【R-18】SとMのおとし合い

臣桜

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第四話・出会い

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 初めて本物を目の前にしたその人は、秀麗な顔つきをしてすらりと背の高い青年で、印象はとても良かった。
「はじめまして、雅。俺の奥さんになる人」
 全体的に色素が薄く、黒よりも茶色、茶色よりは赤身がかったという色の髪はさらさらとしていて触れると気持ち良さそうだ。目の色も薄くて茶色というよりは琥珀色と言ってしまった方がいい。そんな綺麗な色は見た事がなく、暫く雅は初めて会った許婚を見詰めてぼうっとしていた。
「どうしたの? ああ、俺の髪と目の色が珍しいのかな。写真では分からないから」
 そのとろりとした琥珀色の目が綺麗に透き通って甘く輝き、形のいい唇が弧を描いて雅に微笑みかける。
「いえ……あの、失礼しました。大御門雅どす。どうぞよろしゅうおたの申し上げます」
 祝いの席に着るので雅は振袖を着ていた。
 下の方は大輪の牡丹が華やかに描かれており、上にいくにつれて桜の花びらが可憐に模様を作り、蝶が舞っている。帯は京都の人間らしく豪華な西陣織りの金の帯を締めていた。
 親が用意してくれた最高の着物に身を包み、大御門家から九条西家へ嫁入りする人間として最高の笑顔を浮かべながら雅は丁寧にお辞儀をする。最高の笑顔と言っても、大口を開いて下品に歯を見せてはいけない。楚々とした所を忘れずに、それでも美しさと上品さを意識して頭を下げると、頭の上から「ほう」と感心した様な声が聞こえた。
「写真以上になかなか美しいお嬢さんじゃないか。お前が気に入っただけはある」
 頭を上げると宗一郎の父の宗司が満足そうに鼻の下の髭を撫でつけ、その隣では妻の京子もにこにことしている。
「京都からお嫁さんを貰いたいだなんて、急に何を言い出すのかと思えば……と思いましたが、雅さんの様な品のあって綺麗なお嬢さんなら大歓迎だわ。大御門家も京都では子爵家として名があるみたいですし」
 わざわざ子爵家という単語を使ってくる辺り、自分達の立場と比較されている様な気がするがそれは仕方がない。こちらの方が位階が低いのは事実だし、本来なら父が助けられた恩を返さないとならない立場なのに、雅の身を引き渡せばそれでいいと言っているのだ。
 両親から縁談の話を持ちかけられて以来、雅は心の準備をして夫になる宗一郎に手紙を書いたりして少しずつ祝言への準備をしてきた。
 宗一郎からの手紙は彼の博識さや視野の広いものの見方を窺えて、写真で見た涼やかな顔つきもあいまって雅はすっかり結婚に乗り気になっていた。教養があるし見た目もいい。手紙に九条西家で過ごす日常の事も書いてあったが、その全てが優しい目線で見るものであり、きっと優しい人なのだろうな、と思っていたのだ。
「娘を気に入って下はって何よりどす。不束者の娘どすがどうぞよろしゅうおたの申し上げます」
 祝言の前日に東京に着いた雅と両親、親戚は東京に泊まる準備をしていたので、恐縮しつつ挨拶をしてから慣れない『東の言葉』を話す嫁ぎ先の贅沢な屋敷でゆったりと過ごし、その前置きという感じで当事者と両親だけが取り敢えずは顔を合わせて改めて挨拶をしていた。
「宗一郎様もお義父様も、えらい綺麗な色をしてはるんどすね」
「はは、有り難う御座います。これは九条西家の一族が持つ特殊な色です」
「ご先祖に異人はんがいはったんどすか?」
 邪気のない雅の質問に、京子がにこやかに笑いながら冷たい声を出す。
「いいえ、九条西家は純粋な日本人です。混じり物の血ではありませんよ」
 その反応に雅の母が小さく「これ」と娘を窘め、雅が「えろうすんまへん」と深く頭を下げた。
「雅、気にしないで。うちの両親はどうやら家の血統が大事らしい」
 宗一郎がその場を和ませる様に冗談めかすと、宗司と京子が笑いそれに便乗して雅の両親が笑った。
「おおきに、宗一郎様」
「ああ、俺の事は呼び捨てでいいし敬語も使わなくていいよ」
「そやかて、旦那様になる方どす」
「俺がそうしたいんだ。これは俺たち夫婦の間の一つ目の約束にしよう。いいね?」
「……はい、宗一郎」
 目の前で優しく微笑む年下の青年を見て、雅はこの結婚が上手くいく事を予感していた。
 しっかりしているし、何より優しそうだ。見目もいいし家柄も申し分ない。きっと自分は幸せになれる。きっと大御門家も上手くいく。
「あとは祝言をあげる二人でゆっくり庭でも見ていなさい。私達は大人の話をするから」
 宗司がそう言って腰を上げると京子もそれに倣い、雅の両親も続いて座敷を後にした。
 急に人気のなくなった座敷の空気が頼りなく、雅は正座をした膝の上でもじもじと指先を動かしていたが、笑顔を浮かべ冗談めかして言ってみる。
「それにしても、宗一郎様……宗一郎は私の写真をそないに気に入ってくれはったんやね」
「そうだね、君のお父さんは君の最近の写真と小さい頃の写真を持っていらしたから。どちらも綺麗だったし、愛らしかった。それに一目惚れをしてしまったのかもしれないね」
「一目惚れやなんて……そんな」
 恥じらいながらも雅がまんざらでもなさそうな笑顔で照れると、宗一郎が琥珀色の目を細めさせる。
「本当に……運命みたいだ」
「大袈裟や」
 そこまで言われて恥ずかしいと思うものの、結婚する男性に褒められて嬉しくない訳がない。雅の白い頬が少し熱を持ってむちむちと赤くなっていた。
「九条西家は元々は京都に本家がある家だからね、京都出身である君とこうやって縁が出来たのも何かの巡り合わせだと思うよ」
「そうなんやね……。確かに九条とか西とかつくお名前は関西に関わるお名前なのやもしれへんね」
「うちの家は天皇陛下が東京へお住まいを移した時に、一緒に京都から出て行った家らしいよ」
「ふぅん。京都と東京と、どちらが都とかえらい難しいお顔でお話しはる方もいはるなぁ」
「君は拘らないの?」
「政治の基盤が京都から東京に移ってもうたのは事実やもん。それに口は挟めへん」
「君は聡明だね」
 膝の上で雅は自分で花の刺繍をした白いハンカチを細い指先で弄っていた。
 こんな話をするよりも、もっとドキドキする話をしたい。宗一郎の趣味や、これから二人でどうしていくかとか、もっと甘くてときめく事を。
 今まで恋愛らしい恋愛をしてこなかったので、雅はすっかり目の前の婚約者に胸を高鳴らせていた。
「明日、楽しみやなぁ。白無垢着るの楽しみやの」
「ああ、そうだね。君が真っ白な格好をして唇に真っ赤な紅をさしたら、大層綺麗だろうね」
 宗一郎がまた褒めてくれて雅がにやける。
「私も宗一郎が紋付袴着はるの楽しみ」
「俺はそのあとの初夜も楽しみだよ」
 宗一郎が少し声を潜めて言い、雅が照れて顔を俯かせて目で怒ってみせると、年下の婚約者は悪戯っぽく笑い始める。
「庭を案内しようか。洋館の方の庭園も自慢だし、こちらの日本庭園もきちんと庭師に世話をさせているんだ」
「おおきに。私が京都に来る前で終わってもうたお手紙の内容の続きも、お話しよ?」
「そうだね」
 宗一郎が立ち上がり、座卓を回り込んで雅に大きな手を差し伸べてくる。どきどきしながらそれにそっと手を重ねると、温かな手が優しく雅の手を握ってくれた。
 午後の日差しも柔らかく、二人の前途を祝している様な顔合わせの日だ。
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