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本編
第46話
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周囲を警戒する小動物のように「うー、うー」と唸る美奈穂を見つめる光志の視線は、この上なく幸せそうである。
目を細めるのと同時に頬が緩みきっている。ロックバンドのボーカルにあるまじき緩み具合だ。
だけどその視線に、見られている側の美奈穂は一切気づいていない。
暴走一歩手前の羞恥心に、すっかり心を翻弄されれば、自分が子供のように抱っこされ、終始ご機嫌な彼氏様の手でリビングに運ばれていたことまで、すっかり気づくのが遅れてしまった。
玄関からぞろぞろと、リビングへ移動してから数分。
美奈穂は施設でアルバイトをしていた時のように、背後から光志に抱きしめられソファーに座っていた。
食堂で大勢のスタッフたちの視線に晒された時ほどじゃないにしても、かなり恥ずかしくて、すっかり火照った頬を両手で覆い隠している。
膝の上に座れと主張する光志を相手に断固拒否した結果、大股に開いた彼の足の間に座らされた。
せっかく二人掛けのソファーに座っているのに、使っているのは一人分。何と言うか、勿体ない。
そんな美奈穂たちと、テーブルを挟んで向かい合うのは、江奈と倉本だった。
「じゃ、俺は下で待ってるから」
ここへ来る途中、スーパーに立ち寄って数日分の食料や消耗品を買い込んだ。
マンションに着いた後で買い忘れに気づくと、近くにコンビニがあるからと、タクシーの中で待っていた江奈の旦那さんが代行してくれたのだ。
彼は、皆がリビングに到着した直後に戻ってきた。
そして、買って来たものを冷蔵庫に入れたり、洗面所に置いたりすれば、また自分のタクシーへ戻るらしい。
「……あ、ありがとう、ございました」
「ああ、頑張れよ」
(……?)
その去り際、美奈穂が慌ててお礼を言うと、彼は何故か激励の言葉を口にした。
顔を隠しながらの挨拶したことに、何か言われるかと、内心ドキドキした。
だけどお咎めの言葉は一切なく、パタンと玄関の扉が閉まる音と、鍵がかかる音が聞こえ、無意識にホッとため息が口から漏れ出た。
「おいおい。……ははっ、相変わらずだな」
「美奈穂さーん、手を外してくださーい」
(ん? この、声……)
それからしばらく、誰も声を出さないかわりに、何かガサゴソと物音が聞こえていた。
だけど美奈穂は、グリグリと頭のてっぺんにすり寄ってくる光志の行動が気になって、音の正体を探る余裕はない。
久しぶりに会えたことも手伝って、彼もイチャつきたいと思ってくれているのは、素直に嬉しい。そして、美奈穂自身も、恥ずかしながら甘えたいと思っている。
だけど、時と場所を考えて欲しい。せめて二人きりの時に!
なんて一人悶々と頭を悩ませていれば、聞き覚えのある声が二つ聞こえて来た。
自分を呼ぶ声に、美奈穂は恐る恐る顔を覆っていた手を離していく。
「っ! 兼治さん、志郎さん!」
次の瞬間目に飛び込んできたのは、テーブルの上に置かれたタブレット端末。
そして、その画面に映り手を振る知り合いたちの姿だった。
「私から説明するより、きちんと担当者から説明をと思って、映像付き通話アプリを使わせていただきます」
タブレットカバーを使って、美奈穂たちが見やすいように立てかけられたそれ。
その向こうから、ニコリと現状について江奈が説明をしてくれる。
タクシーに乗ってから、これまで、詳しい説明が無かったのはこのためか、と納得しつつ美奈穂は画面の向こうの違和感に気付く。
(どうしてこの二人が一緒にいるんだろう?)
「……? そこ、もしかして施設の部屋か?」
志郎と兼治、この二人の組み合わせは、アルバイト中毎日のように目にしていた。
だけど、今はもう終わったはずなのに。そう思っていると、美奈穂を抱きすくめたまま、光志が口を開く。
彼の言葉に驚いて、もう一度タブレットへ視線を向けると、志郎たちの後ろに映り込む壁に、ほんの少し見覚えがある気がした。
「そうでーす。また番探し週間の裏方中でーす」
「こんな短いスパンで招集かけられて、めっちゃイラついてる二人だぞー」
イエーイ、と若干自棄になったテンションで手を振ってくる志郎たち。
返ってきた反応に、美奈穂はどう答えていいかわからなくて、口元を若干引きつらせる。
「……? っていうことは、千草さんも一緒ですか?」
「いいや、今回あいつは不参加だ。腹も目立ち始めたから、ガキたちと一緒に家で待ってるよ」
番持ちのスタッフは、基本的に夫婦揃って。そんな認識をしていた美奈穂は、兼治の言葉に眉を下げる。
だけど、今はそばにいない妻を思ってなのか、説明する兼治の目尻は下がり優しげだ。それだけで、何故かこっちまであたたかな気持ちになる。
「ってわけで、俺たちの気晴らしに付き合ってくれよ。二人共」
「気晴らし、じゃなくて、どうしてお二人がそのマンションへ連れてこられたのか、説明しますから。隣のバカは気にしないでください」
二ッと白い歯を出して笑う兼治。その頭を力いっぱいぶっ叩いた志郎の言葉に、美奈穂は口元が嫌でも引きつる感覚に気づく。
背後からは盛大なため息と「そっちの方が相変わらずだろ」なんて、ボヤく声が聞こえた。
目を細めるのと同時に頬が緩みきっている。ロックバンドのボーカルにあるまじき緩み具合だ。
だけどその視線に、見られている側の美奈穂は一切気づいていない。
暴走一歩手前の羞恥心に、すっかり心を翻弄されれば、自分が子供のように抱っこされ、終始ご機嫌な彼氏様の手でリビングに運ばれていたことまで、すっかり気づくのが遅れてしまった。
玄関からぞろぞろと、リビングへ移動してから数分。
美奈穂は施設でアルバイトをしていた時のように、背後から光志に抱きしめられソファーに座っていた。
食堂で大勢のスタッフたちの視線に晒された時ほどじゃないにしても、かなり恥ずかしくて、すっかり火照った頬を両手で覆い隠している。
膝の上に座れと主張する光志を相手に断固拒否した結果、大股に開いた彼の足の間に座らされた。
せっかく二人掛けのソファーに座っているのに、使っているのは一人分。何と言うか、勿体ない。
そんな美奈穂たちと、テーブルを挟んで向かい合うのは、江奈と倉本だった。
「じゃ、俺は下で待ってるから」
ここへ来る途中、スーパーに立ち寄って数日分の食料や消耗品を買い込んだ。
マンションに着いた後で買い忘れに気づくと、近くにコンビニがあるからと、タクシーの中で待っていた江奈の旦那さんが代行してくれたのだ。
彼は、皆がリビングに到着した直後に戻ってきた。
そして、買って来たものを冷蔵庫に入れたり、洗面所に置いたりすれば、また自分のタクシーへ戻るらしい。
「……あ、ありがとう、ございました」
「ああ、頑張れよ」
(……?)
その去り際、美奈穂が慌ててお礼を言うと、彼は何故か激励の言葉を口にした。
顔を隠しながらの挨拶したことに、何か言われるかと、内心ドキドキした。
だけどお咎めの言葉は一切なく、パタンと玄関の扉が閉まる音と、鍵がかかる音が聞こえ、無意識にホッとため息が口から漏れ出た。
「おいおい。……ははっ、相変わらずだな」
「美奈穂さーん、手を外してくださーい」
(ん? この、声……)
それからしばらく、誰も声を出さないかわりに、何かガサゴソと物音が聞こえていた。
だけど美奈穂は、グリグリと頭のてっぺんにすり寄ってくる光志の行動が気になって、音の正体を探る余裕はない。
久しぶりに会えたことも手伝って、彼もイチャつきたいと思ってくれているのは、素直に嬉しい。そして、美奈穂自身も、恥ずかしながら甘えたいと思っている。
だけど、時と場所を考えて欲しい。せめて二人きりの時に!
なんて一人悶々と頭を悩ませていれば、聞き覚えのある声が二つ聞こえて来た。
自分を呼ぶ声に、美奈穂は恐る恐る顔を覆っていた手を離していく。
「っ! 兼治さん、志郎さん!」
次の瞬間目に飛び込んできたのは、テーブルの上に置かれたタブレット端末。
そして、その画面に映り手を振る知り合いたちの姿だった。
「私から説明するより、きちんと担当者から説明をと思って、映像付き通話アプリを使わせていただきます」
タブレットカバーを使って、美奈穂たちが見やすいように立てかけられたそれ。
その向こうから、ニコリと現状について江奈が説明をしてくれる。
タクシーに乗ってから、これまで、詳しい説明が無かったのはこのためか、と納得しつつ美奈穂は画面の向こうの違和感に気付く。
(どうしてこの二人が一緒にいるんだろう?)
「……? そこ、もしかして施設の部屋か?」
志郎と兼治、この二人の組み合わせは、アルバイト中毎日のように目にしていた。
だけど、今はもう終わったはずなのに。そう思っていると、美奈穂を抱きすくめたまま、光志が口を開く。
彼の言葉に驚いて、もう一度タブレットへ視線を向けると、志郎たちの後ろに映り込む壁に、ほんの少し見覚えがある気がした。
「そうでーす。また番探し週間の裏方中でーす」
「こんな短いスパンで招集かけられて、めっちゃイラついてる二人だぞー」
イエーイ、と若干自棄になったテンションで手を振ってくる志郎たち。
返ってきた反応に、美奈穂はどう答えていいかわからなくて、口元を若干引きつらせる。
「……? っていうことは、千草さんも一緒ですか?」
「いいや、今回あいつは不参加だ。腹も目立ち始めたから、ガキたちと一緒に家で待ってるよ」
番持ちのスタッフは、基本的に夫婦揃って。そんな認識をしていた美奈穂は、兼治の言葉に眉を下げる。
だけど、今はそばにいない妻を思ってなのか、説明する兼治の目尻は下がり優しげだ。それだけで、何故かこっちまであたたかな気持ちになる。
「ってわけで、俺たちの気晴らしに付き合ってくれよ。二人共」
「気晴らし、じゃなくて、どうしてお二人がそのマンションへ連れてこられたのか、説明しますから。隣のバカは気にしないでください」
二ッと白い歯を出して笑う兼治。その頭を力いっぱいぶっ叩いた志郎の言葉に、美奈穂は口元が嫌でも引きつる感覚に気づく。
背後からは盛大なため息と「そっちの方が相変わらずだろ」なんて、ボヤく声が聞こえた。
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