60 / 69
番外編
願うのは笑顔2/光志視点
しおりを挟む
スタッフたちと一緒にお昼を食べた後、予備のスタッフエプロンとサングラスで軽く変装した光志は、珍しく食堂に居残った。
「え!? そんじゃお前のマネージャーも番持ちってことなのか?」
「そうらしい。相楽に、ノーパソに入ってたリスト見せてもらったけど……マネージャーの顔写真と名前がばっちり載ってた」
「へえ……世間って意外と狭いもんだな」
食育資料作りの手伝いも大方終わり、出来上がった資料の束を整える千草の横で、兼治を相手に午前中味わった衝撃をぼやく。
他人の個人情報を勝手に漏らしていいものか。なんて理性が働いたのはほんの一瞬。
自分の中でくすぶり続ける衝撃を誰かと共有したい一心で、気づけば夫妻の前で口を滑らせていた。
(まあ……この二人なら大丈夫だろ)
口は堅いはずだと自問自答で答えを見つけ、すっかり汗をかいたグラスを手に取り、薄まった麦茶を喉に流し込む。
「俺、倉本さんとは毎日会ってるのに、全然気づかなかった」
「それが普通だ。番に関する情報は他言無用。誰彼構わずベラベラ喋るもんじゃねえ」
肩をすくめる兼治の言葉に、数日前に聞いた志郎の説明を思い出す。
少し生真面目なところがある倉本の性格を考えれば、政府にとって彼はお手本のような人に違いない。
そんな自分の考えに妙に納得するから不思議だ。
(……美奈穂のやつ、早く戻ってこねえかな)
一息つき、兼治と千種が話し始めた姿を横目に、光志の視線はつい調理場へ続く扉に向いてしまう。
数分前、ゴミ出しに行くと出て行った番の帰りを、彼は今か今かと待ち望んでいた。
もうすぐ参加者たちの夕食タイムが始まる。
そうなれば、一旦自分は部屋へ引っ込まなくちゃいけない。
食堂の壁にかかった時計を気にしつつ、部屋へ行く前にもう一度美奈穂の顔が見たい、出来れば頭を撫でてやりたいと欲が顔を出す。
――ドンドン、ドンドン!
「……っ!?」
もういっその事、調理場のそばで待っていた方がいいか。
なんて考えが頭を過った時、突然調理場の方から乱暴にドアを叩く音が聞こえた。
騒音に驚き、光志は思わずテーブルに手をついてその場に立ち上がる。
「なんだ、なんだ? 誰か腹でも壊したか? それとも女取り合って殴り合いでもしてんのか?」
唖然とする光志とは対照的に、同じように椅子から腰を上げた兼治の顔には余裕がうかがえる。
「え? そんなガキの喧嘩みたいなこと、本当にここで起きるのか?」
「ああ、前にあったぞ。ザ・大和撫子って感じの生粋なお嬢様を巡って、男共がめっちゃ殴り合ってた」
欠伸を噛み殺す姿と、彼の口から飛び出した言葉のアンバランスさは、より一層光志を驚かせた。
聞くだけなら、安っぽいドラマみたいな内容。だけど、それを現実に目にしたと言う兼治が嘘をついているとは考えにくい。
前例があってこその余裕なのかもしれない。いや、その余裕は今あっていいものか?
ドアを叩く音がおさまったと気づかないまま、光志は勝手に自分の中で思い悩み首を傾げる。
「藤沢!」
そんな最中、不意に意識が引き戻される。
光志を現実へ呼び戻したのは、調理場から聞こえる大きな声だった。
「藤沢君、早くこっちに!」
「光志君、早く早く!」
夕食の準備をしていたスタッフたちが、一人、また一人と自分を呼ぶ。
その声は、酷く慌てたものばかりだ。バンバンと乱暴に受け渡し口の縁を叩いている人までいる。
口々に自分を呼ぶ声に、どうしていいかわからず光志は思わず兼治の方を向く。
そして目に留まったのは、さっきまでの呑気な表情を消し、眉間に皺を寄せる医者の姿だった。
自分を呼ぶ焦った複数の声、そして医師である兼治の表情。
二つの情報が、光志の心を焦りと不安で覆い隠す。
尚も自分を呼ぶ声のもとへ急いで駆けつけると、兼治もすぐそばに駆け寄ってきた。
「何かあったんすか?」
「美奈穂ちゃんが、ヤバいのに絡まれてるっぽい」
(……は?)
「説明会の時に騒いでた女の子が居たでしょう? あの子が、美奈穂ちゃんの後を追いかけていくのを、この子が見たんだって」
ようやく、最愛の恋人の名前が他人の口から飛び出す状況に慣れ始めたというのに、その後に続いた言葉のせいで光志の理解がワンテンポ遅れる。
そんな彼を尻目に、調理場にいるスタッフたちは、次々と新しい情報をポンポン与えて来た。
そして最後に、数人が少しずつ場所を移動し、光志に調理場内を見えるようにしていく。
「お、まえ……」
みんなのかげに隠れ見えなかった人影が姿をあらわすと、光志は大きく目を見開き、息を呑んだ。
「この子が、急いで教えに来てくれたんだよ」
そう言って、一人の女性スタッフがそばにいる人物の背を軽く叩く。
『ぼ、僕大ファンなんです!』
そこに居たのは、施設へ来るバスの中で隣の席になった男性。
ブロシャのファンと照れ臭そうに言っていた、あの男だった。
「え!? そんじゃお前のマネージャーも番持ちってことなのか?」
「そうらしい。相楽に、ノーパソに入ってたリスト見せてもらったけど……マネージャーの顔写真と名前がばっちり載ってた」
「へえ……世間って意外と狭いもんだな」
食育資料作りの手伝いも大方終わり、出来上がった資料の束を整える千草の横で、兼治を相手に午前中味わった衝撃をぼやく。
他人の個人情報を勝手に漏らしていいものか。なんて理性が働いたのはほんの一瞬。
自分の中でくすぶり続ける衝撃を誰かと共有したい一心で、気づけば夫妻の前で口を滑らせていた。
(まあ……この二人なら大丈夫だろ)
口は堅いはずだと自問自答で答えを見つけ、すっかり汗をかいたグラスを手に取り、薄まった麦茶を喉に流し込む。
「俺、倉本さんとは毎日会ってるのに、全然気づかなかった」
「それが普通だ。番に関する情報は他言無用。誰彼構わずベラベラ喋るもんじゃねえ」
肩をすくめる兼治の言葉に、数日前に聞いた志郎の説明を思い出す。
少し生真面目なところがある倉本の性格を考えれば、政府にとって彼はお手本のような人に違いない。
そんな自分の考えに妙に納得するから不思議だ。
(……美奈穂のやつ、早く戻ってこねえかな)
一息つき、兼治と千種が話し始めた姿を横目に、光志の視線はつい調理場へ続く扉に向いてしまう。
数分前、ゴミ出しに行くと出て行った番の帰りを、彼は今か今かと待ち望んでいた。
もうすぐ参加者たちの夕食タイムが始まる。
そうなれば、一旦自分は部屋へ引っ込まなくちゃいけない。
食堂の壁にかかった時計を気にしつつ、部屋へ行く前にもう一度美奈穂の顔が見たい、出来れば頭を撫でてやりたいと欲が顔を出す。
――ドンドン、ドンドン!
「……っ!?」
もういっその事、調理場のそばで待っていた方がいいか。
なんて考えが頭を過った時、突然調理場の方から乱暴にドアを叩く音が聞こえた。
騒音に驚き、光志は思わずテーブルに手をついてその場に立ち上がる。
「なんだ、なんだ? 誰か腹でも壊したか? それとも女取り合って殴り合いでもしてんのか?」
唖然とする光志とは対照的に、同じように椅子から腰を上げた兼治の顔には余裕がうかがえる。
「え? そんなガキの喧嘩みたいなこと、本当にここで起きるのか?」
「ああ、前にあったぞ。ザ・大和撫子って感じの生粋なお嬢様を巡って、男共がめっちゃ殴り合ってた」
欠伸を噛み殺す姿と、彼の口から飛び出した言葉のアンバランスさは、より一層光志を驚かせた。
聞くだけなら、安っぽいドラマみたいな内容。だけど、それを現実に目にしたと言う兼治が嘘をついているとは考えにくい。
前例があってこその余裕なのかもしれない。いや、その余裕は今あっていいものか?
ドアを叩く音がおさまったと気づかないまま、光志は勝手に自分の中で思い悩み首を傾げる。
「藤沢!」
そんな最中、不意に意識が引き戻される。
光志を現実へ呼び戻したのは、調理場から聞こえる大きな声だった。
「藤沢君、早くこっちに!」
「光志君、早く早く!」
夕食の準備をしていたスタッフたちが、一人、また一人と自分を呼ぶ。
その声は、酷く慌てたものばかりだ。バンバンと乱暴に受け渡し口の縁を叩いている人までいる。
口々に自分を呼ぶ声に、どうしていいかわからず光志は思わず兼治の方を向く。
そして目に留まったのは、さっきまでの呑気な表情を消し、眉間に皺を寄せる医者の姿だった。
自分を呼ぶ焦った複数の声、そして医師である兼治の表情。
二つの情報が、光志の心を焦りと不安で覆い隠す。
尚も自分を呼ぶ声のもとへ急いで駆けつけると、兼治もすぐそばに駆け寄ってきた。
「何かあったんすか?」
「美奈穂ちゃんが、ヤバいのに絡まれてるっぽい」
(……は?)
「説明会の時に騒いでた女の子が居たでしょう? あの子が、美奈穂ちゃんの後を追いかけていくのを、この子が見たんだって」
ようやく、最愛の恋人の名前が他人の口から飛び出す状況に慣れ始めたというのに、その後に続いた言葉のせいで光志の理解がワンテンポ遅れる。
そんな彼を尻目に、調理場にいるスタッフたちは、次々と新しい情報をポンポン与えて来た。
そして最後に、数人が少しずつ場所を移動し、光志に調理場内を見えるようにしていく。
「お、まえ……」
みんなのかげに隠れ見えなかった人影が姿をあらわすと、光志は大きく目を見開き、息を呑んだ。
「この子が、急いで教えに来てくれたんだよ」
そう言って、一人の女性スタッフがそばにいる人物の背を軽く叩く。
『ぼ、僕大ファンなんです!』
そこに居たのは、施設へ来るバスの中で隣の席になった男性。
ブロシャのファンと照れ臭そうに言っていた、あの男だった。
0
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる