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本編
第35話
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「お二人には後日、このドッグタグと同類のものが渡されます。その後は肌身離さず持ち歩いてください」
喉を潤して一息吐くと、志郎はテーブルの上に自分の首から外したチェーン付きのドッグタグを置いた。
許可を取ってタグを手に取った光志が、そこに刻まれた文字を見つめる。
美奈穂も横から彼の手元を覗き込むと、志郎の名前がローマ字で刻印された面、アルファベットと数字が複雑に並ぶ面の二種類が目に留まった。
そして表面には、左右それぞれ淡いグリーンの石と黒い石が埋め込まれていた。
「これは何ですか? 志郎さんの名前が入ってますけど」
「これは、運命の番推奨法の適正者である証です」
彼の口から飛び出したのは、聞いたことの無い法律の名前だ。
運命の番というネーミングから、自分たちにも関係があることはわかる。
「まず……この推奨法は、一般的な法律とはちょっと違います。ニュースやドラマなどでよく聞く法律を“表の法律”とするなら、これは“裏の法律”。普通に生活している分には決して聞かない言葉です。まあ……ざっくり言うと、運命の番を見つけた人に関する法律って所ですかね」
「それは、初日に話してもらった……番の話を他でしちゃダメとか、番になった人たちの家を政府が用意してくれる、なんてことですか?」
「その通りです」
志郎の話を聞き、美奈穂が首を傾げると、彼は大きく頷いてくれた。
「その他にも色々あるんですけど、今は特に必要無いので追々に。今後お二人の担当は俺になると思うので、困ったことがあったら何なりと言ってください」
「わあ、本当ですか!? それはとても心強いです。ね! 光志さん」
「え? あー……んー……」
志郎が今後もサポートしてくれることが、美奈穂は心の底から嬉しかった。
そのあまり、思わず光志の方を向いて同意を求める。
すると、何故か彼は浮かない顔をして、到底返事とは言えない声をあげ始めた。
光志は何か不満があるのだろうか。
なんて思った瞬間、光志の肩がビクッと激しく揺れるのと同時に同時に「いっ!?」と噛み殺した声が聞こえてきた。
「どうしましたー? 藤沢さん。まるで俺が担当になることを嫌がってるような態度ですねー?」
「何も言ってないのに人の足踏むなよ! そういう所があるから、素直に頷けないんだよ、この二重人格!」
「はあ!? 誰が二重人格だ、もう一回言ってみろ!」
苦痛に顔を歪ませる光志とは反対に、志郎は晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。その顔を見た瞬間、光志はますます眉間の皺を深くした。
そんな二人の様子に美奈穂がオロオロしている間に、志郎の口調が荒くなり、気づけば男たちがお互いに相手を睨みだしてしまった。
気が立った二人を鎮めてくれたのは、ずっと様子を見守っていた兼治。
千草の指示でブックスタンドから雑誌を拝借すると、丸めたそれで二人の頭を勢いよく叩いて強引に黙らせていた。
「喧嘩は後でしてください。美奈穂ちゃんが困っちゃうから」
「おー、これいいな。ぶっ叩く側になるとスカッとする」
優しい笑顔の裏に含みを持たせる千草の隣で、野球バットでも振るようにブンブンと雑誌を持った手をスイングさせる兼治。
そして、二人のそばで殴られた頭を抱えて呻く男たち。
三者三様、いや四者四様な反応を見せる関係者たちを前に、美奈穂は何も出来ず、大人しくしておくことが最善と、無意識に止めていた息を吐きだした。
みんなで新しく入れた飲み物を口にし、また一息つく。
殺気だった光志たちの怒りもすっかり収まり、毒気を抜かれたように大人しくなったみんなの様子に美奈穂は内心ホッとしていた。
「あの……さっき志郎さんから見せてもらった、えっと……ドッグタグって言うんですか? あれは、千草さんや兼治さんも持ってたりします?」
場の雰囲気を少しでも良くしたくて、隣に座る千草を見つめ、首を傾げる。
アクセサリー類についても若干疎い美奈穂は、初めて聞いた単語をぎこちなく口にした。
「ええ、もちろん。これはアクセサリー代わりにもなるから、女性でも楽しめるものなの」
千草はにこりと笑って頷き、首からタグが付いたネックレスを外して見せてくれる。
「あれ? 志郎さんのと石の色が違いますね」
「この石は、各自自由なものを選べるのよ。大概の人達は、ペアアクセっぽく二人で同じ色の石を入れるんだけどね。アナタ、ちょっと見せてあげて」
千草のタグについている石は透明なものと黄色がかったものだった。
その違いを指摘すると、今度は兼治が自分のタグを見せてくれる。
彼がTシャツの中に隠していたそれには、千草と同じ色の石がはめ込まれていた。
「そのドッグタグをつけていれば、番持ちだとすぐにわかるんですよ。外出先で具合が悪くなった時とかは、番のことをよくわかってる病院へ搬送してもらえます」
「番の病院って何だよ? 別に普通の病院だって良くねえか?」
「番持ちの中には嫉妬深い奴も多いからな。医者とは言え、他の男に自分の嫁さんの裸見られるのを嫌がる奴もいる。その点、番専用の病院は、同性の医者が担当するから安心ってことだ。どっかの誰かさんみたいに騒がずに済む」
「……ふんっ」
志郎の説明に光志が首を傾げると、すぐに兼治が補足説明をしてくれた。
最後はちょっとばかり刺々しかったけれど、覚えがあるせいか光志は悔しそうに口を噤む。
不貞腐れてしまった彼氏の様子に苦笑いを浮かべた美奈穂は、千草から借りたタグの片面を指差した。
「このアルファベットと数字は何をあらわしているんですか?」
「それは、タグの持ち主を特定するための個別IDなんです。本人の個人情報や家族のデータなんかを見るのに必要で。政府直属に番専用の組織があって、そこで管理しているパソコンでしか見ることが出来ないので、情報流出の心配はありません。セキュリティーはガッチガチです」
「この石にも、何か意味が?」
「それは、さっき千草さんも言った通りアクセサリーっぽさを出すため、ですかね。ただのドッグタグだとちょっとゴツい感じがするでしょう? だから、番同士で好きな石を選んで、二人だけのペアアクセ、な感じを出すんです」
拗ねた光志に代わって、タグについて美奈穂が質問をすると、志郎は丁寧に教えてくれた。
そしてテーブルの上に同じ表紙の本を二冊置く。
あまり厚さは無さそうなそれを興味津々で見つめると、彼は一冊を手に取り、サッとページをめくってくれた。
「これ、石を選ぶ際の参考資料にどうぞ。単に好きな色で選んでもいいし、お互いの誕生月や誕生日にちなんだ石でもいいし、パワーストーンのように石の持つ意味を重視してもいい。二人で悩んで決めてください」
(一緒に考える、二人だけのアクセサリー……)
どこか結婚指輪を彷彿とさせるそれが、いつか自分の首にもかけられるのかと思うと、急に頬が熱くなる気がした。
嬉しくて、少し恥ずかしくて、ついモジモジと自分の指を遊ばせる美奈穂。
その姿を見つめる四対の瞳は、どこまでも優しかった。
喉を潤して一息吐くと、志郎はテーブルの上に自分の首から外したチェーン付きのドッグタグを置いた。
許可を取ってタグを手に取った光志が、そこに刻まれた文字を見つめる。
美奈穂も横から彼の手元を覗き込むと、志郎の名前がローマ字で刻印された面、アルファベットと数字が複雑に並ぶ面の二種類が目に留まった。
そして表面には、左右それぞれ淡いグリーンの石と黒い石が埋め込まれていた。
「これは何ですか? 志郎さんの名前が入ってますけど」
「これは、運命の番推奨法の適正者である証です」
彼の口から飛び出したのは、聞いたことの無い法律の名前だ。
運命の番というネーミングから、自分たちにも関係があることはわかる。
「まず……この推奨法は、一般的な法律とはちょっと違います。ニュースやドラマなどでよく聞く法律を“表の法律”とするなら、これは“裏の法律”。普通に生活している分には決して聞かない言葉です。まあ……ざっくり言うと、運命の番を見つけた人に関する法律って所ですかね」
「それは、初日に話してもらった……番の話を他でしちゃダメとか、番になった人たちの家を政府が用意してくれる、なんてことですか?」
「その通りです」
志郎の話を聞き、美奈穂が首を傾げると、彼は大きく頷いてくれた。
「その他にも色々あるんですけど、今は特に必要無いので追々に。今後お二人の担当は俺になると思うので、困ったことがあったら何なりと言ってください」
「わあ、本当ですか!? それはとても心強いです。ね! 光志さん」
「え? あー……んー……」
志郎が今後もサポートしてくれることが、美奈穂は心の底から嬉しかった。
そのあまり、思わず光志の方を向いて同意を求める。
すると、何故か彼は浮かない顔をして、到底返事とは言えない声をあげ始めた。
光志は何か不満があるのだろうか。
なんて思った瞬間、光志の肩がビクッと激しく揺れるのと同時に同時に「いっ!?」と噛み殺した声が聞こえてきた。
「どうしましたー? 藤沢さん。まるで俺が担当になることを嫌がってるような態度ですねー?」
「何も言ってないのに人の足踏むなよ! そういう所があるから、素直に頷けないんだよ、この二重人格!」
「はあ!? 誰が二重人格だ、もう一回言ってみろ!」
苦痛に顔を歪ませる光志とは反対に、志郎は晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。その顔を見た瞬間、光志はますます眉間の皺を深くした。
そんな二人の様子に美奈穂がオロオロしている間に、志郎の口調が荒くなり、気づけば男たちがお互いに相手を睨みだしてしまった。
気が立った二人を鎮めてくれたのは、ずっと様子を見守っていた兼治。
千草の指示でブックスタンドから雑誌を拝借すると、丸めたそれで二人の頭を勢いよく叩いて強引に黙らせていた。
「喧嘩は後でしてください。美奈穂ちゃんが困っちゃうから」
「おー、これいいな。ぶっ叩く側になるとスカッとする」
優しい笑顔の裏に含みを持たせる千草の隣で、野球バットでも振るようにブンブンと雑誌を持った手をスイングさせる兼治。
そして、二人のそばで殴られた頭を抱えて呻く男たち。
三者三様、いや四者四様な反応を見せる関係者たちを前に、美奈穂は何も出来ず、大人しくしておくことが最善と、無意識に止めていた息を吐きだした。
みんなで新しく入れた飲み物を口にし、また一息つく。
殺気だった光志たちの怒りもすっかり収まり、毒気を抜かれたように大人しくなったみんなの様子に美奈穂は内心ホッとしていた。
「あの……さっき志郎さんから見せてもらった、えっと……ドッグタグって言うんですか? あれは、千草さんや兼治さんも持ってたりします?」
場の雰囲気を少しでも良くしたくて、隣に座る千草を見つめ、首を傾げる。
アクセサリー類についても若干疎い美奈穂は、初めて聞いた単語をぎこちなく口にした。
「ええ、もちろん。これはアクセサリー代わりにもなるから、女性でも楽しめるものなの」
千草はにこりと笑って頷き、首からタグが付いたネックレスを外して見せてくれる。
「あれ? 志郎さんのと石の色が違いますね」
「この石は、各自自由なものを選べるのよ。大概の人達は、ペアアクセっぽく二人で同じ色の石を入れるんだけどね。アナタ、ちょっと見せてあげて」
千草のタグについている石は透明なものと黄色がかったものだった。
その違いを指摘すると、今度は兼治が自分のタグを見せてくれる。
彼がTシャツの中に隠していたそれには、千草と同じ色の石がはめ込まれていた。
「そのドッグタグをつけていれば、番持ちだとすぐにわかるんですよ。外出先で具合が悪くなった時とかは、番のことをよくわかってる病院へ搬送してもらえます」
「番の病院って何だよ? 別に普通の病院だって良くねえか?」
「番持ちの中には嫉妬深い奴も多いからな。医者とは言え、他の男に自分の嫁さんの裸見られるのを嫌がる奴もいる。その点、番専用の病院は、同性の医者が担当するから安心ってことだ。どっかの誰かさんみたいに騒がずに済む」
「……ふんっ」
志郎の説明に光志が首を傾げると、すぐに兼治が補足説明をしてくれた。
最後はちょっとばかり刺々しかったけれど、覚えがあるせいか光志は悔しそうに口を噤む。
不貞腐れてしまった彼氏の様子に苦笑いを浮かべた美奈穂は、千草から借りたタグの片面を指差した。
「このアルファベットと数字は何をあらわしているんですか?」
「それは、タグの持ち主を特定するための個別IDなんです。本人の個人情報や家族のデータなんかを見るのに必要で。政府直属に番専用の組織があって、そこで管理しているパソコンでしか見ることが出来ないので、情報流出の心配はありません。セキュリティーはガッチガチです」
「この石にも、何か意味が?」
「それは、さっき千草さんも言った通りアクセサリーっぽさを出すため、ですかね。ただのドッグタグだとちょっとゴツい感じがするでしょう? だから、番同士で好きな石を選んで、二人だけのペアアクセ、な感じを出すんです」
拗ねた光志に代わって、タグについて美奈穂が質問をすると、志郎は丁寧に教えてくれた。
そしてテーブルの上に同じ表紙の本を二冊置く。
あまり厚さは無さそうなそれを興味津々で見つめると、彼は一冊を手に取り、サッとページをめくってくれた。
「これ、石を選ぶ際の参考資料にどうぞ。単に好きな色で選んでもいいし、お互いの誕生月や誕生日にちなんだ石でもいいし、パワーストーンのように石の持つ意味を重視してもいい。二人で悩んで決めてください」
(一緒に考える、二人だけのアクセサリー……)
どこか結婚指輪を彷彿とさせるそれが、いつか自分の首にもかけられるのかと思うと、急に頬が熱くなる気がした。
嬉しくて、少し恥ずかしくて、ついモジモジと自分の指を遊ばせる美奈穂。
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