怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

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本編

第39話

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 激務だった一週間をお互いに労うパーティーを終え、美奈穂は光志と一緒に部屋へ戻ってきた。

「今、水準備すっから、ちょっと待ってろよ」

「ふぁーい」

 昨日まで、スタッフたちも参加者と同じ食事をしていたはずが、彼らが居なくなった途端食事のグレードが上がった。
 それは単なる勘違いかな、と時々首を傾げているうちに、すすめられるまま、チビチビ飲んだチューハイの酔いが回る。

「一缶半分も飲まないうちに酔いが回るって、どんだけ弱いんだよ。美奈穂……これから外で絶対酒飲むなよ?」

「ンフフー。わーかってまーす」

 ミニ冷蔵庫から水を取り出した光志が、キャップを開ける姿を美奈穂は上機嫌で眺めていた。
 ソファーに腰掛け、ほっぺたの筋肉がゆるゆるなことも気にせず、終始ニコニコと彼女の目線は最愛の恋人を追いかける。
 あきれと慈愛の満ちた瞳を向ける光志が隣に座ると、美奈穂は躊躇う様子無く、彼の肩にもたれかかった。
 笑い上戸や泣き上戸、酔いが回った人たちの態度が変わるパターンは色々あると言われている。
 そんな中で、チューハイ半缶ですっかり酔いが回った美奈穂がなったのは、言うなれば甘え上戸。もちろん光志限定だ。

「ほら、しっかり持って。零すな……」

「エへへ」

「うん、絶対零すな。零すと服が濡れるもんな。いくら夏とは言え、風邪引くし……よし、大丈夫だ」

 封を開けたペットボトルを差し出され、美奈穂はそれに手を伸ばした。
 だけど、酔っ払いの動きは頼りなく、一応ボトルは掴んでいるものの、いつ落とすんじゃないかと不安になる。
 その様子を間近で目撃した光志は、まるで自分に言い訳をするようにぶつぶつとぼやきだした。
 突然独り言を喋り出す恋人の姿に、美奈穂がキョトンと首を傾げた。すると次の瞬間、光志は美奈穂の手ごとペットボトルを掴み、自分の口へ水を流し込む。
 そのまま、美奈穂の手からボトルが奪われるのとほぼ同時に、彼女の唇は同じくらい熱い光志のそれによって塞がれる。
 ペロッと少し湿り気が多い舌で唇の表面を舐められ、美奈穂は反射的に口を開いた。

「ンっ……ん、ふ……ンッ」

 しばらくすると、少しぬるくなった水が隙間から流れ込んでくる。
 そのことに気づくと、恋人から直に与えられているモノという認識を、頭の片隅で無意識にしているからなのか、美奈穂は光志から口移しで飲まされる水に抵抗なく喉を鳴らし、飲み込んでいく。

「……もっと、くらさい」

「ん……待ってろ、そう急かすな」

 身体の半分をお互いソファーの背に預けているものの、背中にまわされた光志の力強い腕に身を任せるだけで安心出来る。
 子供の様に目の前にのばした両腕は、いつの間にか彼の背にまわっていて、美奈穂自ら彼に身体を密着させていた。

『うえっ!? ごごごご、ごめんなさいー!』

 素面なら、今にも爆発するんじゃないかと思うほど顔を赤くして、即刻距離を取っているだろう。
 だけど今は違う。自分の中にくすぶる欲に、少しだけ素直になれた。



 それからも、光志の甲斐甲斐しい世話焼き、と言う名の二人のイチャつきは止まらなかった。
 ボトルの半分ほど水を飲んだ美奈穂は、今度はお返しにと光志に口移しで水を飲ませ始めた。
 水が無くなってからも、二人は飽きもせずキスを続ける。

「んっ、は……明日から仕事か」

「……っ」

 ようやくお互いの熱も和らいできた頃、唇を離した瞬間、光志が重々しいため息を吐きながら首筋に顔を埋める。
 突然の行動と、彼の呟きに驚き思わず両肩が震えた。
 そんな反応がおかしいのか、クスクスと耳元で笑い声が聞こえてくる。
 光志の反応に気づいた美奈穂は、ささやかな抵抗と彼の後頭部を人差し指でグリグリ突きだす。
 弱すぎるツボマッサージにしかならない行動は咎められなかったけれど、美奈穂を抱きしめる腕が解かれることは無い。

「光志さん……お家、どこですか?」

 時間が経ち、水を飲ませてもらったお陰か、頭がだんだんスッキリしてきた。
 だけど、光志に引っ付いているこの状況を嫌とは思えなくて、美奈穂は自分からアクションを起こすことは減ったが、彼の好きにさせている。
 そんな彼女の口から飛び出した疑問に、光志の口からボソボソと現在彼が住んでいる地域の名前が呟かれた。

「距離、ありますね。私の家は――」

 自分の住む地区を口にしながら、美奈穂は思った。
 明日の朝になれば、ここを離れなければいけない。
 ここを出れば、皆それぞれの生活に戻る。もちろんそれは光志も、そして美奈穂自身も。

 たった一週間、だけど濃密な一週間は、すっかり美奈穂の心に藤沢光志という存在を植え付け、離れがたいと思える相手になっていた。
 明日から、目の前にいる彼と離れ離れになる。そう思うと心の奥がズキリと痛む。

「――く」

「……え?」

 耳元で聞こえた声に、いつの間にか沈んでいた意識が浮上する。
 彼の声につられ顔を上げると、肩口にあった重みは消え、たった数センチほどの距離で、光志は真っ直ぐ美奈穂を見つめていた。

「出来るだけ早く、一緒に暮らせるように準備するから。マネージャーにも相談して、相楽さん……はちょっと癪だけど、俺らの担当だって言うんだから、相談して。とりあえず、政府が用意してくれるってマンション、近いうちに見に行ってみようぜ」

「……っ、はい!」

 もしかしたら、寂しいと思っているのは自分だけかもしれない。
 そんな美奈穂の不安を消し去るように、光志がコツンと額を合わせてくる。

『不安に思っているのはお前だけじゃない。寂しいのは俺も一緒だ、離れたくなんかねーよ、馬鹿……』

 実際には聞こえない光志の心の声が聞こえた気がして、美奈穂は目に薄っすら涙を浮かべ大きく頷いた。
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