怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

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番外編

“知る”ということ4/光志視点

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 その後も兼治の説明は続く。
 夫婦揃って記憶操作が出来る番は、兼治と千草の他には誰も居ないらしい。
 だからなのか、それとも単なる偶然か。こうして、表向きは医師として駆り出されることが多いそうだ。
 もちろん医師として、急病人が出た時や、今回のように番になった男女の診察など、その都度対応はする。
 でも自分たちがこの場にいる一番の目的は、この未知な力を行使するためだ。
 そう、彼は教えてくれた。

「嫌に、ならないのか? そんなことばっかりしてて。嫌なら、断りゃいいだろう?」

「まっ、極論で言えばそうなるんだけどなー。そうも言ってられねえんだよ。俺たち、多分他の番より待遇良くしてもらってるから……その分政府にお返ししなきゃ、なあ?」

 光志が頭に浮かんだ疑問を投げかける。けれど兼治は、その問いかけをのらりくらりとかわし、無難な答えを返すばかりだ。

「俺たちには、本音を言えないってことなのか? こんなことまで話しておいて」

「いやいや、全部事実だっての。マジで待遇良くしてもらってるから」

 新しく問いを投げかけると、また兼治はケラリと笑う。その言葉を素直に受け取れば良いと分かっていても、光志にはそれが出来ない。
 三十年間、自分の周りにいる人たちの感情を、言動から得られる心の機微を敏感に感じ取ってきた。そのせいで身についた癖に似た感覚が告げる。

(こいつ……まだ何か隠してやがる)

 勘とも言えるそれに気づきながら、光志は口を閉ざした。
 これ以上追及しても、暖簾に腕押し状態が続くだけ。
 そんな判断を、頭の片隅から顔を覗かせる理性が下した。

 一見すると正反対な性格に見える兼治と志郎。だけど二人は、どこか似た者同士。
 二人は食えない奴。そう認識を改めた光志は、自分たちのやりとりを苦い顔で見つめていた良晴の姿を視界にとらえた。
 ああ、この人がこんな顔をするんだったら、きっと嘘は無いんだろうな。
 なんて、自分勝手な確証を得て心底納得する反面、ふと疑問に思う。
 今はこの場に居ない志郎と、深い所で同類の兼治。そんな二人と、なぜこの男は仲が良いのか。
 三人の関係性に内心首を傾げながら、今日はもうこれ以上頭を使いたくないと叫ぶ本能が、光志の意識を目の前にある疑問から無理矢理逸らさせた。

 面倒ごとには自分から首を突っ込まない。
 恋愛関係、金銭トラブル、教師との対立。学生時代、今も一緒にバンドを続けている仲間と過ごした時間の中で得た教訓を胸に、彼は小さく息を吐いた。





 説明は終わったと、調理場へ戻っていく良晴。
 その後ろ姿を見送った光志たちは、志郎が戻ってくるまでの間、他愛もない話をポンポンと交わす。
 番が居る生活とはどういうものか、なんて話も聞いてみたいとは思った。
 とは言っても、聞けば最後、終始惚気られるだけな気がしたし、もう今日はややこしい話を聞きたくないと、光志は思考レベルを一時的に下げた。

 電話を終え、志郎が食堂へ戻ってきたのは十五分程経った頃。
 今日はもう、美奈穂を部屋で休ませた方がいい。
 開口一番そんな発言をする男に頷いた光志は、今まで腕に抱きかかえていた番を横抱きに抱える。
 俗に言うお姫様抱っこというやつだ。

「うわ、軽っ! こいつ……ちゃんと飯食ってんのか?」

 これまで、男の癖に「先輩、抱っこー!」と、酒に酔った勢いで絡んでくる後輩を膝の上に乗せたり、横抱きにしたことがある。
 性別をこえて比べるのはどうかと思うけれど、今腕の中に居る番は、明らかに軽すぎて若干怖くなった。

「きっと、栄養とかもしっかり取れて無いだろうし、食事量も普通より少ないんだろうな。これから、もうちょい太らせた方がいい」

「でも急には駄目よ。今は胃が小さくなってると思うから、急に詰め込むのは良く無いわ。お夕食……美奈穂ちゃんゆっくり食べてたし、三分の二くらいで箸を止めたから、まずはこの一週間で少しずつ慣らしていきましょう」

 中原夫妻の助言を受けながら、食堂で夕食を食べた時のことを思い返す。
 千草の言う通り、美奈穂の食事スピードはゆっくりだったし、彼女は一人前を完食しなかった。
 残ったものが勿体ないとオロオロする美奈穂を見て、横から箸をのばし余ったおかずや白米を消化したのは、他ならぬ光志だったりする。
 あの量でもきっと無理をして食べていた。
 そう言葉を続ける千草の声に、つい番を抱える腕に力が入った。





 志郎に案内され、スタッフ達が寝泊まりする部屋のある本館最上階へ上がる。
 普通なら階段を使って上へ上がるらしいが、今回は特別に施設内奥にあるエレベーターを使うことになった。
 いまだ眠り続ける美奈穂を心配してか、彼女のエプロンや認定証が入った筒を持った中原夫妻が光志たちの後に続く。
 エレベーターの利用は、美奈穂と千草のためだから、と何故か志郎から再三注意され続けた。

 どうやら別館にも同じタイプのエレベーターが設置されているらしい。けれど、基本志郎達役人側の人間がパスワードを入力しないと稼働しない仕組みになっているそうだ。
 だから、もし別館で参加者がエレベーターを発見しても、絶対に利用出来ないんだとか。
 このエレベーターは基本、急病人が出た時や、重い荷物の運搬などに使うらしく。どちらにしろ、志郎や他の役人達がそばについていないと駄目らしい。

「俺……美奈穂が気失ってから、そっちの裏事情めっちゃ聞いてる気がすんだけど……いいのかよ、そんな軽々しく話しちまって」

「藤沢さんは、他人に秘密を言いふらすような人では無いと思ってるから大丈夫だよ。なんなら……裏事情もっと知っちゃう? 歓迎するよ、こっち側に来ること」

「ヘイ、カモーン」

「相楽さん! アナタも! 藤沢さんをあまりからかわないでくださいっ!」

「えー、これからが面白い所だってのに……」

「このくらいのおふざけしてないと、やってらんないんですけどね」

 ただの一参加者でしかない自分に、彼らは色々情報を与えすぎてるんじゃないか。
 なんて心配が頭の中を過った瞬間、光志は心の中に感じた小さな不安を声にしていた。
 だけど返ってきた声は、男二人のあっけらかんとした言葉だけ。
 ニコニコとまたきな臭い笑みを浮かべる志郎だけじゃなく、兼治までが手招きをして悪い笑みを浮かべている。
 この場で一番常識のある千草の言葉だけが、二人の暴走を食い止めてくれた。
 彼女の声を聞いて一応大人しくなった男たち。だけどその口からこぼれるのは、どっちも不満げな言葉ばかりだ。

 そんな事より、早く美奈穂をふかふかのベッドに寝かせてあげたい。

 三人の姿を尻目に、口を閉ざした光志は、一刻も早くエレベーターが目的階へ着くことだけを願った。
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