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第2話

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 週末が明けた月曜日。
 静香は、なんとも不思議な気持ちで夫のネクタイを締めていた。

「自宅でスーツ姿というのは……なんとも不思議なものですね」

「家にいると言っても、仕事中だからな。俺としては、ジャージでも寝間着でも、仕事さえしてくれれば恰好なんて気にしないんだが……他の連中がうるさくて」

 ネクタイを直し、スーツに乱れが無いか確認していく妻の言葉に、至は苦笑しながら言葉を返す。
 至が家を出る前に、身だしなみのチェックをするのが静香の日課になりつつある。
 今日からは在宅勤務のため、二人が居る場所は玄関ではなく、書斎前だ。

「はい。至さん、今日も素敵です」

 最終確認を終えた静香は、小さく頷くと一歩分夫から距離を取り、はにかみながら愛する人を見上げる。
 毎朝、出勤前に夫の身だしなみを整えるこの時間は、静香にちいさなワガママからうまれた。
 日中離れ離れになってしまう夫のそばに、一分一秒でも長く居たくて、結婚後初出社の朝、つい目の前の胸元へ手を伸ばしたのが始まりだ。
 ネクタイを締めるなんて初めてで、最初は手間取ってばかり。そんな静香を、至は決して咎めず見守ってくれた。
 回数をこなして、次第に手早くネクタイを締めれるようになったと、嬉しい反面寂しさを感じてしまう。
 つい夫に触れている時間を長引かせたくて、静香は毎日、ゴミ一つ見当たらないスーツを軽く叩くふりを続けている。

「ありがとう。それじゃあ、行ってくる」

 離れがたい気持ちを押し殺しながら微笑む静香。
 そんな妻にお礼を言った至は、静香がとった一歩分の距離を即座につめ、彼女の腰に腕を回しその唇を奪っていった。

「ンッ、ふ……は、ん」

「は、ぁ……んっ、んん」

 重なった唇はすぐに離れ、空気を欲した静香が小さく口を開く。
 その隙を逃さないとばかりに、至の熱い舌が小さな口内に挿入りこんだ。
 突然の圧迫感に小さく身体が震え、皺ひとつないスーツの上着を無意識に掴む。
 そんな静香の行動をたしなめているのか、それとも少しでも触れ合いを増やしたいのか。
 上着を掴む彼女の片手は、空いている至の手で夫の肩へ導かれる。そしてもう片方の手もスーツから離され、指と指が絡みあうようにお互いの手を握り合った。

 離れたくない。そんな妻の感情を見透かすように、至は毎朝静香の唇を奪ってから出勤していく。
 それは帰宅後も同じ。
 朝と夕方、二人は毎回熱烈なキスでお互いを求め合い、離れていた数時間を埋めていく。

 今日からしばらく、至の仕事場は家の中にある書斎になる。
 扉一枚隔てた先で夫が仕事をしている。普段とは違う安心感が、静香にとってとても心地よかった。
 しかし、社長として仕事をする至の邪魔はしたくない。
 そう思う反面、やっぱり離れる時間は寂しくなる。
 たった扉一枚分の距離すらもどかしいと、心の中でくすぶるモヤモヤを懸命に押し殺しながら、静香は仕事へ向かう至を見送った。





 至が書斎で仕事を始めると、静香はお気に入りのエプロンを身につけ、寂しさを紛らわすように日課の家事に取り掛かった。
 洗濯機を回しながら、軽く掃除機をかけ、気になる汚れがあればそれを拭いとる。
 ほぼ毎日掃除をしているため、どの作業も念入りにするほど家の中は汚れていない。
 気を紛らわすにはどこか物足りなさを感じつつ、静香は乾燥機から取り出した洗濯物をたたんでいく。

「ふう……まあ、もうこんな時間」

 柔軟剤でフワフワに仕上がったタオルを片付け、ふと壁掛け時計を見上げれば、午前十時半過ぎ。
 至が書斎に入ってからもう二時間が経っていることを知り、静香はかすかに目を見開いた。

「何か飲み物を持って行った方が……あ、そうだ。お茶請けに、昨日焼いたマフィンを」

 仕事を頑張る夫に自分が今出来る事を。
 思いついた差し入れ案に一人頷くと、マキシ丈のフレアスカートを靡かせ、静香は小走りでキッチンへ急いだ。





 至が好んで飲む紅茶を淹れ、保温機能付きのティーポットに移し替えた静香は、空のティーカップと手作りマフィンも一緒にトレイに乗せ、書斎前へやってきた。
 ――コンコンコン。
 仕事の邪魔にならないよう、控えめにノックをし、そっと扉を開け中の様子をうかがう。

「ああ……ああ、わかった。それじゃあ次は……」

 部屋の中央に鎮座するデスクの上に置かれたパソコン越しに、画面を見つめる夫の目元を覗き見ることが出来た。

(声、かけない方がいいわね)

 ウェブカメラを使った会議をすると聞いていた静香は、まさにその最中なのだろうと察することが出来た。
 入り口すぐ横に置いてある背の低い棚の上に、持って来たトレイを置いた彼女は、夫に何も声をかけることなく、静かに扉を閉め立ち去っていく。



(お仕事中の至さん、格好よかった)

 普段じゃ滅多に見られない夫の仕事姿を間近で見られた嬉しさに、つい足取りが軽くなる。
 家の中に居ると、彼の蕩ける様な甘い優しさばかりに目が行きがちだが、仕事モードな至は自分に対するそれと少し違っているように思えた。
 パソコンを見つめる視線の鋭さや、声色のかたさ、初めて見る夫の姿に、静香は一人悶える。
 ドキドキと高鳴る心音に意識を半分持って行かれながら、火照る頬を両手で押さえ、そそくさと戻ってきたキッチンの片隅で深呼吸を意識した。

(お昼はどうしよう)

 そのまま意図して気を紛らわせるように、昼食の献立について思い悩みながらエプロンを外そうと背中へ両腕を回す。
 すると、指先がエプロンの紐に触れるより先に、背後から何かに両腕を掴まれた。

「……っ」

 突然のことに驚いて後ろを振り向こうとすれば、静香の身体はすっぽりと心地よい温もりに包まれる。
 驚いて声が出ない静香の目に映ったのは、自分を見下ろし目を細める夫の顔と、腹部に回された彼の両腕。

「え? 至、さん? あの、お仕事、は?」

 お昼時まで仕事と聞いていた静香は、この場に居るはずの無い夫の登場に驚きを隠せなかった。
 しかも、たった数分前まで、彼がパソコンの前に座っていたことを、自分の目で確認しているから猶更驚いてしまう。

「三十分程休憩を取ることしたんだ。ずっとパソコンを睨みつけたままじゃ、皆疲れるからな」

 至はそう言って、状況を飲み込めていない妻の身体を更に抱き込んでいく。
 静香は、唐突に訪れた夫と二人きりの時間に感激しつつ、彼の口から聞こえてきた休憩という言葉を理解しすぐにアタフタと狼狽える。

「そ、それならお茶を! さっき、持って行ったのですけれど、また淹れなおします」

 さっき差し入れたモノに彼は気づかなかったのだろうか。
 そんな疑問を感じつつ、また新たにお茶の用意をと意気込む静香。
 食器棚へ目を向けると、その耳元でクスクスと楽しげに笑う声が聞こえ、反射的に振り向く。
 どうしたのかと思い小首を傾げると、静香の耳に、夫の甘い熱情の籠った声がまとわりついた。

「紅茶とお菓子は後でちゃんと頂くさ。今の休憩時間は、こっちが……静香が欲しい」

 熱の籠った囁き声が耳元で聞こえた瞬間、ねっとりと熱い舌が耳全体を舐め、クチュリとその舌先から響く水音が内耳から脳へ刺激を伝える。

「あンッ」

 欲情する夫の声に、ピクリと身体が震える。
 力が抜けた身体を、背後にいる至へ預けるように寄りかかれば、グイっと太ももに一際熱いものが押し付けられるのがわかった。

 ――クチュ、クチュ、チュ。

 そのまま、至は舌で妻の耳を責め立てながら、時に柔らかな耳たぶをしゃぶり愛撫する。

「あっ、あっ、はあ……至さん、お仕事がっ」

 いくら家にいるとは言え、今は仕事中。そんな状況で性急な夫の行動に、静香の中で理性が揺らいでいく。

「大丈夫だ。全員席を立って、思い思いに時間を過ごしている。昼時まで仕事を頑張るために、必要な時間だぞ」

 そう言った至は、続けざまに「他の奴も、きっと今頃同じことをしているさ」と、妻の耳元で甘く囁いた。

(本当、に?)

 他の社員達の休憩事情など知らない静香は、夫の言葉に疑心暗鬼になりつつ、呼吸を見出しながら再度背後にいる夫へ視線を向ける。
 その時、ふと下半身がやけにひんやりとしていることに気づいた。
 すると次の瞬間、一際強い刺激が静香の全身を駆け抜けていく。

「ああンッ!」

「それに、静香ももう待ちきれないみたいだしな」

 ビクッと跳ねるように震えた身体を夫に預け、断続的に続く快感に「あっ、ん、はあ」と静香は鳴き続ける。

 彼女の足を覆い隠していたはずのスカートは、いつの間にかたくし上げられており、ブラウスのボタンもすべて外され、静香は夫の前で素肌を晒していた。
 ブラウスから曝け出された胸を覆い隠す布は無く、ぷっくり膨れ上がった蕾が小刻みに震える。
 たくし上げられたスカートの裾からは、張りのある色白な尻が覗いていた。
 その前方、嬌声を上げる静香に断続的な快感を与え続ける至の指先は、しっかり処理を済ませ幼子のように丸見えな蜜壺から、止めどなく溢れ出す愛液を容赦なく掻きだしていく。

「静香、出来れば家の中では下着をつけないでくれないか? 俺が家にいる時限定で構わないから」

「ふぇっ!? ど、どうしてですか?」

 その唐突なお願いは、結婚してすぐ至の口から告げられた。
 突然のことに静香が真っ赤になって狼狽えると、至はそんな妻の耳元で囁く。

「可愛い静香を、より一層近くで感じたいんだ」

 流石に裸で居ろとは言わないから、とどこか楽しそうに笑う至の言葉に、静香は羞恥心でいっぱいになる。その戸惑いを舐めとるように、深く舌を絡めキスをされた静香は、理性まで絡めとられ、気づくと夫の頼みを受け入れていた。

「そうだ。下の毛も後で剃ってしまうか。大丈夫、絶対にお前を傷つけたりしないから」

 ――なんて爆弾発言も共に。
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