怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

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本編

第27話

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「それじゃあ、今回の集まりも折り返し地点という事で。毎日暑くて嫌になりますが、最終日の慰労会に向けて、頑張りましょう」

 翌朝、睡魔と文句たらたらな光志に打ち勝ち、美奈穂はここへ来て初めて朝の支度へ加わることが出来た。
 朝、昼、晩と一日の大まかな献立を聞いた後、各自作業に移る。
 そして参加者たちの朝食が済んだ後、見慣れて来たメンバーたちと食卓を囲む。
 志郎の号令に続き、各々が挨拶をした後、一仕事終えたと満足げな先輩たちと一緒に、美奈穂も湯気が立つご飯へ箸をのばした。

「美奈穂、最終日の慰労会ってのは何だ?」

「えっと……参加者の皆さんが帰った翌日まで、スタッフは残るらしいです。その一泊分で、この一週間おつかれさまーって、ちょっとしたパーティーをやるとか」

 不意に向けられた光志からの視線に、美奈穂は一旦箸を休め、記憶の中にあったスケジュールを思い出す。
 参加者たちは、七日目のお昼頃に施設を出発し、駅まで移動後解散。
 スタッフたちは、一日多くここに留まって、お疲れ様会をすると、採用通知と一緒に届いたスケジュール表に書いてあった。

「俺、そんなの聞いてない……」

「いや、だってお前参加者側じゃん。スタッフじゃねーだろ」

 参加者と裏方、それぞれで違う予定が組まれていると説明した途端、美奈穂の顔を見つめる光志が顔をしかめる。
 その不満げな呟きに、即ツッコミを入れたのは他でもない兼治。
 的確過ぎる指摘に、光志は何も言い返さず、みそ汁が入ったお椀を口につけた。

「どうせなら光志も参加したらどうだ? あんたもすっかり、俺たちの一員みたいなもんだろう?」

 どうフォローしていいか美奈穂が迷っていると、押し黙った光志の姿に何を思ったのか、美智子の夫、哲夫が話に割り込んでくる。
 彼の提案は、言った本人以外、その場にいる全員を驚かせるもの。
 そこかしこで衝撃の声が上がる中、哲夫だけがフンと鼻を鳴らし「当たり前だろ」と力強く頷いた。



 慰労会の詳細を報告するわけじゃないからと、渋々ながら志郎からオッケーをもらった光志は、休みを一日のばしてもらう許可取りのために、志郎が宿泊する部屋へ行くらしい。
 志郎の部屋でなら、外部と連絡が取れる専用の機械があるらしいと聞き、美奈穂は驚きを隠せなかった。

「こっちはオッケー出したんだから、一日休暇のばしてもらう許可は自分で取ってください。藤沢さんが提出した緊急連絡先欄、マネージャーさんとブロシャのリーダーさんでしたよね? どっちにします?」

「先輩は勘繰りそうだからめんどくせー。ここは、マネージャー一択で」

 そんなやりとりをする二人の姿を、微笑ましいと見送った美奈穂は、午前の仕事をするため調理場へ向かった。





 ここ数日よりは日中の気温が下がる。
 そんな天気予報を昨夜見たと、スタッフの誰かが言っていた。
 だけど、外の気温なんて屋内に居ればあまり気にならない。
 それはきっと、施設内の至る所に、しっかり空調設備が行き届いているおかげだ。

 そんな状況のなか、唯一灼熱とのバトルを繰り広げるのは、今日も調理場スタッフなのだ。

「はーい、ダブル須藤と美奈穂ちゃん、十分休憩」

 前回の休憩が終わってから約三十分。
 兼治の声に、良晴と亜沙美、そして美奈穂は調理場から逃げるように冷房の効いた食堂へ避難する。

「お疲れさん」

「あ、ありがとうございます」

 料理の受け渡し口からわずかに入る冷気なんて比じゃないくらい、食堂奥にあるテーブル付近は快適だ。
 その涼しさに、ついぐったりテーブルに突っ伏す美奈穂の前に、冷えた麦茶が入ったグラスが置かれる。
 ここ数日ですっかり耳馴染んだ声に視線をあげれば、新しいグラスと麦茶が入った保冷容器を手にした光志がすぐそばに立っていた。

 今日は、明日開催する食育講義の準備だと、兼治と千草が昼食後も食堂に居座り、プリント作成に勤しんでいる。
 医務室のドアに『急用の場合は調理室の扉をガンガン叩いて知らせること』と張り紙をしてきたらしい。
 そんな二人を、歌詞制作に飽きたと言う光志が手伝っている。
 他の参加者たちに身バレしないように、予備のスタッフエプロンを身につけ、一見メガネにも見える薄い色合いのサングラスで目元を隠している。

 医師二人の監視の目が厳しいおかげか、今日はいつもよりこまめに休憩を入れながら、調理組は入れ替わりで食堂と調理場を行き来している。
 彼らに麦茶を出したり、冷やしタオルを作ったりと、光志もしっかり手伝いをこなしていた。

「本当に生き返りますね、ここは」

「あっちに戻るのが嫌になるわ」

 首に濡れタオルを巻き、お茶を飲んで英気を養う須藤夫妻の言葉に、美奈穂もうんうんと声なく同意する。
 調理場とここでは雲泥の差と言っていい程の温度差がある気がしてならない。
 身体から徐々に熱が引き始めたことにホッとしながら、美奈穂は目だけを動かし、つい調理場へ続くドアを見つめる。
 三人に麦茶を出した後、兼治と一緒に食堂を出ていく光志の後ろ姿を見送った後から、一体何があったのかと彼女は内心ずっと首を傾げっぱなしだ。

(千草さんが普通にお喋りしてるんだから、緊急事態ってわけ……じゃないよね?)

 なんて自問自答を繰り返していると、パタパタとテーブルへ近づく足音に気づく。
 その音が妙に気になって、軟体動物のように、べったりテーブルに押しつけていた上半身を、気合を入れて起こす。
 間もなくして彼女の視界に映ったのは、何かを手に自分たちの方へ走ってくる光志の姿だった。

「美奈穂、ちょっと口開けろ」

「え?」

「いいから、早く」

「……? んっ!」

 美奈穂たちのそばへ来た光志が持っていたのは、小さく白い皿だった。
 その上に乗った黄色っぽいキューブ状のモノを一つ手に取ると、光志は小さく開いた美奈穂の口にそれを一つ押し込む。
 次の瞬間、彼に言われるまま訳もわからず口を開けた美奈穂の口内に、麦茶を飲んだ時以上の清涼感とほのかな甘みが広がった。

 あまりの冷たさに驚き、大きく目を見開いた美奈穂は、咄嗟に口元を手で隠しながら彼の姿を目で追いかける。
 すると光志は、隣に座っていた亜沙美と良晴の口にも黄色いキューブを放り込んでいく。
 三人が一様に驚いた顔をすれば、背後からクスクスと楽しげに笑う千草の声が聞こえた。

「どう? 私たちからのサプライズは」

「何よ。サフライヒュって……」

 小首を傾げる千草に、亜沙美が訝しげな視線を向ける。口の中が冷たくなっているせいか、若干呂律が回っていない。
 その様子を誰も指摘せず、光志は持っていた皿をテーブルに置き、千草が満面の笑みを浮かべる。

「毎日暑いなか、料理を作ってくれてる皆さんへのサプライズよ。って言っても、医務室の冷凍庫の製氷皿で、オレンジジュースを固めて氷にしただけなんだけど」

「あー。だから中原さん、朝のうちにオレンジジュースを一つ持って行ったんですね。……ん? えっと、その中原さんはどちらに?」

「あっち」

 美奈穂たちにひと時の癒しを与えたモノの正体が、簡単オレンジシャーベットと白状する千草。
 その言葉に納得した様子を見せる良晴が、ふと辺りを見渡す。
 光志と一緒に食堂を出て行った兼治の姿が見えないと首を傾げれば、その答えを示すように光志が調理場を指差した。
 彼の指先を追うように、休憩中の三人の視線が一斉に離れた所へ向く。

 次の瞬間美奈穂たちの瞳に映ったのは、あっち側に残っていたスタッフ達にもみくちゃにされかけた兼治の姿。
 目の前で繰り広げられる差し入れ争奪戦があまりにも壮絶すぎて、美奈穂の口元がピクピクとほんの少し引きつった。





「よい、しょっと。……ふう」

 午後の仕込みも終わりが見え始めた頃。
 美奈穂は手が離せない先輩たちに代わって、調理場にあったゴミ袋を施設裏手にあるごみ置き場へ捨てに行った。
 本館裏手にあるごみ置き場は、小さな物置小屋のような外観をしていて、夏の日差しや気温に影響されない造りになっているらしい。
 本館と少し離れているけれど、屋根付きの渡り廊下を通って行けるお陰であまり苦にならない。

(配膳作業の前に、しっかり手を洗わなくちゃ)

 ゴミを直接触ったわけじゃないけれど、衛生面は気をつけなくちゃいけない。
 目立った汚れは特に見えない手のひらを見つめ、ウンウンと数回頷いた美奈穂は、ごみ置き場の施錠を確かめる。
 そして、預かった鍵をエプロンのポケットに入れ、来た道を引き返そうと振り向いた。
 すると次の瞬間、自分の行く手を塞ぐ人影に気づく。

「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「はい。何でしょうか?」

(あれ? この人……)

 振り向いた美奈穂が見たのは、年下と思わしき若い女性参加者だった。
 その見た目と雰囲気に、どこか見覚えがある気がしつつ、失礼にならないよう改めて彼女へ向き直る。

「貴女……光志とどういう関係?」

 すかさず聞こえてきたのは、穏やかさとは程遠い声だ。そして身体にまとわりつくような嫌な視線が自分を射抜く。
 明らかに自分へ向けられた悪意を感じ、美奈穂は思わず身体を強張らせる。
 そして同時に思い出した。

『運命だか何だか知らないけど、あたしにはちゃんと彼氏がいるの!』

 目の前にいる女性が、説明会の時に悪目立ちしていた人だということを。
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