21 / 69
本編
第21話
しおりを挟む
翌朝の仕込みまでを終えれば、夜中のつまみ食い防止にと良晴が食堂、調理場に鍵をかけ完全に封鎖する。
「何故か知りませんけど、相楽さんと一緒になる時は高確率でここの鍵管理を任されるんですよね」
そう言って彼は肩をすくめる。
それは信頼の証なんじゃ、と喉まで出かかった言葉を飲み込み、美奈穂はつい小さな拍手を送った。
ようやく今日の仕事が終わったと、他のスタッフ達と一緒にぞろぞろ本館最上階へ移動する。そのままみんな口々に「お疲れ様」と言って、自分たちが寝泊まりする部屋へ入っていく。
だけど、良晴と亜沙美だけは美奈穂のそばを離れず、彼女を光志が待つ部屋まで送り届けてくれた。
自分たちの部屋が、正反対の位置にあるにも関わらず。
「それじゃあ美奈穂さん、ゆっくり休んでくださいね。明日以降も、朝の仕込みは無理に参加しなくても大丈夫です。朝が辛いなら寝ていても構いません。今日のように、食事時にお部屋へ伺いますから」
「はい、わかりました。昨日から、色々とお気遣い頂いて有難うございます。出来るだけ、朝の仕込みも参加したいと思っているので、頑張って起きます」
良晴の言葉を聞き、美奈穂は美智子から渡された紙袋片手にグッと両手を握りしめながら「早起きは得意です」と意気込む。
日中から、休憩のたびに自分のやる気をスタッフ達にアピールしてきたが、どうにも伝わっていない気がする。
そんな思いで、ここはリーダーに直接アピールと美奈穂は気合満々だ。
だけどその気合は、背中をすっぽり包む熱と、頭のてっぺんに感じる重みを与えてくる主によってあっという間に削がれていく。
「何なんだこの小動物。飯食ってる時はハムスターになって、怒るとちっこい猫になって、今は……あれか、飼い主に褒めてもらいたい子犬か」
スリスリ、スリスリ、とつむじに頬ずりをする男は、出会って二日目の美奈穂の番、光志だ。
須藤夫妻に部屋の前まで送ってもらい、少し会話を始めたと思えば、いつの間にか彼の腕に囚われ、すっぽり包み込まれていた気がする。
まるで、飼い主の帰りを待ちわびた大型犬に抱きつかれている気分だ。
最初こそ必死に抵抗したものの、いくら言っても光志は離れてくれないし、目の前にいる二人も「気にしないからー」と笑うばかりなので、美奈穂が一人白旗を上げることにした。
「俺の番が可愛すぎる……」
「俺が飼い主になりたい。……あ、でもそれだと対等じゃなくなるからダメか」
自分の背後で、光志が何やらボソボソ言っている。
美奈穂はその言葉すべてを全力で無視し続ける真っ最中だ。
恥ずかしくてたまらない。けれど、いちいち反応していたら、きっと心臓がいくつあっても足りなくなるだろう。
「私達はこの辺で失礼します。藤沢さん、彼女に構いたくなる気持ちはわからないでもないですが、あまりはしゃぎ過ぎないでください。それと……美奈穂さんに夜更かしをさせないようお願いします」
「そんなことくらいわかってる」
不意に良晴さんの視線が、これまで向いていた美奈穂の顔より上を向く。
光志と話し始めたことを理解した美奈穂の視線は、つい二人の顔の間を行き来した。
穏やかにほほ笑む良晴の言葉に、何故かムスッと不機嫌さを前面に出す光志。
(な、なんて顔をしてるんですか光志さんっ!)
自分たちより年上の人に対して、タメ口をきているだけでもマズいのに、その態度はあんまりだと、美奈穂は自分を拘束する番の腕をペシペシと叩き、大型犬に無言の鞭を与えることになる。
効果の有無は、正直最後までよくわからなかった。
亜沙美たちとわかれ部屋に入ると、何故かすぐに光志から入浴を勧められる。
「そ、そんなに臭いますか?」
彼の言葉に慌てた美奈穂は、つい腕を嗅いでしまう。
その姿はまるで、昨夜の光志を彷彿させる仕草だ。
昨日に引き続き、今日の昼間も、調理場は灼熱地獄だった。加えて、美奈穂がその環境下で動き回っていた時間は、昨日より長い。
当然汗もたくさんかいた。首にかけたタオルで、何度拭ったかわからない。
そんな状態にもかかわらず、良晴たちと会話中、光志は終始美奈穂を抱きしめていた。
汗だく状態じゃないにしろ、服に染み込んだそれらは消えていない。
そして、一応解放されたものの、二人の距離が離れたわけでもない。
割と長い時間、彼の鼻へ自分の体臭がダイレクトに伝わっていたと思うと、恥ずかさや申し訳なさでつい視線を逸らしてしまう。
すると突然、どういうわけか光志の顔に焦りの色が浮かび、彼は慌てた様子で口を開いた。
「べ、別に美奈穂が臭いってわけじゃないぞ! あれだ、ほら。このまま座ったら、風呂に入るのが面倒になるだろう? だから、立ったままの今行ってきた方がいい!」
そう言って彼は、一度腰を落ち着けてしまった後の行動がいかに面倒かを力説し始める。
最終的に「真冬にこたつから出たくなくなるアレだ!」とまで言い出した。
「私は後でも大丈夫ですから、光志さんが先に入ってください」
「そこで何故俺に振る!? 俺は今日、飯時以外エアコンの効いたここから出てない。先に風呂に入るなら、十中八九美奈穂だろ!」
なんて光志と言い争いながら、美奈穂は頭の片隅で、まだ実家にいた頃のことを思い出す。
谷崎家で毎夜一番に入浴するのは父だった。
その習慣が染みついているせいか、つい光志が先にと考えてしまう。
だけど、向こうも意見を変えようとしない。
今朝は寝起きで頭が完全に覚醒していなかったため、言われるまま先にシャワーを浴びてしまった。
その失敗を今度こそ挽回しようと、美奈穂は一人意気込んだ。
「何故か知りませんけど、相楽さんと一緒になる時は高確率でここの鍵管理を任されるんですよね」
そう言って彼は肩をすくめる。
それは信頼の証なんじゃ、と喉まで出かかった言葉を飲み込み、美奈穂はつい小さな拍手を送った。
ようやく今日の仕事が終わったと、他のスタッフ達と一緒にぞろぞろ本館最上階へ移動する。そのままみんな口々に「お疲れ様」と言って、自分たちが寝泊まりする部屋へ入っていく。
だけど、良晴と亜沙美だけは美奈穂のそばを離れず、彼女を光志が待つ部屋まで送り届けてくれた。
自分たちの部屋が、正反対の位置にあるにも関わらず。
「それじゃあ美奈穂さん、ゆっくり休んでくださいね。明日以降も、朝の仕込みは無理に参加しなくても大丈夫です。朝が辛いなら寝ていても構いません。今日のように、食事時にお部屋へ伺いますから」
「はい、わかりました。昨日から、色々とお気遣い頂いて有難うございます。出来るだけ、朝の仕込みも参加したいと思っているので、頑張って起きます」
良晴の言葉を聞き、美奈穂は美智子から渡された紙袋片手にグッと両手を握りしめながら「早起きは得意です」と意気込む。
日中から、休憩のたびに自分のやる気をスタッフ達にアピールしてきたが、どうにも伝わっていない気がする。
そんな思いで、ここはリーダーに直接アピールと美奈穂は気合満々だ。
だけどその気合は、背中をすっぽり包む熱と、頭のてっぺんに感じる重みを与えてくる主によってあっという間に削がれていく。
「何なんだこの小動物。飯食ってる時はハムスターになって、怒るとちっこい猫になって、今は……あれか、飼い主に褒めてもらいたい子犬か」
スリスリ、スリスリ、とつむじに頬ずりをする男は、出会って二日目の美奈穂の番、光志だ。
須藤夫妻に部屋の前まで送ってもらい、少し会話を始めたと思えば、いつの間にか彼の腕に囚われ、すっぽり包み込まれていた気がする。
まるで、飼い主の帰りを待ちわびた大型犬に抱きつかれている気分だ。
最初こそ必死に抵抗したものの、いくら言っても光志は離れてくれないし、目の前にいる二人も「気にしないからー」と笑うばかりなので、美奈穂が一人白旗を上げることにした。
「俺の番が可愛すぎる……」
「俺が飼い主になりたい。……あ、でもそれだと対等じゃなくなるからダメか」
自分の背後で、光志が何やらボソボソ言っている。
美奈穂はその言葉すべてを全力で無視し続ける真っ最中だ。
恥ずかしくてたまらない。けれど、いちいち反応していたら、きっと心臓がいくつあっても足りなくなるだろう。
「私達はこの辺で失礼します。藤沢さん、彼女に構いたくなる気持ちはわからないでもないですが、あまりはしゃぎ過ぎないでください。それと……美奈穂さんに夜更かしをさせないようお願いします」
「そんなことくらいわかってる」
不意に良晴さんの視線が、これまで向いていた美奈穂の顔より上を向く。
光志と話し始めたことを理解した美奈穂の視線は、つい二人の顔の間を行き来した。
穏やかにほほ笑む良晴の言葉に、何故かムスッと不機嫌さを前面に出す光志。
(な、なんて顔をしてるんですか光志さんっ!)
自分たちより年上の人に対して、タメ口をきているだけでもマズいのに、その態度はあんまりだと、美奈穂は自分を拘束する番の腕をペシペシと叩き、大型犬に無言の鞭を与えることになる。
効果の有無は、正直最後までよくわからなかった。
亜沙美たちとわかれ部屋に入ると、何故かすぐに光志から入浴を勧められる。
「そ、そんなに臭いますか?」
彼の言葉に慌てた美奈穂は、つい腕を嗅いでしまう。
その姿はまるで、昨夜の光志を彷彿させる仕草だ。
昨日に引き続き、今日の昼間も、調理場は灼熱地獄だった。加えて、美奈穂がその環境下で動き回っていた時間は、昨日より長い。
当然汗もたくさんかいた。首にかけたタオルで、何度拭ったかわからない。
そんな状態にもかかわらず、良晴たちと会話中、光志は終始美奈穂を抱きしめていた。
汗だく状態じゃないにしろ、服に染み込んだそれらは消えていない。
そして、一応解放されたものの、二人の距離が離れたわけでもない。
割と長い時間、彼の鼻へ自分の体臭がダイレクトに伝わっていたと思うと、恥ずかさや申し訳なさでつい視線を逸らしてしまう。
すると突然、どういうわけか光志の顔に焦りの色が浮かび、彼は慌てた様子で口を開いた。
「べ、別に美奈穂が臭いってわけじゃないぞ! あれだ、ほら。このまま座ったら、風呂に入るのが面倒になるだろう? だから、立ったままの今行ってきた方がいい!」
そう言って彼は、一度腰を落ち着けてしまった後の行動がいかに面倒かを力説し始める。
最終的に「真冬にこたつから出たくなくなるアレだ!」とまで言い出した。
「私は後でも大丈夫ですから、光志さんが先に入ってください」
「そこで何故俺に振る!? 俺は今日、飯時以外エアコンの効いたここから出てない。先に風呂に入るなら、十中八九美奈穂だろ!」
なんて光志と言い争いながら、美奈穂は頭の片隅で、まだ実家にいた頃のことを思い出す。
谷崎家で毎夜一番に入浴するのは父だった。
その習慣が染みついているせいか、つい光志が先にと考えてしまう。
だけど、向こうも意見を変えようとしない。
今朝は寝起きで頭が完全に覚醒していなかったため、言われるまま先にシャワーを浴びてしまった。
その失敗を今度こそ挽回しようと、美奈穂は一人意気込んだ。
0
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる