怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

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番外編

願うのは笑顔2/光志視点

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 スタッフたちと一緒にお昼を食べた後、予備のスタッフエプロンとサングラスで軽く変装した光志は、珍しく食堂に居残った。

「え!? そんじゃお前のマネージャーも番持ちってことなのか?」

「そうらしい。相楽に、ノーパソに入ってたリスト見せてもらったけど……マネージャーの顔写真と名前がばっちり載ってた」

「へえ……世間って意外と狭いもんだな」

 食育資料作りの手伝いも大方終わり、出来上がった資料の束を整える千草の横で、兼治を相手に午前中味わった衝撃をぼやく。
 他人の個人情報を勝手に漏らしていいものか。なんて理性が働いたのはほんの一瞬。
 自分の中でくすぶり続ける衝撃を誰かと共有したい一心で、気づけば夫妻の前で口を滑らせていた。

(まあ……この二人なら大丈夫だろ)

 口は堅いはずだと自問自答で答えを見つけ、すっかり汗をかいたグラスを手に取り、薄まった麦茶を喉に流し込む。

「俺、倉本さんとは毎日会ってるのに、全然気づかなかった」

「それが普通だ。番に関する情報は他言無用。誰彼構わずベラベラ喋るもんじゃねえ」

 肩をすくめる兼治の言葉に、数日前に聞いた志郎の説明を思い出す。
 少し生真面目なところがある倉本の性格を考えれば、政府にとって彼はお手本のような人に違いない。
 そんな自分の考えに妙に納得するから不思議だ。

(……美奈穂のやつ、早く戻ってこねえかな)

 一息つき、兼治と千種が話し始めた姿を横目に、光志の視線はつい調理場へ続く扉に向いてしまう。
 数分前、ゴミ出しに行くと出て行った番の帰りを、彼は今か今かと待ち望んでいた。

 もうすぐ参加者たちの夕食タイムが始まる。
 そうなれば、一旦自分は部屋へ引っ込まなくちゃいけない。
 食堂の壁にかかった時計を気にしつつ、部屋へ行く前にもう一度美奈穂の顔が見たい、出来れば頭を撫でてやりたいと欲が顔を出す。

 ――ドンドン、ドンドン!

「……っ!?」

 もういっその事、調理場のそばで待っていた方がいいか。
 なんて考えが頭を過った時、突然調理場の方から乱暴にドアを叩く音が聞こえた。





 騒音に驚き、光志は思わずテーブルに手をついてその場に立ち上がる。

「なんだ、なんだ? 誰か腹でも壊したか? それとも女取り合って殴り合いでもしてんのか?」

 唖然とする光志とは対照的に、同じように椅子から腰を上げた兼治の顔には余裕がうかがえる。

「え? そんなガキの喧嘩みたいなこと、本当にここで起きるのか?」

「ああ、前にあったぞ。ザ・大和撫子って感じの生粋なお嬢様を巡って、男共がめっちゃ殴り合ってた」

 欠伸を噛み殺す姿と、彼の口から飛び出した言葉のアンバランスさは、より一層光志を驚かせた。
 聞くだけなら、安っぽいドラマみたいな内容。だけど、それを現実に目にしたと言う兼治が嘘をついているとは考えにくい。

 前例があってこその余裕なのかもしれない。いや、その余裕は今あっていいものか?

 ドアを叩く音がおさまったと気づかないまま、光志は勝手に自分の中で思い悩み首を傾げる。

「藤沢!」

 そんな最中、不意に意識が引き戻される。
 光志を現実へ呼び戻したのは、調理場から聞こえる大きな声だった。



「藤沢君、早くこっちに!」

「光志君、早く早く!」

 夕食の準備をしていたスタッフたちが、一人、また一人と自分を呼ぶ。
 その声は、酷く慌てたものばかりだ。バンバンと乱暴に受け渡し口の縁を叩いている人までいる。
 口々に自分を呼ぶ声に、どうしていいかわからず光志は思わず兼治の方を向く。
 そして目に留まったのは、さっきまでの呑気な表情を消し、眉間に皺を寄せる医者の姿だった。



 自分を呼ぶ焦った複数の声、そして医師である兼治の表情。
 二つの情報が、光志の心を焦りと不安で覆い隠す。
 尚も自分を呼ぶ声のもとへ急いで駆けつけると、兼治もすぐそばに駆け寄ってきた。

「何かあったんすか?」

「美奈穂ちゃんが、ヤバいのに絡まれてるっぽい」

(……は?)

「説明会の時に騒いでた女の子が居たでしょう? あの子が、美奈穂ちゃんの後を追いかけていくのを、この子が見たんだって」

 ようやく、最愛の恋人の名前が他人の口から飛び出す状況に慣れ始めたというのに、その後に続いた言葉のせいで光志の理解がワンテンポ遅れる。
 そんな彼を尻目に、調理場にいるスタッフたちは、次々と新しい情報をポンポン与えて来た。
 そして最後に、数人が少しずつ場所を移動し、光志に調理場内を見えるようにしていく。

「お、まえ……」

 みんなのかげに隠れ見えなかった人影が姿をあらわすと、光志は大きく目を見開き、息を呑んだ。

「この子が、急いで教えに来てくれたんだよ」

 そう言って、一人の女性スタッフがそばにいる人物の背を軽く叩く。

『ぼ、僕大ファンなんです!』

 そこに居たのは、施設へ来るバスの中で隣の席になった男性。
 ブロシャのファンと照れ臭そうに言っていた、あの男だった。
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