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本編
第33話☆
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アルバイト六日目。泊まり込み生活も、残すところ一日とちょっと。
そんな早朝、美奈穂はいつもと違う目覚めを迎えていた。
(んー……今日はまだねむ)
「いっ!?」
鳴り響くアラームを止めるため、サイドテーブルに乗せていたスマホへ手をのばす。
だけど、指先が画面に触れるよりも先に、美奈穂の全身を鈍い痛みが襲った。
ここ数日で一番の眠気と、全身を襲う疲労感、そしてどこか懐かしい痛み。
見事過ぎるトリプルコンボに、すぐさまベッドの上に突っ伏し、一度入れたはずの力はすぐに抜けていく。
「美奈穂、その……大丈夫か?」
一瞬、何が起こったのかよくわからなかった。
うつ伏せに寝そべったまま、そばから聞こえた声の方を向くと、心配そうにこっちを見つめる光志と目が合う。
その瞬間、ようやく今の状況を理解し、昨夜のことを思い出した。しかも、自分が今裸なことまで。
「すごく、眠いです」
「わ、わりぃ」
「身体が、重いです」
「申し訳ない」
「筋肉痛が、ヤバいです」
「貰ってた湿布を貼っておいたんだが、やっぱりダメだったか」
すぐに光志がアラームを止め、その後、一つ一つ現状を報告する美奈穂の顔は朝からしっかり熱を帯びだす。
昨夜の痴態を思い出すせいで、若干心まで疲弊しているのは、きっと気のせいじゃない。
チラチラ視界に入る光志の顔が、見るからにしょげているのは、寝起きで覚醒しきっていない頭でもちゃんと理解出来た。
烏の行水のようにシャワーを浴びて、光志が兼治から貰った湿布の残りを痛みがひどい所に貼った美奈穂は、予定より遅れて朝の支度へ向かった。
「無理そうなら、俺が休めるように頼んでやるから」
「ただでさえ、休んでる時間が多いんですからこれ以上はダメです。お給料に見合った仕事になりません」
美奈穂に無理をさせまいと首を横に振る光志の気持ちは嬉しかった。
けれど、この場に仕事をしに来ているプライドなのか、長年のブラック企業勤務で刷り込まれた仕事で他人に迷惑をかけるなという精神のせいか、どうしても美奈穂は素直になれなかった。
若干身体を引きずりながら調理場へ向かったものの、美奈穂の不調は先輩たちに即刻見破られてしまった。
「それじゃあ、昨日……エッチしちゃったの?」
「し、してないです! そんなっ!」
「でも……ぽい、ことはしちゃったんでしょう?」
「う、うう……」
そのせいで午前の仕込み中、美奈穂は休憩時間に食堂の隅でコソコソと千草に事情聴取される羽目になった。
恥ずかしがりやな自分に気を遣って、声を抑えてくれている千草の気遣いは有難い。
だけど、内容が内容だけに、顔から火が出そうな勢いの熱を感じ、美奈穂は何度も顔を両手で覆い隠しているため満足に返答出来ない。
「はあ!? 騎乗位の素股だあ? バッカだろ、おまっ! あれ程美奈穂ちゃんに負担かけんなって、俺は口酸っぱくして言ったはずだぞ?」
「バッ! 声がデカいんだよ!」
不意に、食堂の中心で話をしていた光志と兼治が騒ぎ始めた。
反射的にそちらを振り向くと、年上相手にも関わらず、兼治の頭を渾身の力で叩いている光志の姿が見えた。
(な、何やってるんですかー!)
「あ、ああっ……こ、光志さんが兼治さんに失礼なことをしてすみません!」
「いいのよ美奈穂ちゃん。今のは完全に、うちの旦那に非があるから」
羞恥心でいっぱいだった心が、あっという間に混乱で埋め尽くされる。自分が何かやらかしたわけじゃないのに、彼氏の失態を間近で目撃した衝撃は大きい。
気付くと美奈穂は、必死に兼治の妻千草へ謝罪を繰り返していた。
その初々しい様子に、千草は一瞬ポカンとしたものの、すぐに苦笑いを浮かべ、ヨシヨシと美奈穂の頭を撫でたのだった。
「千草さん、千草さん」
「ん? どうしたの、美奈穂ちゃん」
午前中最後の休憩を終え、配膳準備に取り掛かる直前、美奈穂はちょっとばかりぎこちない足取りで千草のそばへ近づき、彼女の耳元に顔を寄せる。
「さっき兼治さんが言ってた、きじょーいとか、すまたって何ですか?」
「……美奈穂ちゃんはまだ知らなくて大丈夫な言葉よ」
「……?」
純粋に意味を知りたくて聞いたはずが、何故か千草はにっこりと笑みを浮かべ首を横に振る。
その様子に、これ以上聞いてはいけない気がした美奈穂は、素直に千草の言葉に頷き、湿布のおかげで少しずつ痛みが治まりだした身体を引きずり調理場へ戻っていった。
(……あ、そうだ)
「美智子さん。そう言えばわかりましたか? 朝ご飯の時にご飯が残った訳」
調理場に戻ってすぐ、食器を作業台の上へ出す手伝いをしながら、美奈穂は思い出したように近くに居た美智子へ声をかける。
今朝の朝食配膳時、何故か一人分のご飯が余ってしまい、美奈穂はその訳を気にしていた。
初日の光志のように、誰かが食堂へ来ていないだけなんだろう。
なんて、みんながあまり気にする素振を見せなかったせいか、美奈穂自身もあまり深く考えなかった。
だけど、思い出せば理由が気になり、つい疑問がポロっと口から零れる。
「ああ、あれね。来てなかった子って、あのヒステリーちゃんらしいのよ」
食堂に来た参加者の人数確認を任されている美智子なら、何か知っているかもと思って聞けば、返ってきた答えに美奈穂は大きく目を見開く。
ヒステリーちゃんと聞いて、この場に居る全員が思い浮かべるのはきっと一人しかいないはずだ。
「そうだ、忘れてた。皆さん、相楽さんからの言伝です。今日から一人分少なくしてください。参加者のうちお一方が、ペナルティで強制帰宅させられたそうです」
続く良晴の声で、美奈穂の中にあった疑問は解決し、心の中から静かに消えていく。
(ペナルティなんてこともあるんだ)
美智子と良晴の言葉が一本の線で繋がったと気づいた瞬間、美奈穂はこの集まりの裏側をほんの少し垣間見た気がした。
そんな早朝、美奈穂はいつもと違う目覚めを迎えていた。
(んー……今日はまだねむ)
「いっ!?」
鳴り響くアラームを止めるため、サイドテーブルに乗せていたスマホへ手をのばす。
だけど、指先が画面に触れるよりも先に、美奈穂の全身を鈍い痛みが襲った。
ここ数日で一番の眠気と、全身を襲う疲労感、そしてどこか懐かしい痛み。
見事過ぎるトリプルコンボに、すぐさまベッドの上に突っ伏し、一度入れたはずの力はすぐに抜けていく。
「美奈穂、その……大丈夫か?」
一瞬、何が起こったのかよくわからなかった。
うつ伏せに寝そべったまま、そばから聞こえた声の方を向くと、心配そうにこっちを見つめる光志と目が合う。
その瞬間、ようやく今の状況を理解し、昨夜のことを思い出した。しかも、自分が今裸なことまで。
「すごく、眠いです」
「わ、わりぃ」
「身体が、重いです」
「申し訳ない」
「筋肉痛が、ヤバいです」
「貰ってた湿布を貼っておいたんだが、やっぱりダメだったか」
すぐに光志がアラームを止め、その後、一つ一つ現状を報告する美奈穂の顔は朝からしっかり熱を帯びだす。
昨夜の痴態を思い出すせいで、若干心まで疲弊しているのは、きっと気のせいじゃない。
チラチラ視界に入る光志の顔が、見るからにしょげているのは、寝起きで覚醒しきっていない頭でもちゃんと理解出来た。
烏の行水のようにシャワーを浴びて、光志が兼治から貰った湿布の残りを痛みがひどい所に貼った美奈穂は、予定より遅れて朝の支度へ向かった。
「無理そうなら、俺が休めるように頼んでやるから」
「ただでさえ、休んでる時間が多いんですからこれ以上はダメです。お給料に見合った仕事になりません」
美奈穂に無理をさせまいと首を横に振る光志の気持ちは嬉しかった。
けれど、この場に仕事をしに来ているプライドなのか、長年のブラック企業勤務で刷り込まれた仕事で他人に迷惑をかけるなという精神のせいか、どうしても美奈穂は素直になれなかった。
若干身体を引きずりながら調理場へ向かったものの、美奈穂の不調は先輩たちに即刻見破られてしまった。
「それじゃあ、昨日……エッチしちゃったの?」
「し、してないです! そんなっ!」
「でも……ぽい、ことはしちゃったんでしょう?」
「う、うう……」
そのせいで午前の仕込み中、美奈穂は休憩時間に食堂の隅でコソコソと千草に事情聴取される羽目になった。
恥ずかしがりやな自分に気を遣って、声を抑えてくれている千草の気遣いは有難い。
だけど、内容が内容だけに、顔から火が出そうな勢いの熱を感じ、美奈穂は何度も顔を両手で覆い隠しているため満足に返答出来ない。
「はあ!? 騎乗位の素股だあ? バッカだろ、おまっ! あれ程美奈穂ちゃんに負担かけんなって、俺は口酸っぱくして言ったはずだぞ?」
「バッ! 声がデカいんだよ!」
不意に、食堂の中心で話をしていた光志と兼治が騒ぎ始めた。
反射的にそちらを振り向くと、年上相手にも関わらず、兼治の頭を渾身の力で叩いている光志の姿が見えた。
(な、何やってるんですかー!)
「あ、ああっ……こ、光志さんが兼治さんに失礼なことをしてすみません!」
「いいのよ美奈穂ちゃん。今のは完全に、うちの旦那に非があるから」
羞恥心でいっぱいだった心が、あっという間に混乱で埋め尽くされる。自分が何かやらかしたわけじゃないのに、彼氏の失態を間近で目撃した衝撃は大きい。
気付くと美奈穂は、必死に兼治の妻千草へ謝罪を繰り返していた。
その初々しい様子に、千草は一瞬ポカンとしたものの、すぐに苦笑いを浮かべ、ヨシヨシと美奈穂の頭を撫でたのだった。
「千草さん、千草さん」
「ん? どうしたの、美奈穂ちゃん」
午前中最後の休憩を終え、配膳準備に取り掛かる直前、美奈穂はちょっとばかりぎこちない足取りで千草のそばへ近づき、彼女の耳元に顔を寄せる。
「さっき兼治さんが言ってた、きじょーいとか、すまたって何ですか?」
「……美奈穂ちゃんはまだ知らなくて大丈夫な言葉よ」
「……?」
純粋に意味を知りたくて聞いたはずが、何故か千草はにっこりと笑みを浮かべ首を横に振る。
その様子に、これ以上聞いてはいけない気がした美奈穂は、素直に千草の言葉に頷き、湿布のおかげで少しずつ痛みが治まりだした身体を引きずり調理場へ戻っていった。
(……あ、そうだ)
「美智子さん。そう言えばわかりましたか? 朝ご飯の時にご飯が残った訳」
調理場に戻ってすぐ、食器を作業台の上へ出す手伝いをしながら、美奈穂は思い出したように近くに居た美智子へ声をかける。
今朝の朝食配膳時、何故か一人分のご飯が余ってしまい、美奈穂はその訳を気にしていた。
初日の光志のように、誰かが食堂へ来ていないだけなんだろう。
なんて、みんながあまり気にする素振を見せなかったせいか、美奈穂自身もあまり深く考えなかった。
だけど、思い出せば理由が気になり、つい疑問がポロっと口から零れる。
「ああ、あれね。来てなかった子って、あのヒステリーちゃんらしいのよ」
食堂に来た参加者の人数確認を任されている美智子なら、何か知っているかもと思って聞けば、返ってきた答えに美奈穂は大きく目を見開く。
ヒステリーちゃんと聞いて、この場に居る全員が思い浮かべるのはきっと一人しかいないはずだ。
「そうだ、忘れてた。皆さん、相楽さんからの言伝です。今日から一人分少なくしてください。参加者のうちお一方が、ペナルティで強制帰宅させられたそうです」
続く良晴の声で、美奈穂の中にあった疑問は解決し、心の中から静かに消えていく。
(ペナルティなんてこともあるんだ)
美智子と良晴の言葉が一本の線で繋がったと気づいた瞬間、美奈穂はこの集まりの裏側をほんの少し垣間見た気がした。
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