怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

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本編

第36話

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 二回目の説明会が予定より早く終わったため、美奈穂は少しでも仕事をしようと調理場にいるスタッフ達のもとへ急いだ。

(念のために、エプロン準備しておいて良かった)

 もうすっかり、部屋を出る時にエプロンを持ち歩く癖がついた。
 なんて小さな笑いをこぼしながら、他のスタッフに指示を仰ぐ。
 忙しない中にも楽しさがある、そんな疲労感を味わえるのもあとほんの少しだけ。
 そう思うと、美奈穂は寂しさを感じずにはいられなかった。





 最後の仕込みを終え、先輩たちや食堂に残ってくれた光志と一緒に本館最上階フロアを目指す。

「明日の朝食配膳終われば、やっと解放されるんだなー。いやー、長かった長かった」

「本当にな。今回は、特に焦るような事件が起きなくて良かったぜ」

 後ろから聞こえる先輩たちの声に、美奈穂は少し申し訳なくなってしまう。
 初日から、何かと騒動を起こしている自覚はある。
 自分以上に、周りの方が何かを感じているはずだ。
 だけど、それらに触れず、何もなかったと言ってくれる優しさが、嬉しくて、恥ずかしい。

「前にバイトした時、何か事件でも起きたんすか?」

「あるぞ、たくさん。そこら辺は、明日の休憩中に話してやるよ」

 隣にいる光志も、後ろの話が気になったみたいだ。首を傾げる彼に、先輩たちが笑顔で了承サインを出してくれた。

「それじゃあ美奈穂ちゃん。明日は仕込み、配膳をした後にご飯を食べて待機だから、何か暇つぶし出来そうなものを持って集合ね」

「はい、わかりました」

 最上階フロアで、スタッフたちは次々自分の部屋へ戻っていく。
 美奈穂と光志は、スタッフの中で一番部屋が近い須藤夫婦と別れる直前、亜沙美から明日の注意事項について念押しをされた。



「明日は、今日までと予定が違うのか?」

 部屋へ戻ると、いつも真っ先にお風呂をすすめてくれる光志が、ドアを閉めながら首を傾げた。
 その様子に小さく頷いた彼女は、笑顔で口を開く。

「参加者さん達は、朝ごはんを食べた後に荷物をまとめて、ここを出発するみたいです。荷造りの最終確認や点呼をして、お昼までには出発って聞きました」

「あー……そういや、部屋にあった冊子に書いてあった、様な……」

「そっちの対応は、志郎さん達がやってくれるそうなので、私たちは先にご飯を食べて、そのまま食堂で待機するようにって」

「なるほど。それじゃ、俺も一緒に待機してればいいってことだな」

 明日の段取りを聞いた時、何か手伝うことはないかと美奈穂は志郎に質問をしていた。
 だけど彼は「毎度のことです。ゆっくりしててください」とほほ笑むだけ。
 念のために、先輩スタッフ数人にも確認をしたものの、全員揃って「いつものんびりしてる」と言うだけで、美奈穂は素直に頷くことにした。





 その後、交代でお風呂に入った美奈穂たちは、一緒にソファーへ座り、志郎から貰った資料冊子を眺め始めた。

「みんな……石、石って言ってましたけど、宝石の名前ばっかりですね」

「だな。しかも種類多いし……決めるの難しいぞ、これ」

 しばらく冊子を眺めてみたものの、そこに並ぶたくさんの写真素材や文字にだんだん頭の中が混乱してくる。
 理由はきっと、どのページにも、アクセサリーに疎い自分でも知っている宝石がズラッと並んでいるせい。
 いくら資料と言っても、数十個の宝石が並ぶ様子は壮観で、驚きを通り越して眩暈を起こしそうになる。
 時々、パラパラとページをめくる光志の手元を見て気を紛らわせようとしたものの、美奈穂は我慢出来ず、彼の肩にコテンと頭を預けた。

「……? 気分でも悪くなったか?」

「宝石なんて、見るの初めてで……頭の中がぐるぐるします」

「それじゃ、今日はもういいか。ゆっくり決めようぜ、別に焦らなくて良いっぽいし」

 心配そうにこっちを覗き込む彼の視線に気づいて、自分の状況を説明する。
 すると、頭の上からホッと吐息が聞こえた。

(もしかして、心配……かけちゃったかな)

 咄嗟に美奈穂は謝ろうとしたものの、光志の手が優しく自分の髪を梳き、優しい言葉と一緒に頭を撫で始める。
 あまりの心地よさに、喉元まで出かかった言葉はいつの間にか消えていた。



「……そうだ。どうせすぐには決めないから、先にタグだけ作って貰えばいいんじゃねえ?石は吟味して選んで、後から入れてもらえばいい」

 肩に腕を回され、光志の胸元に抱き込まれると、自然と二人の身体が密着する。
 まだ恥ずかしさ消えないものの、嫌がったりはしたくない。
 優しく頭を撫でてくれる彼の手と、すぐ近くで恋人の存在を感じられる体勢の方が、美奈穂にとって何十倍も魅力的に思えたからかもしれない。
 すると突然、名案を閃いたとばかりに、光志が声をあげた。
 頭の上から降り注ぐ声に、美奈穂は思わず顔を上げる。
 どこかはしゃいだように聞こえる声につられ目線を向けると、二ッと笑う彼と目が合った。

「早く決めないといけないんじゃ……」

「タグとして重要なのはIDだろうし、石はアクセ要素って言ってたから大丈夫なはずだ。それに……」

「……?」

 顔に不安の色を残す美奈穂の額に唇を寄せると、光志は慈愛に満ちた優しい声を出す。
 だけど不意に声は途切れてしまい、近くにあった顔も離れていく。
 その様子を不思議そうに見つめ、小首を傾げる美奈穂。
 そんな恋人の姿に、光志は小さく笑い、形の良い唇を彼女の耳元へ近づけた。

「美奈穂がつける最初のアクセは、俺が選んだやつにして欲しいしな。お前の初めては、全部俺のものだ。政府の奴らになんか、渡してやんねー」

 甘く熱のこもった囁きが、美奈穂の身体をあっという間に火照らせていく。
 身体の奥から湧き上がる熱を逃がしたくて、思わず唇を開いた。
 でもそれはすぐ、自分より何倍も熱い唇で塞がれる。
 気づいた時にはもう、どちらのものかわからない吐息と唾液が美奈穂の口内を満たし、力強い彼の腕の中で、分け与えられる熱に溺れるだけだった。
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