怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

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番外編

闇夜に潜む秘密1/志郎視点

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ダーク風味なおまけと言っていた話になります。
第32話と同じ夜に起こっていた出来事を志郎視点で書いています。
主人公たちが知ることの無い内容になるので、甘々で幸せな話だけ読みたいの!という方は、今すぐブラウザバックしてください。
閲覧は自己責任でお願いします。






 つがい探し週間五日目。
 深夜十一時過ぎ、志郎は後輩の菊田きくたと共に施設内の見回りをしていた。
 それぞれが懐中電灯を手に、明かりの消えた別館の廊下を無言で歩く。

「菊田、どうだ?」

 参加者の寝泊まりする部屋の前を通りながら、志郎は隣を歩く後輩に声をかける。

「あー……二、三か所は盛り上がってるみたいです」

 先輩の声に、菊田はげんなりした様子を見せながら答え、その姿を見た志郎は無言でポンと後輩の肩を叩く。
 菊田は小さい頃から人より聴覚が優れているらしく、普通の人には聞こえにくい小さな音が聞こえるそうだ。
 そのため、防音が施された部屋から漏れ聞こえる情事の音が、嫌でも耳に入る。
 普通の人なら聞こえない音が聞こえるというのは、割と気苦労があるらしく、志郎はつがい探しが終わると、毎回街に戻って後輩を労っている。

 志郎の耳には、特に変わった音や声は届いていない。だけど、隣に居る後輩から盛っている若者の情報を与えられ、苛立ちが増す。
 自分は愛しい妻と子供たちを家に残し、菊田は可愛い彼女と離れて、空しい日々の中で業務に励んでいるのに、何も知らない奴らは呑気なものだと、いつの間にか深いため息が口から漏れ出た。





 気が合う同性を見つけて、夜更かしをしつつお喋りをする参加者。
 気になる異性を見つけて、喋り明かしたり、セックスをしたりと盛り上がる参加者。
 小説や漫画の持ち込みを可能にしているため、読書にいそしむ参加者。
 起きていても暇だからと、さっさとベッドに入り眠る参加者。

 この施設に来る参加者のほとんどは、夜になると大体決まった行動を取る。
 十時過ぎには本館へ繋がる扉を施錠するため、彼らは基本的に暇を持て余す。
 そんな状況下で、何か問題が起こっていないかを毎晩交代で見回るのが、志郎を含めた政府派遣員の仕事の一つだ。

 一階から順に見回りを終え、残るは最上階のみ。
 最後まで見回ったら、あとは帰り際に各階を軽く見通して確認業務終了。深夜にもう一度見回りはあるが、それは別のペアが担当などで、志郎と菊田はこのまま就寝。
 とりあえず何事もなく一日が終わる。
 二人揃って、そんなことを考えていた。

「先輩……あれ」

 最上階の廊下を少し進んだ時、数歩前を歩いていた菊田が立ち止まり、顎をしゃくって前方を示す。

「ん?」

(あー……)

 何があるのかと思い目を向けた数秒後、志郎は悟ってしまう。
 今夜床に就くのは、十中八九日付が変わったあとだということを。

 内心盛大なため息を吐きながら見つめるのは、人気のない廊下に跪き、ある部屋へ侵入を試みる女性参加者の姿だった。





「何をしてるんですか、伊藤香里奈いとうかりなさん」

「……っ!」

 施錠されたドアの鍵を開けようと、何やらゴソゴソ動かしていた手がピタリと止まる。
 そして、自分の名前を呼ぶ声に驚いたのか、ビクッと身体を強張らせながら、今回の参加者の一人、伊藤香里奈は懐中電灯を手に持つ志郎と菊田の方を向いた。

「な、何でも無いわよ! 部屋の鍵を無くしちゃったから、どうにかして開けようとしてただけ」

 彼女は何事も無かったように立ち上がると、すぐに志郎たちへ向き直った。
 その動きはわずか数秒。その間に、彼女は右手に持っていた物を、パジャマのポケットにこっそり隠す。
 香里奈が隠したのは、どこにでもあるヘアピンだ。だけどその形状は真っ直ぐにのばしてあり、怪しさしかないものに成り下がている。
 大方、ドラマなどで見たピッキングの真似をしたかったのかと、志郎はすぐ答えを導き出す。

「可笑しいですね。貴女の部屋は確か……一〇五号室だったはずでは? それに、鍵を無くしたのなら、一階の入り口脇にある館内電話から、緊急無線を使って職員に連絡を入れればスペアの鍵がもらえるんですよ」

 志郎はポンポンと空いている手に懐中電灯を軽く打ちつけながら、小首を傾げる。
 その視線は手元ではなく、さっきから視線を泳がせる香里奈から離れない。

「それに……ここ、三〇八号室ですし」

 感情を殺した声を発した志郎は、意味も無く手元で遊んでいた懐中電灯を握り、そこから放たれる明かりをすぐそばにある部屋のドア上部へ向ける。
 懐中電灯が照らす“三〇八”のアラビア数字。三桁の数字は、彼女の嘘を明確にするには十分すぎた。

(大方、藤沢に夜這いでもかけようとしてたんだろ)

 昨日のごみ置き場での一件で、志郎たち政府側はこれまで以上に香里奈を警戒していた。
 美奈穂がダメなら、今度は光志へ標的を変える節操の無さには、驚きを通り越して呆れしか抱かない。
 無意識に冷めた視線を向けると、懐中電灯の光の先で、彼女の形相に怒りが満ちていく。

「許可なく他人の部屋へ侵入するなんて、ここが共同施設でも下手すりゃ住居侵入罪になりますよ。まあ、侵入だの何だの言う前に、この部屋に藤沢さんは寝泊まりしてませんから」

「なっ!? ちょっと、それはどういう……っ!」

 ここに探し求めていた人物はいないという事実を突きつけた瞬間、香里奈は大きく目を見開いた。
 そのまま、感情に任せ志郎に掴みかかろうとしたのか、一歩足を踏み出す。
 だけど彼女の手が志郎へのびるよりも先に、香里奈は糸の切れた操り人形のように、ガクッと力なくその場に倒れ込んだ。

「……っと」

 前方へ倒れる香里奈の身体を咄嗟に支え、志郎は床との接触を回避した。
 しっかり彼女の身体を支えられたことを確認した後、彼は顔をあげ小さく頷く。
 視線の先、丁度香里奈の背後には、志郎が気を引いている間に後ろへ回り込んだ菊田が、片手を宙に浮かせたまま無表情でたたずんでいた。
 香里奈が気絶したのは、菊田が手刀で背後から首を狙ったせい。

「先に行っててくれ」

「わかりました」

 志郎は、気絶して重くなった香里奈の身体を菊田に預けると、おもむろに妨害電波遮断装置と自分のスマホを取り出す。
 香里奈を預けられた菊田は、意識の無い彼女を横抱きにすると、志郎に一礼しその場を離れていった。
 部下の後ろ姿を見送りながら、慣れた手つきである番号を呼び出した志郎は、スマホを耳元へ近づける。

「兼治、まだ起きてるだろう? 伊藤香里奈、確保完了。地下に集合、よろしく」

 数回のコール音が聞こえた後、繋がった先にいる相手の言葉を待たず、用件だけを伝え電話を切った。
 そのまま装置の電源をオフにし、スマホと共に元の場所へ戻しながら、志郎は後輩の後を追うようにゆっくり歩き出した。
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