怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

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本編

第47話

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 説明をすると言う志郎は、ひと息置くと、画面の向こうで真っ直ぐこちらを見つめて来た。

「二人共、この一か月……プライベートで一切会っていないそうですね」

「……っ!」

 前置き一切なしの問いかけに、嫌でも肩が跳ねる。
 それを見逃さないとばかりに、志郎の眉もピクっと跳ねた気がした。

「どうせあれだろう? 藤沢は藤沢で忙しくて、美奈穂ちゃんは、そんな藤沢にわがままなんて言えないーって我慢してたんだろう?」

「…………」

 その隣で、どこか確信じみた考えを口にしたのは兼治だった。
 不意打ちに図星をつかれた美奈穂は、ススっと無意識に視線をそらす。
 美奈穂自身と、彼女を抱きかかえる光志以外に、その様子は丸見え。
 そして、画面越しだけに留まらず、ため息がテーブルの向こうからも聞こえてくる。
 
 光志に抱きかかえられ、運ばれた時以上に恥ずかしいかもしれない。
 穴があったら入りたいとは、まさにこのことだと悟った美奈穂は、皆の目があるにも関わらず、再び熱くなった頬を両手で覆い隠した。



「どうして相楽が、俺たちが会ってないことを知ってんだよ?」

 全員が何かしら戸惑っているのか、数十秒くらいリビングに静寂が広がる。
 そんな中で、最初に口を開いたのは光志だった。
 背後、そして耳元から聞こえる彼の少しばかり不機嫌な声に、小さく身体が震える。

(確かに……)

 恋人が投げかけた質問に、美奈穂は心の中で何度も頷く。けれど、手足が動いていないせいで、誰にもその思いは伝わらなかった。

「須藤さんから、今日の午後電話が来たんですよ。美奈穂さんたちが、そろそろ限界だろうから手助けして欲しいって」

「えっ、良晴さんが?」

 タブレットから、質問に答える志郎の声が聞こえる。
 その声と聞こえて来た名前に驚き、顔を覆っていた手を無意識に外す。
 数分ぶりに開けた視線の先には、相変わらず自分たちを見つめる皆がいた。全員の表情がどこか優しげなのは、きっと間違いじゃないだろう。

「ええ、亜沙美さんから須藤さんに、そして俺に、と伝言ゲームで伝わったわけです」

 首を傾げる美奈穂の声に、志郎は大きく頷いた。
 そのまま続く彼の言葉を聞いた瞬間、美奈穂は自分の失態に気づき、今度は意味で頭を抱えそうになる。

『ほらほら、そんな暗い顔しないの。こういう時は年長者にまっかせなさーい』

(こ、こういうことだったの!?)

 一緒にランチを食べた時、亜沙美がやけに自信満々だったことを思い出す。
 あの時の「まかせろ」発言が、今に繋がっていると気づいて、自分が吐いた弱音を、少なく見積もっても四、五人には知られていることも、美奈穂は悟ってしまった。



「今日から数日、そこのマンションで、人の目も予定も気にせずイチャついてください」

 マンションに集められた意図について話す。
 そう口を開いた志郎は、続けざまに平然とした様子でとんでもないことを言い放った。
 突然のことに訳がわからない美奈穂は、無言のままタブレットを見つめる。
 ほんのり熱くなる頬に気づくと同時に、ギュッとお腹に回った太い腕の力が強くなり、頬に自分じゃない熱が擦り寄ってくる。

「えっと……倉本さんは今近くに居ますか?」

「はい、僕もちゃんといますよ。タブレットは光志君たちの方に向けているので、姿は見えないかもしれませんが」

「ああ、よかった。午後、お電話した時に藤沢さんのスケジュール調整がまだ、と言ってましたけど……どうにかなりそうですか?」

「はい、別日に変更できる仕事ばかりでホッとしました」

「何日くらいなら、いけそうですか?」

「そうですねえ……少々強引ですが、風邪を引いたということにと思っていたので……長く見積もって、今日を入れて四日が限界かと」

「四日ですか……了解です。それじゃあ、こっちも須藤さんたちの方に根回しをして、美奈穂さんも風邪で仕事をお休み、という事にしましょう」

 自分に甘える光志の行動に、美奈穂の気がそれる。
 その間に、何故か志郎たちの間で話はどんどん進んでいき、口を挟む隙は一回も見つけられなかった。





『それじゃあ、三日後に迎えに来ますね』

 一通りの説明が終った途端、自分たちの役目は終わりとばかりに、江奈と倉本は帰って行った。
 二人を玄関で見送りながら、美奈穂の頭の中では聞いたばかりの言葉が繰り返し流れ続ける。

『番を見つけたカップルは、基本相手のことしか見えなくなります。性的な衝動は、しばらく二人でイチャついてセックスすれば治まるんですけど……相手への想いがより高まってしまい、離れたくないからと、即同棲や結婚に踏み切るパターンも多い。その面も考慮して、俺たち政府側は、こうやって番カップル限定の住宅を提供するわけです』

 それはタブレットの向こうで、志郎がした説明だ。

『同居が難しい場合でも、最低週に一回はデートをして二人の時間を作ります。そうしないと、相手を求める衝動は収まらず、精神に異常をきたしてヤバいことになるんですよ。そういった衝動は、結婚をすることで精神の安定につながり、少なくなると報告が上がっています』

 そう言って、苦笑いを浮かべていた彼が、ふと真顔になって美奈穂たちを見つめる。
 そして続けざまに「ほんと……何もかも特異的な二人だよな」とぼやく声が聞こえた。

『前回二人が会った時は俺たちが居たし、今も木島たちがそばにいる。美奈穂さんの性格を考えて、二人は一か月以上キスやセックスをしていない計算になるんです。普通だったら、発狂していてもおかしくない日数だ。二人共……どんだけ我慢強いんですか』

 説明をする顔に薄っすら困惑の色を浮かべていた、画面越しの彼を思い出しながら、頭の中でリピートする説明に自然と顔が熱くなる。
 こんな事は今までに無い。そう言い切っていた志郎の言葉を思い出しても、特別自分が変わっているという自覚は持てなかった。

 この一か月してきたことを思い返しても、暇さえあれば、毎日欠かさずCDで光志の歌声を聞き、忙しい彼に迷惑をかけたくない一心で我慢してきたことくらいだろう。

 そんな、自分にとって最早当たり前に近い行動になりつつあるものを、突然「凄いことなんですよ!」と騒がれても困ってしまう。

 突然与えられた数日の自由についても、表面上理解しながら、自分がどう対応すればいいかまではわからず、美奈穂は嬉しさよりも戸惑いを感じていた。

「やっと、二人っきりになれた……」

「ひゃっ!」

 まずは何をしたらいいのかと、内心首を傾げていた時、不意に熱い吐息まじりの声が耳元で聞こえた。
 思わず小さな悲鳴をあげた美奈穂は、無意識に身体を強張らせる。
 すると、恐る恐るふり返るよりも先に、気持ちいいぬくもりが身体をすっぽり包み込んできた。
 それは、アルバイトの時、不安や戸惑いでいっぱいの気持ちをいつも解かしてくれた熱だ。
 ホッとする感覚に、緊張で体に入った力が抜けていく。

 少しぎこちなく、火照る顔を意識しながら振り返ると、大好きな恋人の顔がすぐそばにあった。
 背の低い美奈穂のために、光志は屈んでくれているのか、二人の目線、顔の距離が近い。

「美奈穂」

「こう……んっ」

 間近から注がれる熱い眼差しに、顔を背けそうになるのを堪えた時、愛しい声が自分の名前を呼ぶ。
 それに答え、こちらもと口を開いた瞬間、美奈穂の唇は光志のそれに塞がれる。
 中途半端に途切れた恋人の名前は、音にするよりも先に、彼の口内へ吐息となって消えていった。
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