けて洗い場のすのこの上に座ると、雅はその大きな背に刻まれた傷跡をまじまじと眺めていいのか、触れずにおくべきものなのか迷ったが、宗一郎が先程あまり今は気にしていない様な事を言ったので小さく唾を飲み込むと、掌でそっと背中を撫で始めた。
醜く引き攣れた跡のある背中を、雅の掌が優しくさすり指先が腫れ上がった場所をそっとなぞる。
「酷い傷跡だろう」
「……なんでこないな……?」
そっと訊ねると、少し沈黙した後に静かな声が教えてくれる。
「夢中になって見ていたものがあってね、注意が足りず急いでいた馬車に轢かれたんだ」
それを聞いて雅が口の中で小さく息を吸い込む。
「馬に踏まれて馬車の車輪の下敷きになって、もう助からないかと思ったが……どうやら運が良かったらしくて生き延びて、数年は不自由をしたが今は何とかね」
「きばったんやね」
それしか掛けられる言葉がない自分が歯痒い。
「基本的に俺は健康なんだ。助からない病魔に魅入られた人に比べれば、体力があれば怪我は回復するし、努力すれば以前の様に動ける様になる。大切なのは心身ともにどん底にいる時に、強い目標となるものを持って必ずそれをやり遂げるという意思で立ち上がる事だ。自分の事は自分にしか救えない」
珍しく宗一郎が饒舌に自分の事を語っていた。
「その通りやね。宗一郎は正しいし、潔くて前向きや」
「本当に?」
「はい」
「ならその手助けをしてくれるかい?」
夫の言葉をこれから生涯共に歩んでゆく伴侶への言葉だと思い、雅は嬉しくなって笑顔になる。
「はい、勿論喜んで」
「なら嬉しいよ」
宗一郎の口からそんな言葉が出て来て雅は堪らなく嬉しくなり、きゅうっと胸が甘くときめくと顔のにやつきを隠さずに宗一郎の背中を優しく手ぬぐいでこすり始めた。
「背中はもう痛ないの? あんまり強くしたらあかん?」
「痛みの方は大丈夫。力加減は丁度いいよ」
風呂場に背中を流す音が響き、雅の鼻歌が漏れる。
「そんなに俺の背中を流すのが嬉しいの?」
「はい、夫婦らしい事やもん」
こんな甘い時間をずっと待っていた。
「夫婦らしい事なら十分しているじゃないか」
そう言われて頬が熱を持ち、鼻歌が止んでしまう。
「普通の、一緒にいるだけで幸せになれる様な事どす」
背中を流し終えて肩や首、腕もこすっていると肩越しに宗一郎が振り向く。
「どうせなら全身洗ってくれるかい? 妻なら夫に奉仕してくれるんだろう?」
「はい、喜んで」
腕を洗って後ろから包み込む様に宗一郎に抱きつき、手ぬぐいを宗一郎の脚の上に置いて指と指を絡めると、夫の大きな手を洗ってゆく。
「宗一郎の手、だぁいすき。大きくて、優しゅうて」
「君の体を隅々まで知っている指だよ」
「……」
宗一郎が意地悪を言うと、雅が照れて黙り込んでしまった。
「胸が当たっていて気持ちいいよ。そのまま胸で背中をこすってみて」
「……はい」
何だか気恥ずかしいけれども、雅は体を上下させて乳房を宗一郎の背中にこすりつけ始める。
二人の間で石鹸の泡が潤滑油代わりになってぬるぬると滑り、肌と肌が触れ合って何とも気持ちいい。
「気持ちええ? 旦那様」
「気持ちいいよ、俺の奥さん」
雅が悪戯っぽく訊ねるとその調子に宗一郎が乗ってくれて優しく言い返してくれるので、雅は堪らなく嬉しくなって喉の奥で「んーっ」と小さく歓喜の声を出してしまう。
それをついつい宗一郎は心の中で可愛らしいと思ってしまっていた。
献身的に世話を焼きたがるのも、何をしてもめげない所も、懲りずに何度も好きだと言って来る所も。
ふと、宗一郎の手が指を絡めて雅の華奢な手を握り込む。
「なぁに?」
体の動きを止めて後ろから覗き込むと、唇が併せられる。
柔らかく唇が唇をついばんで、ちゅ、ちゅ、と小さく音がした後にするりと舌が入り込んできて雅の前歯をつるつると撫で、前歯の裏側、歯茎裏側を撫でられると雅がむずむずと体を宗一郎の背中にこすりつける。
ちゅくちゅくと唇の間から小さな音が漏れて耳を刺激し、宗一郎の背中に当たっている雅の乳首がぴんと立ってきてしまう。
ごくっと雅が口内に溜まった唾液を飲み込むと、最後にもう一度優しくちゅっと唇をついばんで宗一郎の唇が離れた。
「やさしいキスやね……」
「知らない」
うっとりと微笑む雅の声に、宗一郎は思わず我に返って冷たく突き放す。
「続きをして」
「はい」
大人しく命令に従いながらも、雅は内心優しいキスとその奥に秘められた気持ちに期待して、この上なく幸せな気持ちでいた。
雅がやりやすい様にと宗一郎が浴槽の縁に腰掛けると、雅は恥らいながら彼の前部分を洗い始める。
逞しい胸板や割れた腹筋を食い入る様に見て手ぬぐいを滑らせていると、また「痴女」と言われてしまう。
それに頬を染めて筋肉のついた太腿を洗い、くるくると膝を洗って脛、ふくらはぎを洗う。最後に恭しく足を持ち上げて丁寧に洗い終えて顔を上げると、股間は立派になっていて思わず顔の熱が更に上がってしまう。
視線を上げて宗一郎を見詰めると、「分かっているね?」と琥珀色の目が先を誘い、雅はそっと硬くなっているものに繊細な指を這わせて丁寧に指先で敏感な場所を洗ってゆく。
優しく亀頭を撫でて、エラの張った場所や裏筋なども指先で丹念に洗ってゆくと、宗一郎の目に熱がこもる。
逞しい竿をしごいて洗うと手の中のこわばりが硬度を増した。
竿の付け根まで指を這わせて首を捻り、不思議そうに大きな目が瞬きをすると宗一郎の手が雅の頭を撫でる。
「袋は男性の急所だから丁寧に扱って」
「はい」
そして恐る恐る雅の手が包み込み、陰嚢をふにふにと揉みながら指先で細かい皺を確認する様に洗い始めると、宗一郎の背中にぞくぞくと快楽ともくすぐったさともつかない感覚が走った。
丁寧に陰嚢を洗ってから指先が蟻の戸渡りも洗い、宗一郎の肛門の皺を確認すると、くるくると指先で円を描く様に洗ってから、少し躊躇った後に細い指が侵入した。
「みやっ?」
「綺麗にしぃひんとあかんのやろ?」
リング状の括約筋がぎゅっと締まって抵抗するが、雅の指は遠慮しながら大胆に直腸の壁を丁寧にこすってゆく。
その指先が腹部の裏側辺りにある突起をかすった時、思わず宗一郎の口から喘ぎ声が漏れてしまった。
「ぁっ……、あっ」
浴槽の縁に手をついた宗一郎が身を震わせている。
「なに? 痛かった?」
「つづ……けて」
整った顔を顔をしかめている宗一郎が、痛いとも気持ちいいとも言わないので、雅は不安になったままその突起を優しく刺激し続ける。
「あっ……、ぁ、あ、……あぁ」
だが、宗一郎の様子からして気持ちいいのだと推測すると、嬉しくなって更に指の腹で突起を優しく押す。
宗一郎の肉棒は痛い程に勃起してびんびんになっていた。
「あの……辛そう。出した方がええんちゃう?」
雅がそう気を利かせて空いた手を竿に這わせて上下させ始めると、宗一郎が女性の様に喘ぎ始める。
「ちょっ……みやっ、待っ……あっ、ぁあ、……っああぁ、あ、……ぁ」
夫の反応に気を良くした雅がそのまま両手を動かし続けると、雅の手の中で竿がビクビクと脈打ち始める。
それが射精する直前の予兆だと悟った雅は、また飲むのは出来るだけ御免被りたく、角度的に顔にかかるのも出来れば避けたい。結果、「失礼します」と竿を握って雅が角度を変えると、妻の胸の谷間で宗一郎が白い精液を吐いて果てた。
「ぁっ……、く」
びゅーっと雅の谷間に精液がかかり、肌を温かく濡らす。
出尽くすまで手を動かしてから、雅は満足してにっこり微笑むと指を抜いて宗一郎の顔を覗き込む。
「好かった?」
目を合わせてくる雅の大きくてくりくりとした目を見、宗一郎がハーッと大きな溜息を吐いた。
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しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
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