怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

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本編

第34話

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 筋肉痛のせいでフラつきながら仕事を続けた美奈穂は、無事六日目の仕事をやり切った。
 そして夕食後、美奈穂は調理場へ戻らず光志と食堂に残る。
 今夜は志郎から番についての説明を受ける日だ。

「そんじゃ、第二回番説明会開始しまーす。はい、拍手―」

 パチパチとやる気のない拍手と一緒に、これまたやる気のない兼治の開会宣言が食堂に響く。
 その様子を、光志、志郎、そして千草が若干冷めた目で見つめていた。

「なんだよーお前らノリわりぃな。ほら見ろ! 美奈穂ちゃんは健気に拍手してくれてんだぞ」

「……っ!」

 三人の視線に不貞腐れた兼治は、ビシッと自分の斜め向かいに座る美奈穂を指差した。
 テーブルと身体の隙間でささやかにしていた拍手に気づかれた美奈穂は、途端に拍手を止め、熱くなる顔を両手で覆い隠す。

「可愛すぎだろ」

「うう……」

 その後、すぐに耳元で恍惚とした声が聞こえ、ぎゅっと誰かに抱きしめられた。
 美奈穂は驚いて一瞬身体を強張らせたものの、自分を抱きしめた犯人に気づき、すぐに力を抜いた。

「ふふっ、美奈穂ちゃんったら本当に可愛いわね」

「いや、可愛い云々以前に心配になりますよ。美奈穂さん、変な人について行っちゃダメですよ?」

「菓子で誘惑される子供か! 流石にその辺の判断は、美奈穂ちゃんでも出来んだろ」

「へ、変な人にはついて行きません!」

「大丈夫だ。これからは俺が守る」

 隣から千草の、向かいから志郎と兼治の声が次々と聞こえる。
 そんなに子供じゃない!
 そう懸命に主張する美奈穂の言葉を聞いているのかいないのか、スリスリと頭部に光志が頬を擦り付けてくる。
 人目もはばからずイチャつく二人の姿を、大人たちは呆れ交じりに見つめながら「不安しかない」と口々に呟いた。





「この前の説明では、番について大雑把なことを話しましたけど……わからなかったところはありますか?」

 その後、手始めに前回の説明についての確認と志郎が首を傾げれば、美奈穂と光志は揃って大丈夫と頷く。
 すると志郎が、食堂へ来るときに持って来たという資料の中から、一枚の紙を取り出した。
 そこにはいつくかのアルファベットが大文字と小文字で書き込まれている。

「これは、二人に説明するために作った資料です。俺の手書きで申し訳ないんだけど、変にゴチャゴチャ書き込まれたものを見せるより、わかりやすいかと思って」

 志郎は椅子の背にかけていた上着のポケットからボールペンを取り出し、ペン先で大文字のAを示した。

「説明会で、参加者の選出はランダムって言ったけど、ニュアンスが違います。正確に言えば、完全なランダムじゃありません」

「……?」

「ここにあるアルファベットは仮ですが、大文字が男性、小文字が女性と思って。参加者選出基準は、相性のいいグループに属する国民の中から“ランダム”に選んでいるんです」

 そう言うと、志郎は、大文字のAと小文字のaを一くくりに丸で囲む。
 続けて、B、Cもそれぞれ大文字小文字を一くくりにまとめていった。

「同じアルファベットグループに属する人同士だと、番が見つかる確率が高いんです。俺たちは、少しでもマッチングの成功率を上げるために、毎回政府側で参加者を選出しています」

「同じアルファベットの相性が良いってのは、何となくわかるけど……それは説明としての例だろう? 実際にはどうやってグループ分けするんだよ。番がどうのって話、今回初めて聞いたし、組み分けのテストみたいなのは受けた記憶が無いぞ」

 志郎の説明を聞いていた光志が、眉間に皺をよせ首を傾げる。
 その様子を見た志郎は、持っていたペンの先で自分の腕を指し示し、二ッと笑った。

「番の相性の良さは、DNAで決まるらしいです。だから、血液から採ったサンプルを元にグループ分けを」

「血取られた記憶も無い」

「上の話を聞く限り、子供の頃……どんなに遅くても、高校へ入る前までに、学校の検査や、病院へ行った時にこっそりサンプルを拝借するらしいですよ」

 化学は日々進歩していると説明する志郎の言葉を聞き、美奈穂はふと疑問を抱いた。

「それじゃあ、わざわざ集まらなくても、サンプルのデータで分からないんですか? 貴方の相手はこの人ですよーって」

「流石にまだそこまでは。現段階では、大雑把にグループ分けするまでが限界らしいです。DNAの相性っていうのは、運命の番が引き合う要因を作るピースでしかなくて、やっぱり大部分を占めているのは精神面っぽいので」

「早く血だけで分かるようになりゃ、政府も楽だろうにな」

 だから番と出会った瞬間、心臓を握りつぶされるような感覚に陥るんだ。
 なんて言葉を続ける志郎の話を聞いた光志は、ため息交じりに自分の想いを呟く。

(本当にその通りだよね。でも……政府も何か考えがあるから、こういうことをしているんだよね。きっと)

 少しだけ光志の意見に心の中で賛同しつつ、美奈穂は何も言葉を発しない。
 政府が考えた策に部外者の自分が口を出して良いとは、どうしても思えなかった。



「あの、志郎さん。参加者さんたちが、グループ分けされてるのはわかったんですけど……私の場合はどうなんでしょう? 私も、そのグループ分けに当てはまるってことですか?」

 話の途中、調理場から麦茶が差し入れられた。
 それを五人で飲みながら休憩している時、不意に美奈穂が志郎に話しかける。
 今回光志と番になったことは単なる偶然か、それとも何か裏がと気になったせいだ。

「美奈穂さんの場合は……半分正解って感じです。集まり初日までの残り日数の少なさや応募状況を加味して、今回のケースはかなりレアです。結果から言うと、偶然と言っていいかも。一応DNAチェックして、美奈穂さんも該当してたんで“これで番候補が居たら、宝くじが当たる以上に珍しいんじゃないか?”くらいの感覚でしたから」

 これも番パワーの吸引力ですかねー、とケラケラ笑う志郎の言葉に、美奈穂はなんだか恥ずかしくなり、それ以上何も言わず頬の熱を冷えた麦茶を飲んで誤魔化した。
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