怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

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番外編

“知る”ということ3/光志視点

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 今自分達がいる敷地内では、スマホやパソコン、つまり電話やネットは繋がらない。
 その情報を光志が目にしたのは、説明会で配られた資料を部屋で見た時。
 流し見ただけでもわかるくらい、パソコンとスマホのイラストに大きなバツ印がついていたのをはっきり覚えている。
 内心、絶対文句を言う奴が続出するだろうな、なんて思っていたけれど、自分には関係ないことだと大して気にも留めていなかった。
 しかし、今となっては話が別だ。
 敷地内と、場所が限定されているのなら、そこに居る人間は参加者だろうと、スタッフだろうと関係なくなる。
 そんな状況なのに、どうして志郎は平然としているのか、心底不思議で仕方なかった。

「ああ、それは……これのお陰だから」

「なんだ、その黒いの」

 イスに座ったままの志郎を見つめ、怪訝な表情を浮かべる光志。するとその疑問に答えるように、志郎はもう一度ジャケットのポケットへ手をのばし、何かを取り出した。
 取り出したものを手のひらに乗せると、志郎は躊躇なくそれを光志の方へ差し出す。
 彼の手に乗っているのは手のひらにすっぽりおさまる程小さい、電気製品の部品を思い起こさせる黒い物体だった。

「これは、妨害電波遮断装置。これさえ持っていれば、施設内に居ても外部と連絡が取れるってわけ。まあ……効果が出る範囲は半径数十センチ程度だから、これを持つか、ポケットとかに入れて電話しないと意味ないんだけどね」

「は? 妨害でん……って、もしかして、その電波ってののせいで連絡出来ないのか!? それなら、ここ、普通なら外と連絡とれるってことかよ」

「おお、そこにたどり着くの早いねー。偉い偉い。それじゃ、俺は少しでも早く連絡入れてくるから……えっと須藤さん、俺の代わりに説明役頼んでいいですか?」

「はい、了解しました」

 謎の物体について説明をした後、どこかこちらをおちょくるような口調で話した志郎は、その場に立ち上がると、光志の背後へ視線を向ける。
 そして彼が、良晴に説明の代役を願うと、今度は光志の後ろにいた良晴が頷いた。

「それでは皆さん、仕込みの続きをお願いします。中原さん達も居ますし、私たちが騒いでいたら美奈穂さんも心が落ち着かないでしょう。私も説明を終えたら戻りますので」

 それじゃあ、あとはよろしく。そう言って装置をポケットに戻し、ジャケットを手に持った志郎は調理場に続く扉へ向かっていった。

「なんであいつ、わざわざあっちに……」

「きっと、自室に戻るんですよ。相楽さん達の部屋には、彼らが持参した資料があるでしょうし、それを見ながら電話をかけるのかもしれません。私たちには聞かせたくない話もあるのでしょう」

 電話をかけるくらいなら、この場でも出来るはず。そう思って無意識に呟いた言葉に答えをくれたのは、続々と調理場へ戻るスタッフの中で、唯一この場に留まったメガネ男だった。



 医務室ではきちんと自己紹介が出来なかったからと、ついさっきまで志郎が座っていた席に腰を落ち着かせた良晴は、改めて自分の名前を名乗り、今回のスタッフリーダーを任されていると教えてくれた。
 美奈穂の診察をした兼治は、また何か異変があった時にすぐ対処出来るようさっきまで美奈穂が座っていた席、光志の隣の席へ腰かける。

「あんたも……相楽たちと同じ時に奥さん見つけたのか? 他のスタッフより、随分あいつと仲良さそうだけど」

「いいえ、私が相楽さんや中原さん達と出会ったのは、今回のようにスタッフとして裏方を任されるようになってからです。不思議とこの三人が揃うことが多いので、自然と」

 志郎のどこかきな臭い笑みとは違う純粋な微笑みを前にしてか、一度昂った光志の心は落ち着きを取り戻し、口調も少しずつ穏やかになっていく。
 少なくても、須藤の話なら少しは聞いてやってもいい。そう思うくらいの気持ちが持てる程の平静さを取り戻しつつあった。

「先程の話で、この施設周辺には妨害電波が発生していること、そしてそれを遮断する装置があの小さな機械であることについては……理解しましたか?」

「ああ。なんでそんなことしてんのか、さっぱり意味わかんねえけど、政府側の人間が、俺たち参加者に隠れて何かしてるって事は理解出来た」

 思った気持ちを素直に吐き出すと、何故か前方、そして左右からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
 なぜ自分が笑われなければいけないのかと思い、三人を見回せば、笑った口元を隠す千草が「ごめんなさいね。あまりにも素直だから」と、申し訳なさそうに声を出した。

「調理場からも、貴方たちのお話はすべて聞こえていました。相楽さんも言っていたでしょう? 番についての情報が、何も知らない人へ伝わると色々と面倒が起こると。その厄介ごとを未然に防ぐために、政府から派遣された相楽さん達が、この施設や敷地内の至る所に、妨害電波発生装置をこっそり設置しているんです」

 続けて良晴は教えてくれた。
 外との連絡手段を無くすことで、外部に参加者たちが知った情報が漏れないようにしていること。
 そして参加者側には、元々この施設が山奥にあるから電波が届かないんだと思い込ませていること。
 遮断装置を持っているのは、政府から派遣された男たちと、医師二人、そしてスタッフリーダーの自分だけだということ。
 ネット回線については、今自分の手元にある遮断装置と似た、ネット専用の装置が志郎の部屋に一つだけあるということ。

「他の参加者さん達には、内緒にしておいてくださいね。このご時世、どこから情報が洩れるかわかりませんから」

 そう言って良晴は肩をすくめる。
 だけど光志はその言動に矛盾があると気づき、すぐに首を傾げた。

「番に関する情報を外に漏らさないために、相楽たちがやっている事はわかった。だけど、それってこの場しのぎだろう? ここに居る間は情報を抑え込めたとしても、その後はどうすんだ。若い奴らなんて、家帰ってから誰彼構わず言いふらすぜ? 下手したら、ネットにその情報が載って……」

 光志が気づいた矛盾。それは、この集まりが終わり、解散した後の参加者たちについてだ。
 説明会の時にザっと顔を見た程度だが、参加者の八割ほどが二十代の若者に見えた。
 自分より年下の男女が、運命の番なんてネタに飛びつかないはずがない。
 一部の参加者たちは絶対面白おかしく言いふらそうとするはずだ。そうなれば、瞬く間に世間に広がっていく。
 政府は必死に番の情報を隠したがっている様だが、これじゃ本末転倒なんじゃと、光志の頭の中に新しい疑問が浮かぶ。

(……あれ?)

 そして彼は、自分の考えを言葉として発し、また新しい矛盾に気づいた。

「ネットに情報が載れば、日本だけじゃなくて世界中に拡散される。こんなネタ、マスコミが飛びつかないはずがない。それなのに……なんで……」

 ――どうして自分たちは、今日まで運命の番という存在が実在することを知らなかったのか。

 自分一人では答えを見つけられない。そんな壁にぶち当たった光志が、無意識に伏せていた顔をあげると、相変わらずにこやかに笑う良晴と目が合った。

「そのタネ明かしは俺がしてやるよ」

 すると今度は自分の真横から声が聞こえる。慌てて声のした方を向くと、不敵な笑みを浮かべた兼治が光志を見つめていた。

「兼治さん、流石にそこまではっ!」

「別にいいだろ。元々こいつ、他人に興味無さそうだし。相楽と須藤の話聞いただけで、ここまでたどり着ける頭がある。それならバカじゃねえ。こっちの事情ベラベラ喋ったりなんかしねえよ、きっと」

 兼治の言葉を聞いた瞬間、これまで冷静だった良晴が突然慌てだす。だけど、そんな様子を気にすせず、兼治はおもむろに右手を光志の方へ伸ばし、ダークブラウンに染めた髪ごと頭を鷲掴みにした。

「こんな集まり開いて、参加者だって大勢いるのに……どうして世の中が騒いでいないか。情報が漏れていないのか、不思議だよな? 藤沢」

 いつもの自分なら、いきなり頭を掴まれたことに驚きながらも、すぐその手を除けようとするはず。
 なのに今日は、何故かそれが出来ない。
 光志は混乱の中、美奈穂を抱く腕を解かず、これまでとは違うニヒルな笑みを浮かべる兼治を見つめ、ゴクリと喉を鳴らすことしか出来なかった。

「これから言うことは、誰にも言うなよ? もちろん、美奈穂ちゃんにもだ。俺たち、この子に嫌われたくねえからな」

「……?」

 俺、ではなく、俺たちと言葉を紡ぐ兼治。その言葉の意味を理解しようとする光志だったが、すぐに兼治の方から求めていたものが差し出される。

「ほら、たまにやる心霊番組とかに出てるだろ? 霊能力者って。あれと似たような力持ってんだよ、俺も、千草も」

「な、何だよ……その、力って」

 無意識に、声が震える。今、この瞬間、目の前に居る男に逆らってはいけないと、本能が鳴らす警鐘が頭の中に響き渡った。

「記憶操作。俺たちは、こうやって対象者に触れることで、そいつの記憶を消すことが出来る。この集まりが終わった後、番を見つけられなかった参加者の記憶を一週間分、一度消すんだ。そして上書きする……この一週間は、政府が日夜働く国民の奴らをねぎらうために、ランダムで選んだ奴らをもてなす、特別休暇だった、てな」

 そして、説明は終わりとばかりに、光志の頭を掴んでいた手は離れ、最後にポンポンと子ども扱いでもするようにてっぺんを叩く。
 そのまま二ッと笑う兼治を見つめる光志の瞳はかすかに震え、その口元はぎこちなく歪んでいた。
 そんな状態の光志の心に浮かんだ思いはたった一つ。この話は、絶対美奈穂には教えてはいけないという決意だけだった。
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