怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

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本編

第28話

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 参加者たちが食堂に集まる前に調理場へ戻らなきゃ。
 そんな悠長なことを考えていた美奈穂にとって、高飛車な態度が抜けない女性の登場は思ってもみない展開だった。

 志郎から口外するなと言われている手前、素直に番ですと言えるわけもない。
 スタッフとして、参加者相手に失礼があってはならないと言われている。
 そんな自分の立場では、この場から逃げるなんて出来ない。仮に逃げたとしたら、それは彼女の質問にイエスと言っているのも当然。

(こ、ここは……仲良くないって事で通さないと)

「ええっと……関係、と言いますと?」

 出来るだけ穏便に、追及されないように意識しながら、美奈穂は咄嗟に首を傾げとぼけてみせる。
 いくら恋愛経験が無くても、初日に見た女性の態度と、今自分へ向けられる視線から、彼女が何を聞きたがっているかくらいはわかる。
 でも、すぐに否定するのは変じゃないかと、微々たる知識を総動員しての対応だ。

「とぼけないでよ! あたし……見たんだから。アンタが光志と手を繋いで歩いてるところ」

「……っ!」

 自分たちは、ただの参加者とスタッフだと、どう説明すればこの場を切り抜けられるか。そんなことを考えていると、不意に頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲い掛かる。
 驚くあまり瞬きを繰り返す視界に映るのは、相変わらずこっちを睨みつける彼女。
 その視線はますます鋭くなった気がするし、口調まで荒々しくなっている。

 勘違いですよ、と話を受け流してこの場を去れればと思っていた。
 だけどこの一瞬で、その願いは儚く消え去る。
 自分へ向けられた悪意に、一瞬でも反応を見せてしまった今、美奈穂の逃げ道は絶たれた。

「アンタみたいな子が、スタッフエプロンつけて仕事してるなんておかしいじゃない。他の人達と年齢が違い過ぎるわ。それに、アンタが働いてる所なんて、見たこと無いもの! どうせ、コネでも使って紛れ込んだんでしょう!?」

 勢いのまま捲し立てる彼女の言葉に押され、思わず後退りをする。だけど、すぐに美奈穂の背中は頑丈な扉に押しつけられ、逃げ場はすぐに消えてしまった。

「ち、違いますっ! コネなんて使ってません。わ、私は……臨時で雇われただけなんです。いつも調理場の奥の方で作業しているので、食堂からは見えないのかも……」

「嘘つくんじゃないわよっ!」

「ひぃっ!」

 バンッと耳元で聞こえた大きな音に、思わず小さな悲鳴がこぼれ出る。
 必死に自分の状況を説明する間に、彼女は大股で歩きこっちへ近づいてきた。
 そのまま美奈穂の言葉を遮るように叫び、勢いよく自分の手を扉へ叩きつける。
 顔スレスレの位置に突きつけられた細い腕に、底知れない恐怖を感じてしまう。

『もし美奈穂さんが、掃除や洗濯のために敷地内をあちこち動き回っている途中で、参加者と間違われて男性に絡まれたりしたら、元も子もありません』

 初日に良晴から言われたことが脳裏を過る。彼が例えで出した状況と微々たる差はあるものの、まさに今先輩たちが危惧していた状況に自分は陥っている。
 そう悟った瞬間、より一層の恐怖に全身が呑み込まれそうになる。

「スタッフとして潜り込んで、光志に取り入ろうとしてるんでしょう!? 見え透いた魂胆丸出しな女なんか、あの人が好きになるはず無いじゃないっ!」

 どうしよう、どうしようと、考え込んでいる間に、目の前から金切り声の怒号が聞こえた。
 その言葉は鋭い刃に姿を変え、美奈穂の心を貫いていく。

「……っ!」

 ドクンと大きく動いた心臓。その鼓動を胸の奥で感じた瞬間、いつまでも目の前から離れない名前も知らない女が大きく右手を振り上げる。
 その動作を目にした美奈穂は、反射的に目を瞑った。
 そのまま、左半身のどこかへ来るだろう衝撃を予感し身体を強張らせる。

(……あれ?)

 だけど、いつまで経っても衝撃はやってこない。
 痛みも無く、それどころか、さっきまでうるさ過ぎるくらいだった女の声が聞こえなくなった。
 シン、と静まり返った空気が、夏特有の蒸し暑さの中で際立っているのがわかる。

(どう、なってるの?)

 訳がわからないまま、心に恐怖のツタが絡まった状態にも関わらず、美奈穂は恐る恐る瞼を押し上げ自ら視界を開いていく。

「……っ!?」

 そして、瞼を上げ切った瞬間、目に飛び込んできた光景に彼女は言葉を失った。

「……ったい! 離してよっ!」

 ついさっきまで美奈穂に怒鳴り散らしていた女性は、右手を宙に上げたまま、自分の背後にいる人物に向かって何かを必死に訴えている。その眼中にはもう、美奈穂なんて一ミリも映っていない。
 そんな彼女の後ろにいるのは、今の美奈穂にとって眩しすぎる程の光。

「お前……こいつに何をしようとした?」

 女の振り上げた右手首を掴み、怒りを露わにする光志の姿は、夏空で輝く太陽以上に熱く燃え盛る、怒りという名の炎に包まれている様に見えた。
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