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番外編
知らなくても良いこと2☆/光志視点
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声をかけてくれた男性に事情を話せば、ケラケラと笑われたあとに「ついてきな」と言われ、家庭用より大きな洗濯機が並ぶ一室へ案内された。
その室内は、まるでコインランドリーに来たのかと錯覚しかけるほど、雰囲気に大差は無かった。
ガコンガコンと、朝早くから稼働する大型洗濯機の横で、数人のスタッフがアイロンを手に作業をしている。
そのうちの一人にシーツを預け、一緒に持っていたゴミは、既にいくつか小さなごみ袋が入っている大きな袋に入れるよう指示され、そこに投げ入れた。
毎朝、早起きする美奈穂の姿に驚いていた光志も、それより早く起きて仕事に勤しむスタッフたちを前にすれば、驚きすぎて上手く言葉が出て来ない。
「掃除や洗濯係って、こんな朝っぱらから仕事あるんすね」
「調理場の人たちだって、仕込みがあるんだから似たようなものよ」
光志の質問に答えたのは、四十代の女性スタッフだった。
調理場という言葉を聞き、スタッフの仕事が交代制なことを思い出した光志の中に、ある疑問が浮かぶ。
(そういや、美奈穂が言ってたな。自分は料理が超上手いわけじゃないのに、調理場専門にされたって……)
「あの、ちょっと質問いいっすか?」
恋人が抱く謎の答えを聞ければと思い、光志はおもむろに口を開いた。
その声に、作業をする全員が一瞬光志に視線を向ける。しかし、誰一人として手を止めず働き続けていた。
「ここのスタッフって、毎日交代で調理場と掃除と洗濯の分担を決めてるんすよね?」
「ああ、そうだぞ」
ダメなどの否定的な返事がなかったため、光志は続けざまに新しい質問を投げかける。
すると、今度は別の男性スタッフが彼の疑問を肯定してくれた。
「自分は料理のプロじゃないのに、どうして調理以外を任せてもらえないのかって……美奈穂がすごい不思議がってたんすよ」
「……あー」
「そこかあー」
働き続ける彼らの様子を気にしつつ、邪魔をしないよう心掛けながら、光志は手短に話そうと本題を切り出した。すると至る所から、苦笑交じりの声や頷きなどの反応が次々と返ってくる。
その様子に驚いたせいで、一瞬光志の反応が遅れた。
だけどすぐに、この場に居る自分以外の全員が答えを知っているのだと悟る。
「どうして、美奈穂は料理以外やらせてもらえないんすか? あいつ、ちょっとトロい所はあるけど、教えれば何でも一生懸命やるだろ」
「確かに一生懸命仕事してる様子は、俺らも調理場で何度か見たからわかるぞ? 慣れなくても、俺たちが教えりゃ、すぐに覚えるだろうってのも理解してる。だけどなあ……掃除や洗濯に関する実質的な問題、でもねぇんだよなー」
首を傾げた光志に、男性スタッフの一人がため息を吐きながら返答する。
どこか含みのある言い方に、何が問題なのかと光志は首を傾げた。
彼の眉間に無意識に寄った皺を見て、別のスタッフが説明を引き継ぐように口を開く。
「掃除や洗濯って、基本参加者が使ってる部屋に入るだろう? そこで、美奈穂ちゃんが、参加者と鉢合わせするのを避ける目的があるんだよ。変な奴に絡まれた時、あの子一人じゃ絶対逃げ切れないだろう?」
(確かに……)
返ってきた言葉に、光志は無言のまま大きく頷いた。
スタッフたちの言う通り、想像しただけでも、最愛の恋人は絡まれても終始顔を真っ赤にしてアタフタ狼狽える様子しか思い浮かばない。
相手を無視して逃げるなり、他のスタッフに助けを求めたりするなりしてくれればいいが、冷静な判断力は瞬時に頭の外に押し出されてパニックを起こすに違いない。
「それと、理由はもう一つ。普通の掃除や洗濯なら、もちろん美奈穂ちゃんにだって手伝ってもらいたい。だけど、ここのはちょっと特殊だからな」
「せめて美奈穂ちゃんが、ラブホの清掃バイト経験しててくれればなあ……」
「あの子が、そんなバイトに応募するわけないでしょうに」
尚も続く説明に、どこか遠くを見つめながらぼやく男の声が聞こえた。すかさず、その番の女性がバシッと男の肩を叩く。
(は? ラブホ? ん!?)
自分抜きで始まったスタッフたちのやりとりに、光志は呆気にとられ、無言のまましばらくかたまる。
その時、本館に寝床を移した日の夜に兼治から言われた言葉が、ふと蘇った。
『この集まり、毎回どっかこっかで、番とか関係なく盛り上がった勢いでヤりたがる奴らが居るんだよ』
「もしかしなくても……美奈穂に料理以外やらせない理由って、あいつが初心すぎるからヤった痕跡が残る部屋やゴミを見せないようにするため、なのか?」
まさか、と思いながら、光志は思い至った仮説を声に出し、問いかける。
すると、自分たちだけで話していたスタッフ全員が光志の方を向き、一斉に重々しく頷く姿を見た。
仮説が真実だと言わんばかりの反応に、光志は心の底から納得する反面、目の前にいる大人たちの反応に呆れかえる。
(俺自身、美奈穂を甘やかしてる自覚はあるけど……この人たちもあいつに対しては激甘だよな)
自分の恋人に対するスタッフたちの態度は、まさに溺愛する我が子へ向ける愛情に通ずるもの。
それを美奈穂以外のスタッフ全員が良しとしている現状に驚きつつ、光志はすっかり居座ってしまった作業場を出るため、重い腰を上げる。
知ったばかりの答えを口外する日は、きっと一生来ないだろうと思いながら。
その室内は、まるでコインランドリーに来たのかと錯覚しかけるほど、雰囲気に大差は無かった。
ガコンガコンと、朝早くから稼働する大型洗濯機の横で、数人のスタッフがアイロンを手に作業をしている。
そのうちの一人にシーツを預け、一緒に持っていたゴミは、既にいくつか小さなごみ袋が入っている大きな袋に入れるよう指示され、そこに投げ入れた。
毎朝、早起きする美奈穂の姿に驚いていた光志も、それより早く起きて仕事に勤しむスタッフたちを前にすれば、驚きすぎて上手く言葉が出て来ない。
「掃除や洗濯係って、こんな朝っぱらから仕事あるんすね」
「調理場の人たちだって、仕込みがあるんだから似たようなものよ」
光志の質問に答えたのは、四十代の女性スタッフだった。
調理場という言葉を聞き、スタッフの仕事が交代制なことを思い出した光志の中に、ある疑問が浮かぶ。
(そういや、美奈穂が言ってたな。自分は料理が超上手いわけじゃないのに、調理場専門にされたって……)
「あの、ちょっと質問いいっすか?」
恋人が抱く謎の答えを聞ければと思い、光志はおもむろに口を開いた。
その声に、作業をする全員が一瞬光志に視線を向ける。しかし、誰一人として手を止めず働き続けていた。
「ここのスタッフって、毎日交代で調理場と掃除と洗濯の分担を決めてるんすよね?」
「ああ、そうだぞ」
ダメなどの否定的な返事がなかったため、光志は続けざまに新しい質問を投げかける。
すると、今度は別の男性スタッフが彼の疑問を肯定してくれた。
「自分は料理のプロじゃないのに、どうして調理以外を任せてもらえないのかって……美奈穂がすごい不思議がってたんすよ」
「……あー」
「そこかあー」
働き続ける彼らの様子を気にしつつ、邪魔をしないよう心掛けながら、光志は手短に話そうと本題を切り出した。すると至る所から、苦笑交じりの声や頷きなどの反応が次々と返ってくる。
その様子に驚いたせいで、一瞬光志の反応が遅れた。
だけどすぐに、この場に居る自分以外の全員が答えを知っているのだと悟る。
「どうして、美奈穂は料理以外やらせてもらえないんすか? あいつ、ちょっとトロい所はあるけど、教えれば何でも一生懸命やるだろ」
「確かに一生懸命仕事してる様子は、俺らも調理場で何度か見たからわかるぞ? 慣れなくても、俺たちが教えりゃ、すぐに覚えるだろうってのも理解してる。だけどなあ……掃除や洗濯に関する実質的な問題、でもねぇんだよなー」
首を傾げた光志に、男性スタッフの一人がため息を吐きながら返答する。
どこか含みのある言い方に、何が問題なのかと光志は首を傾げた。
彼の眉間に無意識に寄った皺を見て、別のスタッフが説明を引き継ぐように口を開く。
「掃除や洗濯って、基本参加者が使ってる部屋に入るだろう? そこで、美奈穂ちゃんが、参加者と鉢合わせするのを避ける目的があるんだよ。変な奴に絡まれた時、あの子一人じゃ絶対逃げ切れないだろう?」
(確かに……)
返ってきた言葉に、光志は無言のまま大きく頷いた。
スタッフたちの言う通り、想像しただけでも、最愛の恋人は絡まれても終始顔を真っ赤にしてアタフタ狼狽える様子しか思い浮かばない。
相手を無視して逃げるなり、他のスタッフに助けを求めたりするなりしてくれればいいが、冷静な判断力は瞬時に頭の外に押し出されてパニックを起こすに違いない。
「それと、理由はもう一つ。普通の掃除や洗濯なら、もちろん美奈穂ちゃんにだって手伝ってもらいたい。だけど、ここのはちょっと特殊だからな」
「せめて美奈穂ちゃんが、ラブホの清掃バイト経験しててくれればなあ……」
「あの子が、そんなバイトに応募するわけないでしょうに」
尚も続く説明に、どこか遠くを見つめながらぼやく男の声が聞こえた。すかさず、その番の女性がバシッと男の肩を叩く。
(は? ラブホ? ん!?)
自分抜きで始まったスタッフたちのやりとりに、光志は呆気にとられ、無言のまましばらくかたまる。
その時、本館に寝床を移した日の夜に兼治から言われた言葉が、ふと蘇った。
『この集まり、毎回どっかこっかで、番とか関係なく盛り上がった勢いでヤりたがる奴らが居るんだよ』
「もしかしなくても……美奈穂に料理以外やらせない理由って、あいつが初心すぎるからヤった痕跡が残る部屋やゴミを見せないようにするため、なのか?」
まさか、と思いながら、光志は思い至った仮説を声に出し、問いかける。
すると、自分たちだけで話していたスタッフ全員が光志の方を向き、一斉に重々しく頷く姿を見た。
仮説が真実だと言わんばかりの反応に、光志は心の底から納得する反面、目の前にいる大人たちの反応に呆れかえる。
(俺自身、美奈穂を甘やかしてる自覚はあるけど……この人たちもあいつに対しては激甘だよな)
自分の恋人に対するスタッフたちの態度は、まさに溺愛する我が子へ向ける愛情に通ずるもの。
それを美奈穂以外のスタッフ全員が良しとしている現状に驚きつつ、光志はすっかり居座ってしまった作業場を出るため、重い腰を上げる。
知ったばかりの答えを口外する日は、きっと一生来ないだろうと思いながら。
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