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本編
第18話
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翌朝、美奈穂はどこかホッとするぬくもりに包まれながら目を覚ました。
目覚まし用アラームで強制されたわけでも、朝日の眩しさに負けたわけでもない。
久しぶりの穏やかな朝を迎えた気がする。
(んん……まだ、寝てたい)
どうせなら、この心地よさをもう少し味わっていたい。
そんな欲が、これまで無欲だった美奈穂の心に芽生え、そばにある熱へ無意識にすり寄らせた。
「ククッ……猫かよ。プッ」
「……?」
むにっと頬を少しかたい熱に押しつけた瞬間、頭上から聞き覚えのある声がした。
笑いを堪える声に反応し、美奈穂は寝起きの頭を稼働させ、のそのそと身動ぎをする。
脳の深い部分で「起きなさい! 早く」と急かされ、もう仕事は辞めたはずなのにと疑問をもったまま重い瞼を押し上げ、ついでに顔も上げた。
「おはよう、美奈穂」
「……っ!」
寝ぼけた視界に映る誰かの顔、そして間近から聞こえる低音が自分に向って朝の挨拶をしている。
その二つを理解した瞬間、美奈穂の脳内に無数の疑問が湧きだす。でも、何回も瞬きをしているうちに視界は晴れ、頭の中も徐々にスッキリしていく。
そして、隣に横たわる人影の正体を悟った時、叫びたくなる衝動を抑えたことと、無意識に後退ってベッドから転がり落ちなかった自分を心底褒めたいと思った。
もう何年も迎えていなかった寝起きの幸福感は、隣で眠っていた光志の顔を見た瞬間すべて吹き飛んでしまった。
敵を前にした手負いの猫のように、美奈穂は掛布団にくるまったまま、ベッドの上で慌てて彼から距離を取る。
その姿にしばらく唖然としていた光志は、睨みつける美奈穂の様子など気にせず、面白いとケラケラ笑い出した。
彼の笑い声を聞きながら、昨日あった様々なことをミノムシに擬態した美奈穂は思い返す羽目になった。
昨夜、兼治や美智子達が部屋を出て行った後、しばらく二人で話をした。
お互いに、この集まりに参加した経緯を軽く話し、光志から今日はもう寝ようと言われたことを思い出す。
その後彼は、自分はソファーで寝るから美奈穂はベッドで寝ろと主張してきた。
その言葉に、疲れが取れないからと、半ば強引に彼をベッドに誘ったことは覚えている。
それぞれ寝る準備をして、二人で寝ても大丈夫なくらい大きなベッドに揃って横たわったことも。
お互いに背中を向けて眠ったことも覚えている。
なのに、どうして今朝、自分は光志の腕に抱き込まれ熟睡していたのか。その理由がさっぱり思いつかなかった。
「もう怒るなよ」
「怒ってません」
「だったら、どうして俺の方見ないんだ?」
「お、お化粧してないからっ」
「別にすっぴんだろうと、美奈穂は十分可愛いのに」
「……っ!?」
無意識に美奈穂を抱き枕がわりにしていた。
そんな光志の主張のせいで、すっかり羞恥心は煽られ、彼女を頑なにする。
クルクルと身体の向きを変え、すぐ近くにいる彼から逃げたいと必死になる美奈穂。
だけど彼女の願い叶わず、ミノムシ状態のまま気づけば光志の胸の中にとらわれていた。
その後、羞恥心で気がどうにかなりそうだと焦り、シャワーを浴びさせて欲しいと美奈穂は懇願した。
「昨日はお風呂に入れなかったので、お願いします! そんなにくっつかないでください。絶対変なにおいしますから!」
「変なにおいなんてしないぞ? まあ……俺も風呂入らないで寝たけど。……におうか?」
「い、いいえ。そんな……」
乙女心も相まっての主張に、光志は軽く首を横に振った後、数秒天井を見上げ考えこみ、クンクンと自分の腕の匂いを嗅ぎ始める。
そんな彼の言葉に、今度は美奈穂が首を振った。
彼女が感じていたのは、自分とは違うほのかな汗の匂い。
その匂いをもっと嗅ぎたいと思うことはあっても、嫌悪感など微塵も抱かなかった。
美奈穂の懸命な粘りが功を奏し、交代でシャワーを浴びることになった。
先にシャワーを浴びた美奈穂は服を着替え、濡れた髪をタオルで拭きながらソファーに落ち着く。
「…………」
小さく息を吐きだし、火照った身体から熱を逃がしていると、無意識に視線がバスルームへ向いてしまう。
女子同士のお泊り会なら、シャワーの音なんて気にならないはずだ。
無意識に音を拾い、そして視線が向くのは、扉の向こうに居るのが“彼”だからなのだろうか。
早く髪を乾かさなきゃいけないと思いながら、改めて立ち上がるのが少し億劫になった美奈穂は、水分を吸ったタオルを肩にかける。
バスルームから意識をそらしたい。その一心でさ迷わせた視界に飛び込んできたのは、テーブルの上に置きっぱなしになっていた筒だった。
「……運命の番認定書」
筒を手に取り、中身を取り出した美奈穂は、改めてそこに書かれた文字を目で追う。
事前に印字された文面と、昨日書き足したと思われる達筆な文字。
自分と光志、隣り合った二人の名前を見ただけで、また頬が火照りだす。
理屈も時間も関係なく、言葉では明確に説明できないこの想い。
それが“運命の番”を見つけた人の気持ちなのかもしれない。
そう、自分に言い聞かせる。
(光志さんと……離れ離れになったら)
もしもなんて空想でしかない未来を、だけど現実に起こりえるかもしれない未来を考えるだけで、胸の奥に鈍い痛みが走る。
その痛みが、不安な気持ちを本物だと証明してくれる気がした。
一瞬沈みかけた気分を変えるため、美奈穂はソファーから立ち上がり、持参したスタンド式の鏡とヘアブラシ、そしてドライヤーを使って髪をセットしていく。
(美智子さんに甘えちゃったから、お昼の仕込みから頑張らないと!)
しばらくしてブラシを持った右手を一旦止めた彼女は、テーブルの上に置いたスマホ画面をタップする。
待ち受け画面に表示された時刻は午前七時四十五分。
朝七時半から、参加者達の朝食が始まるため、調理場は今大忙しだろう。
事前に聞いていた仕込み時間に間に合えば、美奈穂は朝から手伝いに行こうと思っていた。
だけど、彼女が目覚めたのは六時過ぎ。シャワー無しで仕込みへ行くなんて考えられず、気づけばこんな時間になっていた。
今から行っても自分は邪魔になるだけと、美奈穂は申し訳ない気持ちを抱いたまま部屋の中で過ごしている。
スタッフの朝食時間には調理場へ行き、みんなと合流する予定だ。
光志も、これからはスタッフ達と一緒にご飯を食べると、昨日兼治達と話していた。
何故と問いかければ、芸能人だとバレたくないから、らしい。
『美奈穂が居ない時に、俺一人だけで飯食うなんて絶対に嫌だ』
真面目な顔で、聞いているこっちが恥ずかしくなるようなことも言っていた気がするけれど、それは聞かなかったと美奈穂は無理矢理自分の中に記憶を押し込んだ。
――コンコン。
髪のセットが終わり、特にすることもなくぼんやりしていれば、不意にドアをノックする音が聞こえた。
一瞬気のせいかと思ったけれど、少し間を空けてその音は定期的に聞こえてくる。
(……?)
美奈穂は突然の来訪者を告げる音に首を傾げながら、その場に立ち上がりソファーを離れ出入口へ向かった。
この時間、参加者達はご飯中だし、調理場は忙しい。他のスタッフも、別館の掃除や洗濯ものの回収をしているはずだ。
(だったら……千草さん達? それとも、志郎さん?)
そもそも参加者がここを訪ねるはずがないと気づき、昨日迷惑をかけまくった顔ぶれを思い出しながら、美奈穂はドアノブに手をかけた。
目覚まし用アラームで強制されたわけでも、朝日の眩しさに負けたわけでもない。
久しぶりの穏やかな朝を迎えた気がする。
(んん……まだ、寝てたい)
どうせなら、この心地よさをもう少し味わっていたい。
そんな欲が、これまで無欲だった美奈穂の心に芽生え、そばにある熱へ無意識にすり寄らせた。
「ククッ……猫かよ。プッ」
「……?」
むにっと頬を少しかたい熱に押しつけた瞬間、頭上から聞き覚えのある声がした。
笑いを堪える声に反応し、美奈穂は寝起きの頭を稼働させ、のそのそと身動ぎをする。
脳の深い部分で「起きなさい! 早く」と急かされ、もう仕事は辞めたはずなのにと疑問をもったまま重い瞼を押し上げ、ついでに顔も上げた。
「おはよう、美奈穂」
「……っ!」
寝ぼけた視界に映る誰かの顔、そして間近から聞こえる低音が自分に向って朝の挨拶をしている。
その二つを理解した瞬間、美奈穂の脳内に無数の疑問が湧きだす。でも、何回も瞬きをしているうちに視界は晴れ、頭の中も徐々にスッキリしていく。
そして、隣に横たわる人影の正体を悟った時、叫びたくなる衝動を抑えたことと、無意識に後退ってベッドから転がり落ちなかった自分を心底褒めたいと思った。
もう何年も迎えていなかった寝起きの幸福感は、隣で眠っていた光志の顔を見た瞬間すべて吹き飛んでしまった。
敵を前にした手負いの猫のように、美奈穂は掛布団にくるまったまま、ベッドの上で慌てて彼から距離を取る。
その姿にしばらく唖然としていた光志は、睨みつける美奈穂の様子など気にせず、面白いとケラケラ笑い出した。
彼の笑い声を聞きながら、昨日あった様々なことをミノムシに擬態した美奈穂は思い返す羽目になった。
昨夜、兼治や美智子達が部屋を出て行った後、しばらく二人で話をした。
お互いに、この集まりに参加した経緯を軽く話し、光志から今日はもう寝ようと言われたことを思い出す。
その後彼は、自分はソファーで寝るから美奈穂はベッドで寝ろと主張してきた。
その言葉に、疲れが取れないからと、半ば強引に彼をベッドに誘ったことは覚えている。
それぞれ寝る準備をして、二人で寝ても大丈夫なくらい大きなベッドに揃って横たわったことも。
お互いに背中を向けて眠ったことも覚えている。
なのに、どうして今朝、自分は光志の腕に抱き込まれ熟睡していたのか。その理由がさっぱり思いつかなかった。
「もう怒るなよ」
「怒ってません」
「だったら、どうして俺の方見ないんだ?」
「お、お化粧してないからっ」
「別にすっぴんだろうと、美奈穂は十分可愛いのに」
「……っ!?」
無意識に美奈穂を抱き枕がわりにしていた。
そんな光志の主張のせいで、すっかり羞恥心は煽られ、彼女を頑なにする。
クルクルと身体の向きを変え、すぐ近くにいる彼から逃げたいと必死になる美奈穂。
だけど彼女の願い叶わず、ミノムシ状態のまま気づけば光志の胸の中にとらわれていた。
その後、羞恥心で気がどうにかなりそうだと焦り、シャワーを浴びさせて欲しいと美奈穂は懇願した。
「昨日はお風呂に入れなかったので、お願いします! そんなにくっつかないでください。絶対変なにおいしますから!」
「変なにおいなんてしないぞ? まあ……俺も風呂入らないで寝たけど。……におうか?」
「い、いいえ。そんな……」
乙女心も相まっての主張に、光志は軽く首を横に振った後、数秒天井を見上げ考えこみ、クンクンと自分の腕の匂いを嗅ぎ始める。
そんな彼の言葉に、今度は美奈穂が首を振った。
彼女が感じていたのは、自分とは違うほのかな汗の匂い。
その匂いをもっと嗅ぎたいと思うことはあっても、嫌悪感など微塵も抱かなかった。
美奈穂の懸命な粘りが功を奏し、交代でシャワーを浴びることになった。
先にシャワーを浴びた美奈穂は服を着替え、濡れた髪をタオルで拭きながらソファーに落ち着く。
「…………」
小さく息を吐きだし、火照った身体から熱を逃がしていると、無意識に視線がバスルームへ向いてしまう。
女子同士のお泊り会なら、シャワーの音なんて気にならないはずだ。
無意識に音を拾い、そして視線が向くのは、扉の向こうに居るのが“彼”だからなのだろうか。
早く髪を乾かさなきゃいけないと思いながら、改めて立ち上がるのが少し億劫になった美奈穂は、水分を吸ったタオルを肩にかける。
バスルームから意識をそらしたい。その一心でさ迷わせた視界に飛び込んできたのは、テーブルの上に置きっぱなしになっていた筒だった。
「……運命の番認定書」
筒を手に取り、中身を取り出した美奈穂は、改めてそこに書かれた文字を目で追う。
事前に印字された文面と、昨日書き足したと思われる達筆な文字。
自分と光志、隣り合った二人の名前を見ただけで、また頬が火照りだす。
理屈も時間も関係なく、言葉では明確に説明できないこの想い。
それが“運命の番”を見つけた人の気持ちなのかもしれない。
そう、自分に言い聞かせる。
(光志さんと……離れ離れになったら)
もしもなんて空想でしかない未来を、だけど現実に起こりえるかもしれない未来を考えるだけで、胸の奥に鈍い痛みが走る。
その痛みが、不安な気持ちを本物だと証明してくれる気がした。
一瞬沈みかけた気分を変えるため、美奈穂はソファーから立ち上がり、持参したスタンド式の鏡とヘアブラシ、そしてドライヤーを使って髪をセットしていく。
(美智子さんに甘えちゃったから、お昼の仕込みから頑張らないと!)
しばらくしてブラシを持った右手を一旦止めた彼女は、テーブルの上に置いたスマホ画面をタップする。
待ち受け画面に表示された時刻は午前七時四十五分。
朝七時半から、参加者達の朝食が始まるため、調理場は今大忙しだろう。
事前に聞いていた仕込み時間に間に合えば、美奈穂は朝から手伝いに行こうと思っていた。
だけど、彼女が目覚めたのは六時過ぎ。シャワー無しで仕込みへ行くなんて考えられず、気づけばこんな時間になっていた。
今から行っても自分は邪魔になるだけと、美奈穂は申し訳ない気持ちを抱いたまま部屋の中で過ごしている。
スタッフの朝食時間には調理場へ行き、みんなと合流する予定だ。
光志も、これからはスタッフ達と一緒にご飯を食べると、昨日兼治達と話していた。
何故と問いかければ、芸能人だとバレたくないから、らしい。
『美奈穂が居ない時に、俺一人だけで飯食うなんて絶対に嫌だ』
真面目な顔で、聞いているこっちが恥ずかしくなるようなことも言っていた気がするけれど、それは聞かなかったと美奈穂は無理矢理自分の中に記憶を押し込んだ。
――コンコン。
髪のセットが終わり、特にすることもなくぼんやりしていれば、不意にドアをノックする音が聞こえた。
一瞬気のせいかと思ったけれど、少し間を空けてその音は定期的に聞こえてくる。
(……?)
美奈穂は突然の来訪者を告げる音に首を傾げながら、その場に立ち上がりソファーを離れ出入口へ向かった。
この時間、参加者達はご飯中だし、調理場は忙しい。他のスタッフも、別館の掃除や洗濯ものの回収をしているはずだ。
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