怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

文字の大きさ
上 下
37 / 69
本編

第37話

しおりを挟む
 アルバイト七日目。
 朝ご飯の準備をすれば、自分の仕事は終わりだ。
 そう思うと、一週間頑張ったという達成感が湧いてくる。
 同時に、一週間経ってもなかなか慣れない慌ただしさが終わることが、ほんの少し寂しくなった。





「皆さん、一週間お疲れ様でした。志郎さん達はまだ仕事中ですが、お言葉に甘えて先に頂きましょう」

 参加者たちの朝ご飯が終わり、全員が食堂を出て行った後、調理場にいた男性の誰かが真っ先に食堂の扉を施錠した。
 残念ながら、美奈穂は片付けに必死だったため、音声のみしか聞いていない。

『これで俺たちは自由だー!』

 なんて叫び声をあげたせいで、男性スタッフ数人から雑誌でボッコボコにされていた光景は、ばっちり目撃してしまったのだが。

 そんなプチ事件の後、掃除担当のスタッフ達も合流し、部屋で待っていた光志も呼んで裏方組の朝ご飯タイムが始まる。
 役人組は、しばらく帰宅準備をする参加者たちにかかりっきりになるらしい。

 そこかしこから上がる「いただきます」コールを聞きながら、美奈穂は人数が半減した朝食風景を眺める。
 仕事がようやく終わって、みんなどことなくリラックスムードなせいか、人数は少なくても賑やかさは普段と変わらない。

(あれ?)

 今後の仕込みなど気にせず、今日は自分もゆっくりご飯を。そう思って箸に手をのばした時、役人組以外にも食堂に姿を見せていない人達がいることに気づいた。

「兼治さんと千草さんが居ませんね」

「二人はこれから、参加者さんたちの体調チェックをするんですよ。だから朝食は医務室で食べると言うので、さっき持って行きました」

 キョロキョロと辺りを見回す美奈穂に答えてくれたのは、スタッフリーダーの良晴。
 今日は兼治と千草に代わって、良晴と亜沙美が美奈穂の隣に座っている。
 反対隣には美智子と哲夫、そして美奈穂の真向かいには光志が座り、それぞれが朝食に手をのばしていた。

「体調チェック、ですか?」

「ええ、特別何かをしたわけじゃありませんが、一週間山奥に籠っていましたから。無意識にストレスを溜め込んでたりする人もいるんです。だから、元の生活に戻る前の体調確認ってところでしょうか」

「私たちは、あと一日のんびり出来るけど、参加者さんたちは駅まで送ってもらったら、すぐ切り替えなきゃいけないしね」

 良晴と亜沙美の説明はとてもわかりやすかった。
 二人の言葉になるほど、と納得した美奈穂は、この場に居ない皆の仕事が早く終わることを祈りつつ、自分も湯気がたつお椀を手に取った。





 朝食後に使った食器を片付けると、みんな思い思いの時間を食堂で過ごし始める。
 ご飯を食べていた時より更にゆったりとした空気が流れる食堂。
 その片隅で、美奈穂は隣に座る光志と一緒に、テーブルの上に置いたタブレットの画面を眺めていた。

『光志さん、お願いします。私にブロシャの曲を教えてください』

 昨夜、タグについての相談を早々終わらせた後、美奈穂は思い切って彼に新しい相談を持ち掛けた。
 それは、ブロシャのおすすめ曲について。
 社会人になって、芸能界にすっかり疎くなった美奈穂は、まず手始めに恋人が歌っている楽曲を知りたいと思ったのだ。

(曲名をメモっておいて、後でCDを買いに行こう)

 メモ帳とボールペンを持ち、光志の言葉を聞き逃すまいと躍起になる美奈穂。
 そんな彼女の姿を見た瞬間、光志はクスクスと目を細めて笑った後、自分の荷物の中から、持参したタブレットを取り出す。

『俺の意見どうのより、実際に自分の耳で聞いた方がいいと思うぜ?』

 そう言って光志はニヤリと笑う。
 バントに無知な美奈穂を、歌でも惚れさせてやると自信たっぷりな態度に、ようやく引いたはずの熱がぶり返した気がした。



「やっぱり美奈穂のお気に入りはこの辺りか?」

「んー……そうですねえ……」

 光志に借りたタブレットを操作しながら、美奈穂は画面に並んだ曲名を目で追いかけていく。
 もう何十回とした動作もまったく飽きず、逆に彼女の心はワクワクしっぱなしだ。
 このタブレットは、曲を作る際の参考に光志が普段から持ち歩いているものらしい。
 音源の他にも、これまでに作った曲に関する色んなデータも入っているとか。
 デビュー前に作った音源も入っていて、ファンにとっては喉から手が出る程欲しい品かもと思いながら、どれを聞くか真剣に悩む。
 昨日のうちに一通り聞かせてもらっているので、もう一度聞きたい曲を探していたりする。

「あ! それ最新アルバムのジャケじゃん!」

 音漏れ対策のヘッドホンを隣で弄る光志を横目に、うんうん唸り声をあげた時、頭上から恋人のそれとは違う声が聞こえた。
 反射的に視線を上げると、初日に光志へサインを強請っていた男性スタッフが笑顔で自分たちを見つめている。
 視線がスッと動くのを見て思わず追いかけると、彼もタブレットを見ていた。
 そこには彼が言った通り、一番新しいアルバムのジャケット画像が表示されている。

「これ、きっと藤沢君のだよな? 何してたの?」

「光志さんが歌ってる曲について知りたかったので、昨日から教えてもらってるんです」

 小首を傾げタブレットを指差す先輩に、絶賛ブロシャについて勉強中だと話す。
 ブロシャファンの先輩にとって、美奈穂の発言は嬉しかったのか、二ッと笑っていた口元の笑みがさらに深くなった。

「ただ曲を聞いて覚えるより、楽しく覚えた方が記憶に残るよな。ってことで、暇つぶしを兼ねたブロシャイントロクイズ大会を提案する!」

「お? なんだ、ゲームでもすんのか?」

「イントロクイズ? 何それ面白そう!」

 ファンの自分も、初心者の美奈穂も楽しめる企画だとの提案に、気づくと食堂内で各々寛いでいたスタッフの大部分がノリノリで参加を希望していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

処理中です...