【R-18】SとMのおとし合い

臣桜

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第九話・強姦

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 その晩、雅は与えられた洋館の自室のベッドで眠れずに寝返りを打っていた。
 あの傷跡。
 レースのカーテン越しに満月の光が部屋に降り注ぎ、雅の大きな黒い目をきらきらと光らせる。
「そういちろう……」
 そっと夫の名を呼ぶ。
 その名前が私の旦那様。その名前が私のご主人様。その名前が私の夫。
 愛しい響きに胸がきゅっとなり、切ない溜息をついた時。
 コンコン
 ノックの音がして、許可をする前にドアが開いて、ランプの明かりを落とした暗い部屋の中に人影がスルリと入り込んできた。
「……? 宗一郎?」
 人影は何も言わず、真っ直ぐベッドに近付いて来て片膝を乗り上げ、マットレスが小さく軋んだ音をたてる。
「あの……」
 まさか強盗かと思ってやっと恐怖を感じ始めた頃、暗闇の中で大きな手が雅の顔の形を探り、唇を併せてきた。
 顔が近付いてきた瞬間、月の光に照らされて認識出来たのは夫の顔ではない。
 真田。
「ひっ」
 ざっと血の気が引いて、息を吸い込んだ瞬間唇が重なった。
 咄嗟に両腕を突っ張って覆い被さってきた陰を引き離そうとするが、宗一郎よりも上背のある真田のがっしりとした体はびくともしない。
「むーっ!」
 必死になって抵抗し、ぬるりと入って来た舌を思い切り噛んだ。
「!」
 真田が怯み、雅に拒絶された事にカッとなったのか、彼女の頬がバンッと張られる。
「あぅっ」
 大きな衝撃の後に耳がキーンとなり、頬が熱を持つ。
 雅の動きが止まった隙に、真田は懐からハンカチと手ぬぐいを取り出して、ハンカチを雅の口に押し込み、更に手ぬぐいで猿轡を噛ませた。
「んーっ!」

 助けて!

「若奥様……私は貴女を一目見た時から懸想しております」
 真田が熱っぽい声で雅の耳元で囁き、べろりと耳の輪郭をなぞる様に舐めまわす。
「んーっ! んーっ!」

 気持ち悪い!

 思い切り殴られた頬が今になってじんじんと痛くなってき、痛さと気持ち悪さで涙が出て来る。
 無遠慮な手が雅の体をまさぐって浴衣を脱がせ、腰巻きも取り去ってしまう。
「貴女は罪なお方だ。美しく、清純な外見をしてらっしゃるのに、妖艶だ」
 真田の手が胸をまさぐる。どれだけ愛撫されても、雅の体に沸き起こる感覚は嫌悪と気持ち悪さしかない。
 手足を振り回して精一杯抵抗しをし、ベッドから逃れようとすると、今度は手首を一まとめにされて浴衣の帯でぐるぐると縛られてしまう。

 このままでは本当に犯されてしまう。

 体中の血液が冷水になってしまった様な感覚になり、抵抗しつづけながら雅は必死になってこの状況から逃れる術を考える。
 その間にも、真田は固く閉じられている雅の細い脚を強引に開かせ、唾液を纏わせた舌で太腿を舐めまわしてから、宗一郎にしか許さない場所に舌を這わせ始めた。
 ぴちゃぴちゃ ちゅるっ
「若奥様、美味しゅう御座います。貴女の香りが私をくらくらさせる」

 やめて!
 気持ち悪い!

 ぼろぼろと涙を零し、戒められた手を解放しようと力任せに腕を動かし、脚を閉じようとしても叶わない。
 死んでしまいそうな屈辱を味わいながら宗一郎を思い、それでも雅の体は彼女の意思に反して真田の愛撫に応え、蜜を垂らし始めていた。
「若奥様。美味しい蜜が溢れております。ああ、嬉しい。感じてらっしゃるんですね。もっと感じさせて差し上げて、淫らな蜜をもっと垂らして差し上げます」
 熱に浮かされた様な真田の声が暗闇の中で聞こえ、陰が動いてまた雅の下半身にぞわぞわとした感覚が駆け巡る。
「んーっ!」

 いっその事、死んでしまいたい。

 夫以外の男に汚されるのなら、死んでしまいたい。それでも、同時に宗一郎とこの先ずっと一緒に生きて行きたいと願ってしまうこの浅ましさ。

 けれど、彼は許してくれるだろうか。
 汚れた私を。

 涙と鼻水を垂らしてもがく雅の視界の端に、真っ暗な部屋に差し込む細い明かりが見えた。
 細く開けられたドアの向こうには夫の顔。
 どくん、と心臓が嫌な音をたてた。

 助けて! と言いたい。
 ごめんなさい! と言いたい。
 その場から逃げ出してしまいたい。

 体が千切れてしまいそうに、様々な気持ちが入り乱れ、雅は声にならない声で叫び続ける。
「んーんふーんー! んふふふ!」
 夫の名を呼び救いを求めた時、ドアの向こうの唯一の救いの陰が姿を消した。
「!?」
 すぐに入って来て真田を殴ってでも止めてくれると思っていたのに。
 呆気に取られて雅の口からは思わず叫び声が止み、暫く抵抗する事も忘れて呆然としていた。
 真田はそれを自分を受け入れたと取る。
「若奥様、好くなっていらしたんですね? 次は指を入れて若奥様の中を暴いてから、私の逸物をねじ込んで差し上げます」
 真田の声が耳に入ってこない。
 雅の頭をぐるぐると巡るのは宗一郎の事ばかり。
 自分は見放されてしまったのだろうか?
 もしかしたら、これは彼の傷跡を見てしまった事へのお仕置きの続きなのだろうか?
 あれだけで済んだと思っていたけれど、実は宗一郎はもっと深く怒っていて、夫以外の男に抱かれる事を妻に罰として与えたのだろうか?
 だとしたら――
 また、雅の目から新しい涙が流れて耳を濡らしてゆく。
 こんなに怒らせてしまうだなんて思っていなかった。
 そう後悔しても、呪うべきはあの時夫の体を拭く事が出来るという喜びで浮かれていた自分の行動で、こういう手で自分に仕返しをしてくる宗一郎を恨むのは筋違いだ。

 私の馬鹿。

 先程からぬくぬくと真田の指が雅の孔を出入りしているが、これが宗一郎から与えられた罰だと思った雅は、最早抵抗する元気もなく打ちひしがれ、たださめざめと泣き濡れるしかない。
「若奥様、好いのですね? 真田の指をきゅうきゅうと締め付けていらっしゃる」
 喜んだ真田が親指で肉芽を弄り、体を倒して乳房を舐めまわしてくる。
「んんうーっ! うううーっ!」
 弱った心が踏みつけられて、脆い硝子の様にひびが入ってゆく。

 感じるか。
 感じてなるものか。

 子爵子女として、侯爵家の征十郎の妻としての自尊心が雅にそう誓わせ、彼女は人形になる事を決意した。
「若奥様、真田はもう我慢出来ません」
 熱に浮かされた真田の声が耳元でしてから、真田が上体を起こして自分の浴衣のあわせを肌蹴させる。
 褌を解いたそこには凶暴な肉槍がそそり立っていた。
 片手で雅の足首を掴んで持ち上げると、月の光に照らされてぬるぬると光る蜜壷に肉槍の先を宛がった。
「うう……っ」
 超えてはならない一線に差し掛かり、雅が綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして泣き濡れる。
「若奥様、挿れます」
 ぬぷ……
 夫しか許さない場所に真田が入り込んだ。
「おお……気持ちいい。素晴らしい! 若奥様の中は温かくてぬるぬるとろとろしてらっしゃいます」
 真田の両手が雅の両膝の裏にまわり、ぐっと腰を持ち上げる。
 続いてすぐに真田の腰と雅の尻がぶつかる淫靡な音が、暗い室内に響き始めた。
「んんんんっっ! んぅっ、うーっ!」
 真田が中をこすって奥を突いてくる。
 感じたくないのに。
 雅の乳首がぴんと立ち、鼻息が荒くなってしまう。ぐずる赤ん坊の様にしゃくり上げ、懸命に頭を左右に振る様は、真田を拒否しているとも快楽から逃れようとしているとも見える。
「若奥様、真田はどうですか? 若奥様のいやらしい唇が、真田の逸物を咥え込んでいらっしゃいます。若奥様のいやらしい孔が、真田を締め付けてきます」
「んんーっ!」
 ごくっと雅が唾を飲み込み、顔を背けた。
 その首筋に真田が吸い付く。唇と舌を纏わせて唾液の道を作り、それが月光に照らされてぬらぬらと光った。
「ああ……若奥様、愛しております。こんな気持ちは初めてです。貴女の様な高貴で卑しく、楚々としていて淫靡な方はいらっしゃらない」
 真田の声が悪い呪文の様に耳に纏わりつく。
 その時、高揚して夢中になって腰を振っていた真田の視界に、ぎらりと光るものが映った。
「!? 宗一郎様」
 真田の視線の先には、音もなく部屋に入り込んだ宗一郎の姿があった。
 その手には月の光に照らされて妖しく光る日本刀が携えてある。その存在に真田が気付いた瞬間、彼の頭は刀の鞘で思い切り殴られていた。
「うっ」
 衝撃が真田の頭を襲い、真田は雅の体の両側に手をついて動きを止めた。
 「雅から離れろ」
 頭が痛むのか真田が呻きながら片手で頭を押さえていると、「早くしろ」という声と共に次は蹴りが飛んで来る。
 ずるんっ
 真田の体が蹴られて雅から離れ、勃ったままの肉棒を晒したまま真田が床の上に倒れ込んだ。
「んんうーっ!」
 宗一郎の姿を認めて雅の目が大きく見開かれ、安堵に震えながら体の力が抜ける。
「真田、どういう事だ」
 恐ろしく静かな声が夜の静寂を震わせる。
 ごくっ、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
 やがてその静寂を打ち破って、真田の笑い声が不愉快に夫婦の鼓膜を叩く。
「宗一郎様はどうかしてらっしゃる。若奥様をあんな風に使用人の目の前で扱っておきながら、欲情するなと仰るんですか? 奥様の痴態を! 白い肌を! 宗一郎様を咥え込む淫らな肉穴を! 見せ付けられて男として黙っていろと? 張り型を咥え込ませておくのなら、いっそ私の逸物を咥えればいい!」
 興奮冷めやらぬと言った体で真田が大声を張り、その言葉の内容に雅は居た堪れなくなてしまう。
「若奥様だってこんなにお美しい。肉の悦びを知ってしまえば生涯に一人の夫だけだなんてとても我慢がならないに決まっている。それなら早いうちから色んな肉を知っておいた方が若奥様の為とも言えます!」
 素っ裸に浴衣を羽織っただけという姿の真田の豹変振りに、宗一郎は暫く黙ったまま静止していたが、スッと刀の切っ先を真田の喉元に突きつけるとポツリと問う。
「言いたい事はそれだけか」
「私を斬れば宗一郎様が侯爵家の息子だと言っても、法律が黙っていませんよ?」
「主人の妻に勝手に手を出したのはお前だ」
「貴方がそう焚きつけたのです」
 刀の切っ先が動いて真田の眼鏡に引っ掛かり、それを床に落とした。
「雅を犯した後どうするつもりだった? 俺の寝酒に薬を盛っておきながら」
「効かなかったみたいですね」
「異様に喉が渇いて目が覚めた」
 日本刀のひやりとした光にも劣らぬ冷たい目が、じっと真田を見定める様に見詰めている。
「……若奥様を攫って何処か遠くへ逃げるつもりでした。幸い旦那様と奥様はいらっしゃらない。宗一郎様にも眠り薬を盛りました。傷心の奥様を説き伏せるつもりでした。が、思いもよらない反撃に遭いましてね」
「当たり前だ。雅は俺を好きで堪らないんだから」
 ベッドの上で手を戒められたまま動けない雅は、浴衣の前を肌蹴られたまま膝を抱えていたが、宗一郎のその言葉を聞いてじんとしてしまい、また新しい涙が頬を濡らす。
「折角宗一郎様が隠してらっしゃる傷跡を見せて、若奥様との仲をこじらせようとしたのに上手くいかない」
 真田が忌々しそうに舌打ちをした。
 その言葉を聞いて雅は安堵してまた泣く。
 宗一郎が怒って真田をけしかけたのではなかった。それが分かって雅はぐすぐすと鼻を鳴らしてべそをかく。
「雅に余計な事をさせる様に進言したのはお前なのか?」
「はい、それが何か」
 すっかり開き直っている真田は、刀を突きつけられたまま、ゆっくりと浴衣の前を整え始めている。
 中で果てる事は出来なかったが、詰まらないと思っていた人生の中で始めて激しく欲しいと思った女性を抱けたのだ。
「……斬るなら斬って下さい。悔いはありません」
 暫く、耳を覆いたくなる様な沈黙があった。
 だが、それを破ったのは感情を押し殺した宗一郎の静かな声だった。
「今すぐ荷物をまとめて屋敷から出て行け」
 刀の切っ先が下げられ、鞘に収められる。
 殺気を失った刀を無造作に片手で持ち、宗一郎は部屋の中を移動してランプを点け始めた。
 部屋が明るくなるとベッドへ向かい、枕元に刀を置いて雅を戒めていた帯や猿轡を解き始める。
 それまで静かに泣きながら宗一郎と真田の遣り取りを聞いていた雅だったが、夫の優しい手を体に感じて再び安堵すると、恐怖が蘇ってきて体がぶるぶると酷く震えてきてしまう。
「んぇっ、えっ、うえぇええぇええぇええぇええぇっっ」
 自由になった雅は体を震わせながら号泣し、しっかりと宗一郎に抱き付いた。
 それまで暗闇と静寂に包まれていた部屋が明るさと音を取り戻し、『場』が動き始める。
 雅の泣き声がビリビリと空気を震わせ、その華奢な体を宗一郎が抱き締めてあやしてやっている中、また感情を失った顔になった真田が眼鏡を拾って顔にかけると、ベッドに近寄り帯を取って浴衣を着付けてから、褌を手にして部屋から去って行った。
「うぇっ、うぇっ、うぇっ、うぇええぇええぇあああああぁぁぁんっっっ! おぇっ」
 はばかりなく子供の様に泣く雅の体が酷く震え、泣きすぎて喉が詰まり嘔吐ずいてしまう。
 そんな雅をしっかり抱いてやりながら宗一郎は溜息を吐き、大きな手で雅の細い背中をさすってやる。
 腕の中の妻は兎の様にぶるぶる震え、次から次に流れる涙が夫の胸元を濡らす。
 大嫌いな筈の妻を、宗一郎はずっと優しくあやしていた。

「……助けてくれはっておおきに。けど、なんですぐに助けてくれはらなかったん?」
 雅が泣き止んで再び静けさを取り戻した部屋に、それでもまだぐすっと時折鼻を啜る音が聞こえる。
「……俺の許可なしに君に触れたのなら、相応の対処をしなくてはと思って」
「けど、あの時すぐに止めてくれはったんなら、その……まだ、最後まではいかんかった」
 宗一郎に抱きついて逞しい胸板に顔を預け、体はめろめろに甘えているのに言葉はそうやって責めてしまう。
「……悦んでいた癖に」
 ポツリと落とされた宗一郎の言葉が、雅の胸をぐさりと刺す。
「酷い! 私、無理矢理やったのに! ちぃとも悦んでなんかおらへん! 縛られて、口も利けんで何も自由やなかったのに、宗一郎でもない男性に無理矢理されて喜ぶ訳ないやろ! アホ!」
 ぶわっとまた雅の目に涙が浮かんでしまう。
「……だが感じていただろう」

 しつこい。

「なんで? なんでそないな事言わはるん?」
 そのしつこさが宗一郎が嫉妬している事の表れなのかもしれないという事に、その時の雅は感情的になりすぎて気付けなかった。
「……俺の部屋に来て一緒に寝よう。この部屋で一人で寝るのは嫌だろう」
 宗一郎が雅の手を取って立ち上がった。
「……はい」
 酷い事を言った後に、急に優しくする。
 そんな緩急が雅の心をグラグラにしてしまい、もう彼女は夫から離れる事は不可能になっていた。
 どうしてもこんなに甘い毒に侵されて、引き返せない甘美な底なし沼に嵌ってしまった。
 蜘蛛の巣に絡め取られた綺麗な蝶は、浴衣の袖を揺らしながら、残酷な捕食者に先導されて廊下を歩く。
 そっと盗み見する夫の横顔が、こんなにも愛しい。
 格好よくて、声が涼しくて、綺麗な髪と目をしていて、背が高くて、逞しい体つきをしていて、意地悪で、優しい人。
 片手に刀を持ち、片手で雅の手を握った征十郎が部屋まで着き、刀を持った手でドアを開けると、そっと雅の背を押して中へ入らせる。
「眠れるかい? 寝酒でも持って来る?」
 雅がベッドに座ると、宗一郎が刀をベッドに立てかけてそう訊ねる。
「ううん、要らへん。何処にも行かんといて。側にいて」
 ちょいちょい、と雅が小さく手招きすると、宗一郎が盛大に溜息を吐いた。
「君は根っからの淫売だね。そうやって男を誘う所も堂にいっている」
「そんな……!」

 ひどい。

 雅が絶望した顔をすると、宗一郎が笑った。
「君は馬鹿かい? 俺は最初から君を嫌いだと言っているんだ。これぐらいの言葉、いい加減慣れろ」
「そんな酷い言葉、慣れたくあらへん。それに馬鹿って言うんやめて。せめてアホにして」
 雅の隣に腰掛けた宗一郎の腕を掴んで彼女がそう唇を尖らせると、宗一郎が先にごろりと横になって布団を被った。
「知っているよ。関西では普通親しみを込めて阿呆と言うんだろう? 馬鹿は関西では酷く馬鹿にした言葉になるんだとか。だからわざと使っているんだよ」
「……いけず」
 ぼそっと文句を言って、雅ももそもそと布団の中に潜り込む。
 仰向けになって寝ている宗一郎の体にぴたりと体をすり寄せると、ぎゅっと手を握って「だいすき」と囁く。
 それに彼は何も答えなかった。
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