怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

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番外編

オカルトじみた集まりの謎1/光志視点

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「あの、すみません」

「……?」

 政府から指示された集合場所に集まった男達を乗せ、マイクロバスが山道を進む。
 乗り込むのが遅れ、最前列通路側の席に腰を落ち着けた藤沢光志は、トントンと真横から肩を叩かれたことに気づく。
 気だるげに声が聞こえた方を向くと、自分の隣、窓側に座る年下っぽい男性の姿がサングラス越しに目が合う。

「間違ってたら、すみません。ブロシャの藤沢光志さん、ですか?」

「……ああ」

「ぼ、僕大ファンなんです! あとで、サインしてもらってもいいですか? 出来たら、写真も」

 どうやら偶然隣になった男は、ロックシンガー藤沢光志のファンらしい。
 突然、彼の口から自分の名前が飛び出したことに驚くあまり、光志はサングラスの奥で無意識に目を見開く。
 騒がれたら面倒だと、出来るだけ他人と接することを避けたいと思っていた。
 だけど、隣に座った彼は、しっかりとマナーを弁えているらしい。
 自分達以外の乗客がいることを理解して、身勝手に騒がず、光志の耳元に口を寄せコソコソとお喋りをする。
 そんな彼の行動に、光志は少なからず好感を抱く。
 他の乗客たちは、隣り合った者同士話をしたり、イヤホンを耳に差し込み一人で音楽を聴いたりと、割と自由に過ごしていた。
 自分達の後ろに座る二人が、どっちも音楽を聴いていたことを思い出して、光志は内心安心した。
 同時に、大好きなアーティストに会えて頬を赤らめる男の姿を前に、つい笑いが零れそうになる。

(サインと写真、ねえ……)

 普段から、プライベートと仕事の時間を分けて考える光志は、いつもサインや写真を欲しがるファンを前にしても、その要望に応えたことは無い。
 だけど、せっかく声をかけてくれた相手を無視するわけにもいかない。そこで、握手くらいならと妥協案を見つけ、彼はいつもそれを実行している。
 そんな光志の行動は、ここ数年でファンの間に浸透してきた。そのため、以前より街中で不満を言われることも減った気がする。
 なのに、隣に座る男性の反応。もしかして、ファンになりたての男なのかもしれない。
 そんなことを考えながら、光志は数日前、政府の役人と名乗る人物からの電話で言われた内容を思い出していた。

『今回は、参加をご検討いただき有難うございます。今日は、私共の方からお願いがあり、ご連絡させていただきました』

『おねがい?』

『はい。藤沢様は有名人でいらっしゃいますから、期間中にファンの方からサインや写真を頼まれることもあると思うんです。その様な頼まれごとをした際は、出来ないと断って頂けないでしょうか? 我々の方からそう対応して欲しいと言われた、と説明して頂いて構いませんので』

『そういうのは、普段から断ってるから別にいいですけど……俺がサインしちゃマズい何かがあるんですか?』

『今回ご案内した交流会では、参加者を毎回ランダムに選んでいます。藤沢様のような有名人の方や財政界に関わる方などが参加することも珍しくありません。なので……』

『誰が参加したか、わかるような証拠は残すな……ってか?』

『ご理解が早くて助かります』


 わざわざ個別に連絡を寄こすなど、すごい念入りな準備だな。
 なんて、あの時は他人事のように考えていた。
 光志がロックシンガーとして活動するバンド『Broken Shadow』――通称・ブロシャは、他の音楽系グループよりもメディア露出が少ない。
 ブロシャが出演するのは基本的に音楽番組と、朝の情報系番組で流れる新曲宣伝用VTRだけだ。
 バラエティー番組などに出るアイドルたちとは、明らかに知名度に差がある。
 それでも、足しげくツアーライブに通ってくれるファンは多く、彼らにはすっかりバンドメンバー全員顔バレしている。

 杞憂に終わるとばかり思っていたあちらの対応が、こんな形で実を結ぶとは思いもよらない展開だ。

(まさか参加者の中にファンがいるとはな。しかも、隣の席)

 自分を見つめる彼にとって、この状況はまさに、宝くじに当選した時と同じくらい幸運なことなのかもしれない。
 なんて思いながら小さく笑った光志は、わずかにサングラスをずらし、色を介した視界じゃなく、自分自身の瞳にファンを映す。

「悪いけど……主催者側から、そういう対応は止められてる」

「そう、ですか……」

 すぐに男性の申し出を断ると、彼は誰が見ても明らかな程、肩を落とし落ち込みだす。
 その純粋な反応を無性に懐かしく感じた光志は、スッと彼の方へ片手を差し出した。

「……え?」

 こちらが差し出した手が伏せた視界に入ったのか、キョトンと首を傾げ男性は顔をあげる。
 どこまでも純粋な反応を見せるその姿は、同じ男なのに可愛いと思えて仕方なかった。

「握手くらいなら、大丈夫だろ。他の奴らには、頼むから秘密にしてくれ」

「……っ! はいっ!」

 サングラスの位置を元に戻し、苦笑いを浮かべた光志は念押しを忘れない。
 憧れの存在からのお願いに、ファンの男は大きく頷いてみせた。
 久しぶりに見たファンの青年に対する印象は、どこか動物を相手にしているみたいだと、キラキラ輝く眼差しを前に、光志はこみ上げる笑いを堪えるのに必死だった。





『まあ、難しく考える必要はありません。恋人候補が見つかればいいな、くらいの軽い気持ちで、皆さんはお過ごしください。なんなら……この一週間、お仕事などしなくても平気ですから、疲れた身体を癒す時間に充てて頂いても構いません』

 施設に到着して間もなく、食堂で行われた説明会は、いろんな意味で衝撃的なものだった。
 政府主催の交流会、なんて曖昧な概要しか聞いていなかった参加者達は、多かれ少なかれ全員が動揺していただろう。
 もちろん光志もその一人。
 他の参加者達のように騒ぎこそしなかったけれど、彼は“運命の番”という謎すぎる存在を知り、戸惑いと同時に呆れにも似た感情を抱いた。


「ばっからしい……」

 一週間、自室として利用する三〇八号室に案内された光志は、部屋に鍵をかけ、そのままベッドの上に横たわった。
 その手にあるのは、食堂で渡された資料。この交流会の趣旨についての詳細説明や、施設で寝泊まりする全員が守らなければいけないルールなどが記載されている。
 数枚にわたるそれらをしばらくパラパラとめくった彼は、ベッドの上に資料を放り投げ、ぼんやりと天井を見上げた。

(運命の番なんて……そんなオカルトじみたもん、いるわけねえだろ)

 心の中で悪態をつけば、何故か頭の中によみがえるのは、さっき説明会で見た光景だ。
 参加者達は無駄口を叩かず、役人の男がする説明に聞き入っていた。
 そんな静かな場所のすぐそばで、トントンとリズミカルに聞こえる調理の音がやたらと耳についた。
 光志の意識。その三割は、しっかり説明を理解するために役人を名乗る男の方へ向いていた。
 だけど残りの七割は、不思議とある一点に向いていたのを、彼はきちんと理解している。

 あの時光志は、前方へ向けた目線を動かし、時々食堂と隣り合わせになった調理場を見つめていた。

 ――どうしてこんなにも、あそこが気になるのか。

 その意味を、藤沢光志はこの時まだ知らなかった。
 無意識に向けていた視線の先に、何を見ていたかも、すべて。
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