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本編
第14話
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美奈穂が光志の腕に抱かれ、うっとりその心地よさを堪能している間に、どうやら謎のバトルは終わってしまった様だ。
二人の喧嘩を止めたのは、最終的に良晴さんらしい。
凄いですねと賞賛の拍手を送ると彼はくすりと笑いながら「そんなこと無いですよ」と涼やかな顔で返事をしてくれた。
今度はきちんと説明を始めると、志郎が改まった様子で頭を下げる。
だけど彼の態度は、一悶着起きている間、仲裁を一切せず光志とイチャついていた美奈穂にとって複雑な気持ちを増幅させるだけ。
あまりの申し訳なさに、志郎の顔を正面から見られなくなってしまい、無理を言って隣に座る光志と席を交換してもらった。
「えーっと……まあ、さっきまでのやりとりでもわかる通り、番についての説明は、色々突っ込まれた質問をされると答えに困るし、この上なく面倒なことになるので、基本外では話さないでください」
「色々端折ってる上に投げやりだな」
「こ、光志さんっ!」
説明が始まると、すぐに不服そうな光志の声が漏れ出る。
彼の声を聞いた瞬間、ピクリと反応する志郎の眉に気づいた美奈穂は、ツンツンと慌てて光志の腕を突き、咎めるように彼の名を呼んだ。
いちいち不満をぶつけていては、まったく話が進まない。下手をすれば夜中までかかる可能性だってある。
そんな懸念が真っ先に、美奈穂の頭の中に浮かんだ。
「もしわからないことがあったら、あとでまた聞きましょう? これからしばらく、みんなここに居るんですから」
「……確かに。説明、続けていいっすよ」
その不安を払拭したくて、隣に座る光志を見上げ美奈穂は恐る恐る自分の考えを口にする。
すると、数秒間こっちを見つめた光志は、特に反論する様子を見せず、素直に頷いてくれた。
そのまま、志郎へ続きを促す言葉を向ける彼の姿に、心の底から安堵の息が零れた。
スタッフ全員が話を聞いていたら、自分達の仕事が進まない。
そう判断を下したのは、スタッフ達のリーダー良晴さんと、彼の発言に頷く志郎さん。
他のメンバーに二人がそれぞれ指示を出せば、賑やかだった食堂からどんどん人が減っていく。
志郎の同僚達は別室で仕事をし、スタッフ達は明日の仕込みをするらしい。
思わず自分もと、勢いのままに美奈穂はその場に立ち上がった。
だけど次の瞬間「美奈穂ちゃんは話を聞く!」と、スタッフ一同から命令が下る。
「えっと……続き、話してもいい?」
「……はい」
「…………」
話を再開すべきか否か、若干迷っている様子の志郎。その声に、美奈穂はほんの少ししょんぼりした声で返事をする。
そんな彼女を慰めるように、しばらく光志は、無言で真横にある小さな頭をよしよしと撫で続けた。
結局食堂に残ったのは、美奈穂、光志、志郎、そして今はとくにやることが無いからと居座る中原夫妻の計五人。
二十人近く人が減った食堂内はやけに広々としていて、美奈穂は少しだけ寂しさを感じた。
だけど、すぐそばから志郎の声が聞こえた瞬間、彼女は少しばかり無理をして彼へと意識を集中させていく。
「さっきも話した通り、番の話題を秘密にするのには、無知な人達への説明が面倒なことが一点。そしてもう一点は、まだ番になっていない人達へ、先入観を与えないための対策なんだ」
「先入観の、対策?」
何やら新しく出てきた言葉に、美奈穂はキョトンと首を傾げる。
「二人も体感したでしょう? 近くでお互いを見た時に、心臓が破裂するんじゃないかってくらい痛かったり、相手のことをすごく欲しいって欲望が出てきたり。あれが、正真正銘、初めて運命の番を前にした時の反応なんだ」
「仮に、その症状をまだ番を見つけてない奴に喋ったとする。すると話を聞いた奴が、番でも何でもない相手を前にちょっとドキッとしたくらいで、番を見つけたなんて騒ぐ可能性があるんだよ。単に好き同士なだけで、番だって騒ぐ奴もいるかもしれない」
説明を続ける志郎のサポートをせんと、兼治が引継ぎ話し出す。
二人の話は、なるほどと納得する反面、そんなことをする人達がいるのかと驚く内容だった。
「普通に恋人同士っていうんなら、別に何の問題も無いんじゃねえのか? さっきみたいに証明書出してやりゃいいだろ」
「いやいや、普通の恋人と運命の番じゃ、天と地ほどの差があるわけですよ」
「政府にとって利益になるもんがなきゃ、わざわざ金使ってこんな集まり頻繁に開かないからな」
光志からも疑問が投げかけられ、また二人はそれぞれ回答を口にする。
それからも続く説明を聞いていくと、美奈穂の中にまた新たな驚愕と戸惑いの種が次々と芽吹いていった。
運命の番として結ばれた男女は、基本お互いのことが愛おしすぎて相手のことしか見えなくなるらしい。
だから、普通の恋人や夫婦とは違って、浮気、離婚の心配がまず無くなる。
つまり、説明会で志郎が懸念していた痴情のもつれによる騒動が、番の増加によって格段に減るそうだ。
「藤沢さん、もう美奈穂さん以外の女性なんて眼中に無いでしょう?」
「当たり前だ」
「……っ!」
志郎からの質問に、光志は間髪入れず頷いた。
その反応はあまりにも速く、そして声に迷いはない。
気づけば、志郎を見つめていた光志の視線が、不意に美奈穂の方へ向けられる。鋭さをまとっていた目元が一瞬でやわらいでいくのがわかった。
その様子と、彼の口元に浮かぶ優しい笑みに、美奈穂の心臓は無意識に高鳴る。
目覚めてからずっと、彼が自分へ向けくれる表情はどれも優しいものばかり。
意図的になのか、それとも無意識か。
自分は光志本人じゃないからわからない。そんな結論を出しながら、もし両方の意味合いを兼ねていたら、なんて考えると、じんわりと耳の辺りが熱くなる気がした。
もし今、光志に投げかけられた問いと同じものが自分に向いたら。
その時はもちろん――。
トクン、トクンと高鳴る心臓の音が、脳裏に浮かぶ言葉を打ち消してくれればいいのに。
そう思えば思うほど、美奈穂は余計に隣の彼を意識せざるを得なかった。
「あの……私からも、質問していいですか?」
「もちろん。何ですか、美奈穂さん」
このままじゃ、心の中が無意識に抑え込んだ想いでいっぱいになってしまう。
そうなれば、せっかく説明してくれる彼らの言葉を、きっとこの先聞いていられない。
そんな考えが頭の中に浮かぶと、美奈穂は突き動かされるようにその場で小さく挙手をする。
すると、彼女の声を聞いた志郎から頷きと一緒に発言の許可が下りた。
プライベートとは違う、どこか緊張感の漂う場で、自分から意見を口にするなんて学生の時以来かもしれない。
そんな思いを抱きながら、美奈穂は小さく頷き、恐る恐る声を発した。
「番の人達が増えることで、恋愛絡みの問題が少なくなるのはわかりました。でも、そのくらいのことで、国がこんな集まりを開くなんて考えられないんです。……説明会の時、質問していた人もいましたけど、政府の人達は、どうしてこんなことをしてるんですか? 番となった人たちに、何かを期待したり……役割を与えたり、するんですか?」
『どうして……政府の人達は、僕たちにこんなことをしてくれるんですか? 僕たちが支払った参加費を合わせても、きっと微々たるものでしょう? この集まりに、あなた達のメリットは無いと思うんですが』
美奈穂が投げかけた疑問。それは、説明会で手を挙げた男性参加者と似た内容だった。
政府主催のお見合いパーティー。その言葉を美智子から聞き、美奈穂にはずっと抱いていた疑問がある。
それは、お見合いパーティーを、どうしてわざわざ政府主催でやらなければならないのかというもの。
政府が介入しなくたって、合コンをする人達はたくさんいる。
自治体主催の街コンなんて言葉も聞いたことはあるし、結婚相談所だって日本中にはいくつも存在している。
恋愛や結婚、そういった類の催しなんて、探せばいくらでも見つかるはず。
それなのに、どうして――。
夕食の支度中、頭の片隅でずっと考えていた疑問の答えを、彼女はまだ見つけられていない。
主催者側、政府関係者の志郎ならこの難解な答えを知っているかもしれないと、彼女は期待をこめて視線を向ける。
すると次の瞬間、志郎はにっこりと笑みを浮かべ、そんな簡単なことかとばかりにあっさり口を開いた。
「簡単に言えば、未来への投資です」
「……?」
「運命の番として結ばれた夫婦は、差こそありますが大家族になります。めちゃくちゃ子だくさんな家庭を築いてくれるので、この国の人口減少対策として十分すぎる働きをしてくれるんです」
「は、はあ……」
にこにこと、彼は笑顔を浮かべたまま、この集まりを開催するメリットを教えてくれる。
だけど、番になったばかりの美奈穂にとって、子だくさんな家庭という言葉は、すぐにピンとこなかった。
「ここのスタッフも、俺たち関係者も……既婚者組は全員、二人以上子供がいるんですよ」
「ええっ!?」
だけど、唐突な暴露とも言えるスタッフ達の家庭事情を聞かされれば、メリットについての答えを聞いた時以上の衝撃が美奈穂を襲う。
(それ、なら……千草さん、たちも?)
現在もそばで自分達を見守ってくれる中原夫妻。彼らもその条件に当てはまるのかと、恐る恐る美奈穂は光志の背中側から身を乗り出す。
そして、彼の右隣りに座ったまま、時々膨らみ始めたお腹をさすりながら、すっかり傍観者となった千草の方へ視線を向ける。
「私たちの所はこの子で五人目よ」
そう言うと彼女は、はにかんで頬を赤らめた。
二人の喧嘩を止めたのは、最終的に良晴さんらしい。
凄いですねと賞賛の拍手を送ると彼はくすりと笑いながら「そんなこと無いですよ」と涼やかな顔で返事をしてくれた。
今度はきちんと説明を始めると、志郎が改まった様子で頭を下げる。
だけど彼の態度は、一悶着起きている間、仲裁を一切せず光志とイチャついていた美奈穂にとって複雑な気持ちを増幅させるだけ。
あまりの申し訳なさに、志郎の顔を正面から見られなくなってしまい、無理を言って隣に座る光志と席を交換してもらった。
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「色々端折ってる上に投げやりだな」
「こ、光志さんっ!」
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彼の声を聞いた瞬間、ピクリと反応する志郎の眉に気づいた美奈穂は、ツンツンと慌てて光志の腕を突き、咎めるように彼の名を呼んだ。
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「……確かに。説明、続けていいっすよ」
その不安を払拭したくて、隣に座る光志を見上げ美奈穂は恐る恐る自分の考えを口にする。
すると、数秒間こっちを見つめた光志は、特に反論する様子を見せず、素直に頷いてくれた。
そのまま、志郎へ続きを促す言葉を向ける彼の姿に、心の底から安堵の息が零れた。
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思わず自分もと、勢いのままに美奈穂はその場に立ち上がった。
だけど次の瞬間「美奈穂ちゃんは話を聞く!」と、スタッフ一同から命令が下る。
「えっと……続き、話してもいい?」
「……はい」
「…………」
話を再開すべきか否か、若干迷っている様子の志郎。その声に、美奈穂はほんの少ししょんぼりした声で返事をする。
そんな彼女を慰めるように、しばらく光志は、無言で真横にある小さな頭をよしよしと撫で続けた。
結局食堂に残ったのは、美奈穂、光志、志郎、そして今はとくにやることが無いからと居座る中原夫妻の計五人。
二十人近く人が減った食堂内はやけに広々としていて、美奈穂は少しだけ寂しさを感じた。
だけど、すぐそばから志郎の声が聞こえた瞬間、彼女は少しばかり無理をして彼へと意識を集中させていく。
「さっきも話した通り、番の話題を秘密にするのには、無知な人達への説明が面倒なことが一点。そしてもう一点は、まだ番になっていない人達へ、先入観を与えないための対策なんだ」
「先入観の、対策?」
何やら新しく出てきた言葉に、美奈穂はキョトンと首を傾げる。
「二人も体感したでしょう? 近くでお互いを見た時に、心臓が破裂するんじゃないかってくらい痛かったり、相手のことをすごく欲しいって欲望が出てきたり。あれが、正真正銘、初めて運命の番を前にした時の反応なんだ」
「仮に、その症状をまだ番を見つけてない奴に喋ったとする。すると話を聞いた奴が、番でも何でもない相手を前にちょっとドキッとしたくらいで、番を見つけたなんて騒ぐ可能性があるんだよ。単に好き同士なだけで、番だって騒ぐ奴もいるかもしれない」
説明を続ける志郎のサポートをせんと、兼治が引継ぎ話し出す。
二人の話は、なるほどと納得する反面、そんなことをする人達がいるのかと驚く内容だった。
「普通に恋人同士っていうんなら、別に何の問題も無いんじゃねえのか? さっきみたいに証明書出してやりゃいいだろ」
「いやいや、普通の恋人と運命の番じゃ、天と地ほどの差があるわけですよ」
「政府にとって利益になるもんがなきゃ、わざわざ金使ってこんな集まり頻繁に開かないからな」
光志からも疑問が投げかけられ、また二人はそれぞれ回答を口にする。
それからも続く説明を聞いていくと、美奈穂の中にまた新たな驚愕と戸惑いの種が次々と芽吹いていった。
運命の番として結ばれた男女は、基本お互いのことが愛おしすぎて相手のことしか見えなくなるらしい。
だから、普通の恋人や夫婦とは違って、浮気、離婚の心配がまず無くなる。
つまり、説明会で志郎が懸念していた痴情のもつれによる騒動が、番の増加によって格段に減るそうだ。
「藤沢さん、もう美奈穂さん以外の女性なんて眼中に無いでしょう?」
「当たり前だ」
「……っ!」
志郎からの質問に、光志は間髪入れず頷いた。
その反応はあまりにも速く、そして声に迷いはない。
気づけば、志郎を見つめていた光志の視線が、不意に美奈穂の方へ向けられる。鋭さをまとっていた目元が一瞬でやわらいでいくのがわかった。
その様子と、彼の口元に浮かぶ優しい笑みに、美奈穂の心臓は無意識に高鳴る。
目覚めてからずっと、彼が自分へ向けくれる表情はどれも優しいものばかり。
意図的になのか、それとも無意識か。
自分は光志本人じゃないからわからない。そんな結論を出しながら、もし両方の意味合いを兼ねていたら、なんて考えると、じんわりと耳の辺りが熱くなる気がした。
もし今、光志に投げかけられた問いと同じものが自分に向いたら。
その時はもちろん――。
トクン、トクンと高鳴る心臓の音が、脳裏に浮かぶ言葉を打ち消してくれればいいのに。
そう思えば思うほど、美奈穂は余計に隣の彼を意識せざるを得なかった。
「あの……私からも、質問していいですか?」
「もちろん。何ですか、美奈穂さん」
このままじゃ、心の中が無意識に抑え込んだ想いでいっぱいになってしまう。
そうなれば、せっかく説明してくれる彼らの言葉を、きっとこの先聞いていられない。
そんな考えが頭の中に浮かぶと、美奈穂は突き動かされるようにその場で小さく挙手をする。
すると、彼女の声を聞いた志郎から頷きと一緒に発言の許可が下りた。
プライベートとは違う、どこか緊張感の漂う場で、自分から意見を口にするなんて学生の時以来かもしれない。
そんな思いを抱きながら、美奈穂は小さく頷き、恐る恐る声を発した。
「番の人達が増えることで、恋愛絡みの問題が少なくなるのはわかりました。でも、そのくらいのことで、国がこんな集まりを開くなんて考えられないんです。……説明会の時、質問していた人もいましたけど、政府の人達は、どうしてこんなことをしてるんですか? 番となった人たちに、何かを期待したり……役割を与えたり、するんですか?」
『どうして……政府の人達は、僕たちにこんなことをしてくれるんですか? 僕たちが支払った参加費を合わせても、きっと微々たるものでしょう? この集まりに、あなた達のメリットは無いと思うんですが』
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それは、お見合いパーティーを、どうしてわざわざ政府主催でやらなければならないのかというもの。
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すると次の瞬間、志郎はにっこりと笑みを浮かべ、そんな簡単なことかとばかりにあっさり口を開いた。
「簡単に言えば、未来への投資です」
「……?」
「運命の番として結ばれた夫婦は、差こそありますが大家族になります。めちゃくちゃ子だくさんな家庭を築いてくれるので、この国の人口減少対策として十分すぎる働きをしてくれるんです」
「は、はあ……」
にこにこと、彼は笑顔を浮かべたまま、この集まりを開催するメリットを教えてくれる。
だけど、番になったばかりの美奈穂にとって、子だくさんな家庭という言葉は、すぐにピンとこなかった。
「ここのスタッフも、俺たち関係者も……既婚者組は全員、二人以上子供がいるんですよ」
「ええっ!?」
だけど、唐突な暴露とも言えるスタッフ達の家庭事情を聞かされれば、メリットについての答えを聞いた時以上の衝撃が美奈穂を襲う。
(それ、なら……千草さん、たちも?)
現在もそばで自分達を見守ってくれる中原夫妻。彼らもその条件に当てはまるのかと、恐る恐る美奈穂は光志の背中側から身を乗り出す。
そして、彼の右隣りに座ったまま、時々膨らみ始めたお腹をさすりながら、すっかり傍観者となった千草の方へ視線を向ける。
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